リセットボタンとペット
「きょうだいができるかもしれない」って母から知らされた時、私は泣いて悲しんだ。
リセットボタンがあるなら、産むのはやめてほしい、と。当時9歳だった。
一人っ子が居心地よくて、両親の愛情が半減することを恐れた。母親をかなり困らせたと思う。
リセットボタンなんて押すわけなく、妹は予定日ぴったりに順調にこの世に誕生した。
10歳離れた妹が、我が家にやってきた。
あんなに妹の誕生を嫌がっていた私は、その小さな生き物にコロッと恋をした。
オムツ替えも、お風呂も、ミルク作りも、寝かしつけも、なんでも積極的に手伝って1分でも一緒にいたいと思った。
学校が休みの時は、幼稚園まで迎えに行って他のお母さんたちにジロジロ見られた。もう1人お母さんがいるみたいだね、って言われるのが嬉しかった。
妹というより、新しいペットを飼っている感覚だった。とにかく可愛くてしょうがなくて、リセットボタンなんて言った自分が恥ずかしかった。
別居とハグ
妹が8歳の時、私は18歳。大学に通うために家族と離れて暮らすことにした。当時、家族は父の転勤でインドネシアにいて、私は日本の大学を受験した。そこから現在に至るまで、妹とは別々に暮らしている。
結局妹と暮らしたのは、8年間だけだった。ペット感覚で可愛がっていた8年間だから、ちゃんと話せるようになってからは、一緒に暮らしたことがない。
それでも、私は妹の特別な存在でいたかった。海外生活が子どもにとってストレスだということも知っているし、自由なインターナショナルスクールと、保守的な親の間で苦しむ経験も知っている。私は、親でもない、友達でもない、ちょっと変だけど、たまに話を聞いてほしい人として妹と接したかった。
そんなかっこいいことを言っても、現実は妹と話す機会を失うばかりだった。社会人になって毎日のように遅くに帰って、正直妹の存在も忘れる時もあった。仕事が辛くて、妹に泣きついたこともある。
もう妹は、私がハグしてもハグし返してくれるくらい大きくなっていた。
悲鳴とロンドン
ある時、母親からLINEで電話がきた。「えりな(妹)が、苦しんでる」。
彼女のストレスはいつの間にかピークに達していて、その悲鳴はその瞬間まで誰も聞こえなかった。
私は急いで上司である編集長に事情を話して、1週間の休みをとらせてもらった。冬休みに妹とロンドンに行くことにした。特に本人から事情は詳しく聞かなかったけど、一緒にいたら彼女もちょっとは楽になるのかなと想像した。
ロンドン旅行は彼女にどんな影響を与えたかも聞かないまま、また妹との連絡が途絶えた。忙しい、は言い訳に過ぎない。お互いのインスタに「いいね!」を押したり、ストーリーを見たりするだけの関係になった。
Netflixと卒業
もう、家族とは言えないくらい会話もなくて、連絡が途絶えていたけど、最近また話すようになった。それは、Netflixがきっかけだった。妹がNetflixを見たくて、私にアカウントを追加するように連絡してきた。
私は、Netflixの一番安い月額650円のベーシックプランを設定していて、アカウントは5人まで増やせるが同時視聴は1人だけだ。つまり、日本にいる私と海外にいる妹が同じ時間に視聴することはできない。
視聴しようとすると、こんな画面になる。
時差があるにもかかわらず、私たちは時間帯が被った。見たい番組を楽しみにしていた私は、ちょっとイラっとしながらもLINEで妹に電話する。
「Hey! Stop watching Netflix!(ちょっと、私見るんだから、止めてよね!)」
「どうせテラスハウス見るんでしょ?」
「悪い?」
こんな会話からスタートする。他愛もないやりとり。でもそれが長引く場合もある。母親の悪口、テストの結果、仕事の愚痴、イケメンについて...。きっかけが見つからなくて滞っていた連絡も、簡単に飛び越えた。
妹は前より元気そうだし、よく笑った。私自身が妹の明るさに救われる。簡単なきっかけでいいんだ。私たちは、もうお互い別々の人生を送っているけど、たまに連絡するくらいがいい。そして、気が向いたら一緒に旅行する。
妹は今年高校を卒業して、イギリスに行く予定だ。これからもきっと一緒に住むことはないだろう。
私はこれからもNetflixの一番安いプランを変えるつもりはない。世界のどこかで同じ時間に妹も同じものをみている。それを想像するだけでなんだか、嬉しくなる。
あの画面を見ると、「I'm always by your side(いつもそばにいるよ)」って言われているみたいだ。イラっとしながら、また電話したくなる。
「Hey! Stop watching Netflix!」
「最近、かっこいい人いる? Facebook教えてよ」
妹との馬鹿な会話は今日も止まらない。
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