「世界一幸福」の国フィンランドにも、「不幸せ」が隣り合わせに存在していた

この連載ブログも、今回で最後です。

フィンランド外務省の主催で、世界16カ国の若手ジャーナリストがこの国をあらゆる視点から学ぶプログラムに参加している。

3週間のプログラムもようやく終わろうとしている。8月24日は、ついに最終日だ。

ヘルシンキ大聖堂
ヘルシンキ大聖堂
arisa ido

来る前は、「世界でもっとも幸福な国」に選ばれたフィンランドが、どうやって「その先」を進んでいくのかが気になっていた。人々を満足させた後、いまの「幸福」を維持するのか、それとも「その先」を目指すのか、ならば「その先」はどこを指すのか。

全身で知りたかった。だから、飛び込んだ。

国営放送Yleへの訪問で出会った、テレビディレクターのミカエル・ローゼンバックさん(27)。3年以上この組織で働いてきたが、身分は社員ではなく、「フリーランス」だ。1回の契約は最長で4、5ヶ月という短さ。それを毎回更新して仕事を続けているという。

ラジオ番組の司会をしたり、記事を書いたり、番組の企画を進めたり...。私から見れば、彼女の仕事ぶりは社員と変わらない。それ以上かもしれない。しかし、Yleは予算に限りがあるため、あらゆる分野で「節約」をしていて、人件費もその一つだから、と彼女は語る。

「そんなに短い雇用契約で不安じゃないの?」と聞くと、

「半年先に仕事がないかもしれない、と考えて不安になる時がある。フリーになることで、選択肢は増えるけど、この生活をずっと続けられるとは思えない」と、ローゼンバックさんはあきらめ顔で語った。

日本の外務省が作成した、フィンランドに関する統計では、この国の失業率は、8%を超えている。特に,若い世代(15~24歳)の失業率が22.4%と極めて高い。選択の自由をつかむ人がいる一方、将来が見えない不安と隣り合わせの人がいる。企業に所属したことしかない自分には、想像もできない現実だ。

サイマー湖にて
サイマー湖にて
arisa ido

結婚という形態を選ばずに子育てする家族で紹介した、トミー・アウトネンさんの父、ハリー・アウトネンさん。週末のホームステイは、彼のサマーハウスでお世話になった。

アウトネンさんは、国内の大手出版社「オタワメディア」の営業部門で20年以上働いてきた。キャリアを活かして、50代後半でアメリカのIT企業に転職、この企業とフィンランドの様々な出版社と契約を結ぶ仕事に就いた。100社以上の契約を2年間で結ぶ実績をあげたにもかかわらず、2年の雇用契約は更新されず、いま続けている観光ガイドの仕事を始めるまでは2年以上、仕事のない生活を送った。

「フィンランドは、年寄りが働く場所がないんだよ。いくら経験があっても、企業は若い人たちをとりたがる」。アウトネンさんは、お気に入りのトヨタの車を運転しながら、静かに語った。

しかし、彼のいう「若い人たち」も、安定した雇用を求めていながら、なかなか手に入れることが出来ない。

2人のフィンランド人の言葉は、私の心に深く染み込んだ。「世界一幸せの国」は、当たり前だが誰にとっても、いつでも、「幸せ」を提供してくれるわけではない。

「不幸せ」は常に隣り合わせだ。ローゼンバックさんは、契約が更新されないかもしれない。アウトネンさんは、妻と老後を満足に過ごせないかもしれない。

3週間のプログラムを通し、フィンランド人が直面する「幸せ」と「不幸せ」の境界線のいくつかを見ることができた。「確固たる幸せ」はどこにもないのだ。

そして、その「幸せ」のかたちは、時代とともに変わっていく。

FLOW FESTIVAL2018にて
FLOW FESTIVAL2018にて
arisa ido

フィンランドでは、「結婚」を選ばずに子どもを産んだカップルは、今は珍しい話ではないし、逆に、これだけ子どもや家族への福祉政策が充実しているにもかかわらず、「子どもがほしくない」という人も増えている。

国営放送局Yleの調査によると、2008年から2018年にかけて「子どもが欲しくない」と答えた人の割合は10倍以上に増えた=図参照。

「子どもを欲しくない」と答えた人の割合の変遷
「子どもを欲しくない」と答えた人の割合の変遷
Yle

Yleの記事によると、6年連続で出生数が低下し、2016年は1940年以降で初めて、死亡数が出生数を上回った。

人々の選択肢が増えれば増えるほど、「幸せ」の定義はどんどん変わっていく。

制度や社会規範を考えるには、これまでよりさらに多くの想像力を発揮しながら、進めていく必要があるのかもしれない。

あやうさをはらみながら、常にその姿を変えていく「幸せ」。そこに少しでも近づくために、個人も社会も政府も変わり続けていく。

「幸せの国のそのさき」を見ようとした、このブログ連載もこれでひとまず終わる。

この国に来る前、わたしは自分が定義する「幸せ」をすぐに口にすることができなかった。

この国で出会った多くの人たちは、かたちにとらわれず、自分なりに考えている「幸せ」を選び取ろうとしていた。

いまも、自分なりの「幸せ」の定義はまだないけれど、それをもがきながらも探し続けていくことが、わたしが考える幸せの近道だと思っている。

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フィンランド外務省の「若手ジャーナリストプログラム」で同国を訪問した井土亜梨沙が帰国後、報告会を開きます。詳細が固まり次第、井土のツイッターアカウントなどで報告いたします。

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