平成26年12月に浪江までの相双地区と仙台が常磐自動車道で直結した時に被災地で感じたこと

私は相双地区における放射線の直接的な健康への影響は深刻なものではないと考える人間です。そして、それは政府の見解と沿ったものです。しかしそうだとするならば、地域の健康や福祉を増進するための予算の配分が、除染に強く偏っていることは、いささか理屈が通らないのではないかと感じることがあります。
時事通信社

 素直に嬉しいと思いました。

 私は平成24年4月から南相馬市で暮らしています。「放射線の影響への想像力が欠如している」と怒られるかもしれませんが、ここでの生活に慣れてくると、一番不自由を感じるのが交通の不便さでした。JRの常磐線が津波・原子力発電所の事故で寸断されている中で、実質的な交通の手段の中心は自家用車での移動にならざるをえません。

 私は東京で暮らしていた時にはペーパードライバーだったので、最初は運転がとても苦痛に感じました。特に、福島市から南相馬に行こうとすると阿武隈高地を超えねばならず、慣れないままにカーブの多い道を運転していると、「ここに暮らす一番の健康リスクは放射線ではなく、交通事故に巻き込まれる危険性ではないか」などと、連想してしまったものです。今では大分慣れてきたものの、やはり冬季の路面が凍結する時期には、なるべく自分では運転したくないと思います。一車線しかない道路は、混雑している時もあります。特に最近では、相双地区で建築関連の仕事が盛んになっていることもあり、たくさんの荷物を積んだトラックと頻繁に出会います。

 それと比べると、特に冬には仙台に向かう道の方が運転をするのに気が楽です。国道6号線も結構混雑していますが、海沿いのまっすぐな道で凍結もしにくいため、私のような人間が冬に運転をしても身の危険を感じることが少ないのです。

 12月6日の福島民報には常磐道の開通についてのニュースが大々的に取り上げられていましたが、そこには「相馬から仙台医療センター60分 救命率向上へ」という見出しが出ていました。その中の記事を読むと「相馬市と新地町から三次救急医療施設となっている仙台の国立病院機構仙台医療センターまで約70分を要しているが、開通後は約60分で到着できるようになる」とありました。南相馬市にも三次救急を行う医療施設はありませんから、南相馬市から搬送する場合には、南相馬市から相馬市までの移動時間がそこに上乗せされることになります。

 福島県の被災地の健康の問題というと、放射線の影響に焦点が当たりやすいのですが、それこそ「ただちに起きる影響」は見えにくいものです。そして、南相馬でそれよりもはるかに見えやすいのは、本当に緊急の救急医療が必要となった時に、高次の医療が提供できる病院にまで搬送されるのに1時間以上かかる状況です。脳血管障害に関しては、幸いにして南相馬市立総合病院の脳外科が大変に充実しているので、そこが信頼できます。しかし、心筋梗塞などの循環器系の問題に対して、緊急でカテーテルによる処置などを行える体制が地域で十分に整っていないことのリスクは、とても気になります。

 私の仕事は精神科医なので、こういった救命救急の医療現場にかかわる機会は少ないのですが、それでもこれと関連して気になることがありました。震災後にこころの不調を呈するようになった方の中には、いくつもの外傷的な出来事が積み重なってそうなった方が少なくありません。そのような方の中から「家族が震災後に心筋梗塞で急死した」という話を聞く機会が何回かありました。

 「原子力発電所事故による放射線被害」などの派手で目立つ特別な話題には、世間の関心も、人や物も集まりやすいのです。しかしそれと比べて、「地方における医療体制の不備」といったどの地域でもありふれている問題に分類されることには、十分な資源が投入されません。数年後にひょっとしたら上昇するかもしれない発がんによる死亡率を減少させるためよりも、現在も問題となっている心筋梗塞への診療の体制を整える方が、地域の健康・福祉の改善のためには効率が良いのではないだろうか、という率直な疑問を抱くことがあります。

 南相馬で起きていることは、このアンバランスの拡大です。

 「震災に関連した特別なこと」にはものすごくたくさんの人・お金が動いています。そして、残念ながらその動きの一部には大変に刹那的な、悪く言えば「この機会にできるだけ目立って、できるだけ儲けて、後のことは知らない」というような風潮を感じることがあります。

 それと比べると、古くから続く問題、ありふれたどこにでもある問題、普通であるために目立たず話題になりにくいけれども、私たちの生活を支えてくれている基盤が危機にあるという問題については、低調なままに先送りされる傾向が強くなります。

 その危機の一つは、元来から豊かではなかった医療・福祉機関の資源が、原発事故後の避難指示等のために、さらに弱体化せざるをえなかったという問題です。特に原発事故と関連した、看護師などの人材の地域からの流出という問題は、容易には回復されません。看護師の中で少なくない方々が実際に育児を行う母親でもありますから、放射線が子どもに与える影響や風評に対して敏感にならざるをえないのです。

 以前に私は、南相馬市において急速に高齢化が進んだことによる問題を報告したことがありました。これは、原子力発電所事故によって若者を中心に人口が流出し、避難生活などで認知症が進行してしまった高齢者が多いことが原因となっています。

「南相馬市の高齢化問題について」

 ここに交通機関の不備という条件が加わると生じるのが、高齢の方がたくさん運転しているという状況です。

 ハローワーク相双が公表している平成26年10月のデータによると、相双地区の有効求人倍率は2.51倍です。震災前が0.4~0.5倍程度だったと言いますから、急激に働き手が足りなくなった状況であることが分かります。

 特に足りないのは建設業で、この業種に限った有効求人倍率が6.69倍でした。実際に「大工さんが足りない」という話をよく耳にします。先日、私の勤務先でちょっとした雨漏りがあったのですが、修理のために職人さんに来ていただくまで数日待つことになりました。

 地域の人口を増やすためには、ここを訪れる人がどんどんと増えてほしいところですが、ここでも矛盾が生じています。宿泊できる施設は、建設や除染作業関連の方々の長期滞在のために抑えられているような事情があり、予約が容易ではないことがあります。また、新たに家などを建築することを希望する人がいても、大工さんがいないので完成までにとても時間がかかります。

 少し前に選挙と関連して首相が相馬市を訪問してくれました。その時に、常磐道が東京方面に開通する時期の予定が、来年のゴールデンウィークの頃から3月に早まりました。冒頭に述べた通り、もちろん私にとってそれは嬉しいことなのですが、「どこから作業する人を集めてくるのだろうか?」という疑問も思い浮かびました。

 相双地区の復興のためにすでに多くの作業員の方が全国から集まってきて下さっています。その中には、当然体調を崩す方もおられます。そのあたりの事情については、特に除染に関わる作業員について南相馬市立病院に勤務しておられる澤野先生が報告をされていました。

 私は相双地区における放射線の直接的な健康への影響は深刻なものではないと考える人間です。そして、それは政府の見解と沿ったものです。

 しかしそうだとするならば、地域の健康や福祉を増進するための予算の配分が、除染に強く偏っていることは、いささか理屈が通らないのではないかと感じることがあります。

 「震災に関連した特別の新しい事業」を過度に行おうとすれば、すでに弱っている地域の体力に過剰な負担をかける可能性があります。それだけではなく、目立たずにすぐに結果は現れないけれども、地域の健康・福祉・教育・文化などを地道に底上げしていくような事業に、より多くの関心と資源が向けられるべきだろうという思いが最近は強まっています。

 このような配分を適切に調整するのは、政治の働きだと考えます。

 今回の選挙を通じて、日本でよりよき政治が行われるようになることを願っています。

*この記事は医療ガバナンス学会によるメーリングリストMRICでも配信される予定です。

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