遠浅の海と広い砂浜が続く静岡県牧之原市の相良海岸。夏には海水浴やサーフィンなど、 日中は海を楽しむ人々が数多く訪れる人気スポットだ。
この砂浜に集まるのは、人だけとは限らない。夜明け前、この砂浜を目指して遥か南の海 からやってくるのが、絶滅危惧種に指定されているアカウミガメだ。相良海岸は日本有数 のアカウミガメの産卵地としても知られ、毎年多くのアカウミガメがこの地で孵化し、南 の海へ旅立っていく。
しかし、砂浜の面積縮小やごみの散乱などにより、産卵地としての環境は悪化の一途をた どっている。アカウミガメや相良海岸の環境を守るために発足したのが、NGO「カメハメ ハ王国」だ。山本明男さんは、この王国の「執事」として精力的に活動している。
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早朝の砂浜の観察をする山本さん。
夜明け前から砂浜をパトロール
山本さんの朝は早い。産卵シーズンの 5月〜8月は毎日午前2時に起床し、砂浜へ向かう。 「カメにとって天気は関係ないからね」と、雨が降ろうが台風が来ようが、この日課を変 えたことはない。途中で王国のメンバーと合流しながら砂浜を見て回り、産卵が確認でき たら、卵の個数を正確に記録する。安全を確保するため、卵を別の場所に移すこともある という。
このほかにも、1年を通じて定点測量や砂の温度の計測、潜水調査を行う。また、時には 死んで浜に打ち上げられたウミガメを解剖して死因を究明する。こうして得た情報は環境 改善や啓発活動に役立てられる。
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竹などで堆砂垣(たいさがき)を作ることも。こうすることで、風で砂が飛散するのを防ぎ、砂浜の環境を守ることができる。
「社長」と「執事」の両立
山本さんは、創業300年という老舗商社の10代目社長でもある。多忙を極める中で、環境保全の世界に足を踏み入れたのは、地元青年会議所(JC)での活動がきっかけだという。 子どもたちに向けたカリキュラムの一環で、アカウミガメウオッチングを取り入れたのだ。 するとイベント当日、偶然にも産卵シーンに遭遇することができたという。「それ以来、ウ ミガメの様子が気になって頭から離れなくなった」そうだ。
しかし、当時の相良海岸の環境は、ウミガメの産卵に最適とは言えない状態だった。4輪駆動車が走り回ったり、ゲートボール場が造成されたりしていたのだ。環境悪化をなんとか 食い止めたい。そんな思いから、保護団体の「カメカメハ王国」を設立した。「活動は楽しく自然体で」が王国のモットーだ。その名にふさわしく、主要メンバーの役 職も「女王」「大臣」などユニークな呼び方をする。山本さんは会の運営を取り仕切る「執事」に就任。今年で発足20年を迎えた。
「何もないからこそ守りたい」という思い
アカウミガメの何がこれほどまでに山本さんを突き動かすのか? すると「別にアカウミガ メを増やしたいわけじゃないんですよ」と意外な答えが返ってきた。「相良海岸の自然を守 りたいからかな」と打ち明けた。
山本さんはこの地に生まれ、子どもの頃から海は遊び場だった。板切れを使ってサーフィ ンしたり、海に潜ったり泳いだり。夏休みは、ほとんど一日中、相良の海で過ごしたとい う。その後、県外で暮らすことになったものの、休みの度に帰省。相良の海とのかかわり は途切れることがなかった。そして30年前、会社を引き継ぐことになったのを契機に相良へ舞い戻った。
「きれいな海以外何もない、相良の自然がとても貴重だと感じるようになりました」。だか らこそ山本さんは人の手でその自然が壊されることに危機感を覚えた。死んだウミガメの 胃からビニールやプラスチックが見つかると悲しさが胸にこみ上げてくる。自然淘汰の中 を生き抜いてきた生き物が、人の手によってあっけなく命を奪われている事実に打ちのめ されそうになる。しかし、開発による砂浜の減少は待ったなしの深刻な状況に陥っている。 「アカウミガメ産卵地の保護」を通じて、環境保護の大切さを訴えていくのが大きな目標 だ。
楽しんでこその環境保護
トヨタのハイブリッドカー「AQUA」発売以来、環境保全活動を支援するプロジェクトと して全国で展開されている「AQUA SOCIAL FES!!」。カメカメハ王国もこの活動に賛同し たイベントを重ねている。参加者たちは堆砂垣の設置や砂浜の清掃を行いながら、拾った 流木やビーチグラスを使って小物を作ったり、シラスなどの海の幸をみんなで味わったり、 海の楽しみを毎回満喫する。「地道な保護活動を長く続けるには楽しむことも欠かせない」。 山本さんの熱い思いは、王国の国民たちに着実に浸透している。
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昨年設置した堆砂垣。下部分にしっかりと砂が堆積している様子が分かる。
4年目となる今年も、「カメハメハ王国」が主催する AQUA SOCIAL FES!! in 2015が11月21日(土)、相良海岸で開催されます。今回も堆砂垣の設置や砂浜の清掃を行う予 定です。事前申し込みが必要。申し込み・詳細は「AQUA SOCIAL FES!!」公式サイト内の 静岡県プログラムページをご覧ください。
(静岡新聞社 金原朋子)