シジミは、全国の河川、湖沼に生息しているため漁獲量が多く、目にすることが多い食材だろう。また同時に「古里の味覚」「おふくろの味」として愛され続けている食材でもある。そんな、私たちに馴染み深いヤマトシジミの漁獲量一位を誇るのが、島根県東部にある宍道湖だ。
しかし近年、水環境の悪化などの影響とみられる不漁が続いている。宍道湖に携わる行政、団体などが不漁から脱却するため、採苗事業、操業規制の強化や湖底清掃、ヘドロ化した湖底の覆砂などに取り組んできた。日本シジミ研究所の代表を務め、水産学博士でもある中村幹雄さん(73)は、「シジミのことをみんなに分かってもらうというのが私の役目、気力と体力が続く限り研究を続けていきたい」と、環境調査はもちろん、作業に汗を流す。
シジミ博士とも呼ばれる中村さん
島根県水産試験場に勤めて30数年経ち、定年を前に「組織の中にいるより、自分で自由にヤマトシジミの研究したい」という思いから、1人で松江市玉湯町に研究所を立ち上げた。現在、シジミ研究の第一人者として島根大学講師や国交省環境アドバイザーや各地の漁協顧問などを務める傍ら、全国各地で開かれる講演活動や各種委員会に出席するため忙しく動き回っている。柔らかい物腰ながら研究に信念を貫く中村さんの人柄に惹かれ、栃木や名古屋、北九州など県外からもメンバーが集まった。現在は13人が在籍。中村さん以外は全員20~30代と若い活気ある集団だ。
青空学習で宍道湖に生息する生物について説明する様子
宍道湖は淡水と海水の入り交じる汽水湖。シジミは湖内に流入する栄養塩の窒素やリンを取り込む植物プランクトンを餌にして育ち、水質浄化に大きな役割を果たしていることも知られる。「シジミは宍道湖の掃除係で、いなくてはならない存在です」と中村さんは話す。たくさんの人にシジミの役割を知ってもらおうと、4月23日を「シジミの日」とし、日本記念日協会に申請した。2006年に記念日に登録され、この日には各地でイベントが開催されている。
印象に残っている仕事の1つは、鳥取市にある湖山池の水質改善の取り組みだと中村さんはいう。もともと淡水と海水が混ざる汽水だった湖山池は、周辺農地の塩害防止のため、人為的に淡水化されていた。しかし、生活排水の流入などによる富栄養化が進みヘドロや悪臭の発生、アオコの繁殖などで環境汚染が問題となっていた。そんな中、中村さんの講演を聞いた湖山池漁協関係者らの依頼で調査が入り、人為的な淡水管理には限界があり、これが水質汚染の原因だったことがわかった。
これらの調査結果をふまえ、中村さんは漁協関係者と共に本来の姿である再汽水化を県に訴えることにしたという。その結果、その結果、2012年の3月に水門を開けることが決定され、全国でも画期的な再汽水化が実現したのだ。水質変化や生態系の継続的な観察が必要だが、塩分濃度が上がったことでアオコが消え、一定の成果を収めている。
宍道湖に入り生物の観察を行う子どもたち
同研究所は、地域の子どもたちに宍道湖に対する関心を深めてもらうため、シジミ採り体験教室を、発足以来ずっと続けている。「今まで通りシジミ研究と環境調査を続けていきますが、それだけでは意味がありません。役立つものにしていきたいと思っています。これまでの研究成果を本にまとめ、次の世代に引き継いでいきたい」。中村さんの挑戦はこれからも続く。
日本シジミ研究所の中村さんが講師として参加する、トヨタ主催のAQUA SOCIAL FES!!。これはトヨタが全国の地方紙、NPOの協力のもと各地域で環境活動イベントを開催しているもの。島根を舞台にした「宍道湖を見て・入って・味わってプロジェクト」は6月27日(土)午前9時から、日本シジミ研究所で開催します。詳細・お申込みはウェブサイトをご覧ください。
(取材・執筆:山陰中央新報社・藤原嘉之)
【関連記事】