2017年度に全国の保健所などで殺処分された犬や猫は約4万3000匹。こうした不幸な犬猫を減らそうと、飼い主のいない犬猫への無料の不妊手術や、けがの治療などに取り組む動物病院が神奈川県にある。移転にともなって設備を充実させ、受け入れ数を倍増させようと、現在、クラウドファンディングで資金を募っている(https://a-port.asahi.com/projects/tnr-dobutsufukushi/)。
その病院は川崎市川崎区の「TNR日本動物福祉病院」。立ち上げたのは、動物福祉に取り組む女性、結昭子さん(63)だ。
結さんが動物保護に本格的にかかわるようになったのは約30年前。「猫がいっぱいいる」と聞いて自宅近くの公園に行ってみたところ、植え込みや駐車場など、あちこちに子猫やおなかの大きい猫がいた。
「こんなところで生むなんて、かわいそう」と、1匹を連れて帰り、その親猫から生まれた子猫5匹のもらい手を探した。そのときは幸いにも、もらい手が見つかったが、公園にはまだまだたくさんの猫がいた。ウイルスに感染し、短期間に何匹もの子猫が死んでしまったこともあった。
野良猫に不妊手術を
「このままではどんどん行き場のない子が産まれて、死んでいってしまう」
そう思った結さんは仲間とともに野良猫を保護したり、不妊手術を受けさせたりする活動を始めた。家近くの空き倉庫を借り、協力してくれる獣医に来てもらい、月4回、猫の不妊手術を格安でしてもらった。
それ以外の日もできるだけ動物にかかわっていくために、それまでの職場は辞め、ペットフードの販売などで生計を立てた。
50歳で志を立てる
2005年、結さんが50歳になる前に、その倉庫が建て替えで使えなくなるという話が持ち上がった。それを機に、結さんは「殺処分ゼロ」を目指して、動物福祉を目的とした動物病院を作ろうと決意した。誕生日にあわせて「五十歳の志」というタイトルの文章をブログに掲載し、病院開設への思いをつづった。
「私に残された人生、動物達のために、社会のために貢献できることは何か、私自身に何ができるのか、よく考えてみました。何もかもはできません。とにかく、不妊手術を施すことで、不幸な命の発生を未然に防ぐことが重要。飼い主がいる犬猫も飼い主のいない犬猫も、同様にその命を尊重し、特に、恵まれない弱い立場の動物達も、病気や怪我の治療が受けられるようにしてあげたい」
「資金がないからといって、10年後の開設では、遅すぎます。体が十分に動くうちに始めるには、遅くとも5年後には、開設しなければなりません」
それまでの活動で資金はほとんど使い果たしていたが、仲間といっしょに5年間で約900万円を集め、5年後の2010年には本当に福祉病院を実現してしまった。不妊手術についてはメス6000円、オス5000円と金額を抑え、病院全体の運営費は一般の診療やペットホテル、ペットフードの販売などの利益でまかなうことにした。
リハビリより被災動物の保護
だが、その矢先、11年1月に病気に襲われる。脳梗塞で倒れたのだ。
さらにその2カ月後、東日本大震災が起きた。まだ足を引きずっている状態だったが、福島原発事故の警戒区域に動物たちが取り残されていることを知ると、じっとしてはいられなかった。自分のリハビリを打ち切って、レスキュー活動に加わった。
「見つけた猫たちを連れて帰ってきても、また被災地に行けばいくらでもいる状態。3~4年は弱っている子ばかりを見て、地獄のようでした。それでも生きている子がいるなら行かなくちゃいけないと思いました」
大変な活動だったが、動物病院を始めていたことで、被災地の猫を受け入れることができた。レスキュー活動は2018年、取り残されていたすべての猫の保護が確認できたため、やっと終了したという。
150匹手術を300匹に
被災地での活動が一区切りついた結さんは、11月から近くのコンビニエンスストア跡地に病院を移転させ、より広い建物での診療を始めた。これまでは月約150匹に不妊手術をしてきたが、移転後は手術台をもう1台増やして、2倍の約300匹の不妊手術ができるようにする計画だ。まだ設備は整えている最中だが、11月1日~27日までの不妊手術数は187匹で、うち46匹が野良猫の無料不妊手術だった。重症の犬猫を治療するための酸素室など、設備機材も充実させたいという。
「野良猫に無料で不妊手術をしている病院があることが広まれば、他の地域でも『なんとかなるんじゃないか』と同じような取り組みをしてくれる人が出てくるかもしれないと期待しています。私たちが引き出し団体となっている神奈川県動物保護センター、川崎市動物愛護センターなどでは殺処分ゼロを実現しており、日本中が『殺処分ゼロ』になることを目指しています」
病院の移転や新たな設備の導入などには合計約2200万円かかる見込みで、うち半分の約1100万円をクラウドファンディングサイト「A-port」で募っている。支援の受付は2019年1月28日まで。詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/tnr-dobutsufukushi/
(伊勢剛)