裏方から、夢の表舞台に
あらゆる工業製品の内側に潜み、伸びたり縮んだりすることで、力を伝え、吸収し滑らかな動きを生み出す「バネ」。日本の技術を裏方として支えてきたバネを、表舞台に立たせたい――。横浜市のバネ工場がバネを素材として提供したファッションショーが開かれ、ドレスを彩る装飾品として、バネを使ったスタイルが発表された。
町工場の社長は「バネで作ったアクセサリーで、ブランドを立ち上げたい」と、クラウドファンディングサイト「A-port」で資金調達に挑戦中だ。今回のショーでの採用は、そんな夢への第一歩となった。
4月17、18日、ファッションの専門大学である文化学園大学(渋谷区代々木)が第30回ファッションショー「紡ぐ」を開催。服装造形学科(2016年度よりファッションクリエイション学科へ名称変更)の6コースの学生計334人が企画、デザイン、縫製、アクセサリーなどをトータルで手掛けた、93体のコーディネートを発表した。そのうち11体のコーディネートで、バネの装飾を施した作品が発表された。
学生の豊かな感性を生かしてショーの素材として自由に使ってほしいと、社長がバネを提供して実現した。大学側も、学生の柔軟な発想でこれまでにない素材を生かしたファッションを新たに提案しようと、バネを採用し、学生側に自由に使わせた。
バネと、バネ同士をつなぐ独自開発の部品を提供したのは、横浜市瀬谷区の精密バネ製造会社、五光発條の村井秀敏社長。海外製品の流入などで苦しむ町工場だが、バネの新たな可能性を模索してクラウドファンディングで資金を募っている。
村井社長は「自在に伸ばしたり縮めたり曲げたりできるバネは、触れていて楽しい。バネをつなげていくことで、『レゴ』のようなオモチャにならないか」と考え、バネ同士を組み合わせる部品を独自に開発。バネと、バネ同士をつなげる部品をセットにし、金属バネブロック「スプリンク」として一般向けに販売している。「地味なバネを表舞台に」との思いから、バネ同士を自由につなげて衣装を装飾する材料に使ってほしいと、素材を提供した。
メタリックな力強さとしなやかさ、現代女性を表現
バネを使った作品は、服装学部服装造形学科ブランド企画コースの2クラス36名で製作。
「世界各国の民族衣装と日本の文化を掛け合わせる」というテーマのもと、中国の少数民族衣装の華やかさと、日本の鎧の佇まいや繊細なディテールの雰囲気を掛け合わせた作品を披露した。
「女よ、戦うためなら鎧を纏え」というコンセプトで、凛と生きる強い女性をイメージした作品には、黒や赤の衣装の衿元や肩、胸、腕、脚に、無数のバネを組み合わせて作った装飾を施している。バネを幾重にもつなげることで甲冑のような複雑なデザインや、これまでにない立体的な造形を可能にした。
これだけの金属を身に着けていると重さや可動性といった点が気になるが、バネだから軽く、動きやすく、フィットしやすいのも魅力といえそうだ。
11体の衣装製作をまとめた坂本未来さん(21)は、バネという素材について「実際に製作してみると、変幻自在に繋ぎ合わせられ、様々な交差や直線、わん曲を織り交ぜることができ、一層製作意欲が増しました。メイドインジャパンならではの繊細さを感じました」と素材としての魅力を語る。今回の衣装にはなくてはならない存在で、程よくエッジの効いた無機質な雰囲気を演出してくれたという。
日本発のファッションの将来を担う学生が手掛けるショーは大盛況で、2日間で約6600人が来場。席はあっという間に埋まり、立ち見の観客で会場はいっぱいに。新しい試みは観客やファッション雑誌関係者にも好評だったという。企画を担当した古川智望さん(21)は、「今年は、とにかく新しいことへ積極的にチャレンジしていったため、不安や葛藤も大きかったですが、大きな拍手と共に、感動して涙を流されるお客様を見たときは、報われた思いでいっぱいでした」と語る。
「スプリング・ジュエリー」として、いつかブランドに
(後列右から順に村井社長、志喜屋さん、西村さん)
村井社長も会場に駆けつけた。「学生さんの新しい発想でバネの可能性を広げることができた。『縁の下の力持ち』のバネにいつか光を当てたいとの思いが、一つ形になってうれしい」。
村井社長はバネを使ったアクセサリーを、今後「スプリング・ジュエリー」としてブランド化したいと考えている。昨年、日本の町工場をデザインやアートの力で支援する取り組み「JUMP UP JAPAN」プロジェクトのメンバーで、プロダクトデザインなどを手がけるデザイナー西村拓紀さんと、造形アーティストの志喜屋徹さんと出会い、「バネを組み合わせて、これまでにないアクセサリーを作ってはどうですか」と提案を受け、一緒に進めてきたプロジェクトだ。
ブランドの立ち上げを目指してクラウドファンディングサイト「A-port」で資金を募っている。支援者には、支援金額に応じたアクセサリーがリターン(特典)として贈られるのが魅力だ。日本発、新たなファッションアイテムの誕生を応援し、見守りませんか?