先日、ユニクロを運営するアパレル大手・ファーストリテイリングが現在5%程度のネット通販の比率(EC比率)を短期間で30%から50%まで引き上げる目標を公表した。国内でも最大規模を誇るアパレル企業のネットシフトにはどんな目的があるのか。
■わずか数年で目標は達成可能か?
10月8日に行われた会見では、柳井社長が自らネットでの販路拡大に関する方針を公表した。
ネット販売の構成比引き上げに向けた課題として柳井会長兼社長は「仕事の仕方と組織の構造。商売の仕方をその方向に変えていくということだと思う」と説明。
~中略~
30~50%の具体的な達成時期については「世の中の動きによるとは思うが10年以内、おそらく最も早ければ3~5年ぐらいでできる可能性もある。非常に短い時間で劇的に変わると思う」(柳井会長兼社長)との見解を示した。
ファーストリテイリング ネット比率引上げ測る、10年以内に30~50% 通販新聞2015/10/15
これに先立ち、ユニクロはすでにネットや店舗の区別無く、顧客の行動に合わせた購入スタイル、いわゆるオムニチャンネルを構築すべく外部企業との提携も進めている。セブン&アイ・ホールディングスとの提携等はすでに報じられているが、これも顧客の利便性はもちろん、パンク寸前と言われる物流への負担を減らす意味もあるだろう。
国内アパレル企業のEC比率は2014年で8.11%となっている。他業種も含めた全体の4.37%よりは高いが、まだごく一部である事は間違いない(経済産業省・平成26年度調査)。海外ではEC比率が日本の2倍近い国もある。一部ではEC比率が数十%にのぼる企業もあるが、ユニクロのような巨大な企業が売り上げの半分をネットに移行することは可能なのか?
■多品種な在庫を減らす事は出来るか?
ユニクロは全国各地に大小様々な店舗を構えているが、人気商品についてはたびたび欠品している事も珍しくは無い。多数のお店があればA店には在庫があるけどB店にはない、という状況は仕方のない事だろう。
特に洋服の場合、商品を実際に触ってから買いたいという要望は強く、完全なネット移行は難しい。しかし、店舗をショールーム代わりとして受け取りは自宅への配送で、あるいは近所のコンビニで、といった形に移行出来れば店舗で抱える在庫量を大幅に減らすことが出来る。
生産から店舗に商品が並ぶまでの期間をリードタイムと言うが、リードタイムをどんなに短縮化・効率化しても、多数の店舗に在庫をばらけさせてしまえば在庫のムラは確実に生まれる。定番商品の多いユニクロならそんな問題は少ないのでは?と感じるかもしれないが、洋服の場合は色とサイズで多品種になりがちだ。
ユニクロの看板商品でもあるスキニータイプのカラージーンズ(男性用)は、現在ネットショップを見ると色は8色、サイズは9種で、掛け合わせれば72種類となる。たった一つの品目でここまで種類が増えてしまえば在庫にムラが出来るのも当然だ。販売の機会を逃せば売り上げは減るが、無駄な在庫を抱えれば現金を眠らせておく事と同じで、サイズのかさばる洋服は保管する場所の費用もバカにならない。
こういった非効率を改善する意味でもネット通販最大手Amazonのように「中央集権型」の店舗運営にしてしまえば、アパレルショップが効率化できる余地は非常に大きい。
同時に、顧客が登録した住所や年齢、職業などの情報により、顧客情報と購入商品の紐付けが可能になり、ビッグデータの活用で商品開発や生産をより効率的に行う事も可能だろう。
ユニクロはTシャツやジーンズなど定番商品に強みがあり、一度サイズを把握できれば試着をしなくても購入は出来る。ネット通販への移行も他のアパレルブランドと比べれば容易だろう。今後人手不足が深刻になり、多数の店舗で人員を確保する手間とコストも考えれば、作業を極限まで機械化できるネット通販への移行は生き残りをかけた勝負とも言えるだろう。
■ネットで洋服を売るための仕組みは?
さて、とは言え短期間で売り上げの構成を大幅に変える事は容易ではない。2015年8月期のネット通販は売上が約324億円、前期比で27.9%と激増しているものの、現在の5%が50%になるには、数十%の伸びを10年維持する必要がある。ここまで急激なEC化が果たして可能なのか。
効率化によるコストダウンを全て値下げに回しても、元々価格の低いユニクロでは効果も限定的だろう。そこで必要になるのが価格や商品力とは別の要素である「ネットで売るための仕組み」だ。そしてすでにこの仕組みを構築している企業がアパレルネット通販大手のスタートトゥデイ(ゾゾタウン・ZOZOTOWN)であり、それをさらに加速させているのがファッションアプリ「WEAR(ウェア)」だ。
WEARはファッションスナップに特化したツイッター(SNS)のような仕組みになっており、利用者は日々自らコーディネイトしたファッションを写真に撮り、アップロードする。アプリの利用者でもそれを見たい側はお気に入りの写真を保存できる。あるいはお気に入りの人をフォローし、日々のコーディネイトを参考にする事も可能だ。
ただ写真が掲載されているだけではなく、着用している洋服のブランドやアイテムがタグで管理されている事で、例えばトレンチコートを着ている男性を見たい、ナイキのシューズを履いている女性を見たい、といった具合に自分に合ったコーディネイトを探す事も容易になっている。
■WEAR経由の売上が月間10億円を突破した理由。
スタートゥデイは2015年10月にWEARのダウンロード数が600万件を超え、WEAR経由の売上が月間10億円を超えたことも公表した。
WEARでは自分の気に入った人が着ている洋服を、そのまま購入する事も可能だ。ゾゾタウンにリンクを張られている事もあれば、ゾゾタウンではない外部のショップにリンクが張られている事もある。
非常に面白い現象として、お洒落な人には数万人のフォロワーがついており、その人が着用した洋服はゾゾタウンであっという間に売り切れてしまう。中にはショップ店員が自ら洋服を着用して写真をアップロードしているケースもあるが、ほとんどは一般人のコーディネイトでそれがゾゾタウンの売上につながっている。
一般人のコーディネイトで商品が爆発的に売れる、という仕組みは面白いだけでなくビジネス的にも上手い。これはファッション誌とネットショップが直結したような仕組みとも言えるが、その売上が急激に増えて月間10億円を突破した事は大きなビジネスチャンスを感じさせる。
そしてWEARのコーディネイトを見ていると、ユニクロや同じくファーストリテイリングが運営するGUを着用している人がかなり多い。「ユニバレ」と言ってユニクロを着ている事を知られると恥ずかしい、などと言われたのはもう過去の話なのだろう。
WEARは元々ワカモノの利用者が多い事もあるが、高価なブランド品を自慢するような使い方をしている人は全くと言って良いほど目につかない。
■ユニクロはコーディネイトを提案出来ているか?
さて、ではユニクロはこういった仕組みを導入しているのかというと、一部導入をしているがとても上手く行っているように見えない。ユニクロコミュニティというサイトがあるが、商品への感想が書かれている程度でWEARのように購入に直結する仕組みになっていない。UNIQLOOKSというWEARに似たアプリもあるようだが、2年以上前に更新は止まっている。
兄弟ブランドのGUのアプリではGU-SHAREというWEARのような機能が導入されているが、残念ながら投稿されている写真の質・量そしてアプリの使い勝手、全てにおいてWEARに負けている。利用者にとってWEARでは無くあえてこちらに投稿するメリットが見えない。過去には投稿で100円オフのクーポンが当たるというキャンペーンもあったようだが、クーポンで釣らないと投稿が増えない時点でWEARに惨敗していると言わざるを得ない。
■お洒落を忘れたオジサンもハマるWEAR。
個人的な話になるが、先日男性向けのファッション本として現在ベストセラーになっている「最速でおしゃれに見せる方法」という本を買った。友人からお前はいつも同じような服を着ている、と言われてショックを受けた事がきっかけだ。
本の詳細は記事と関係が無いので、非常に役に立ったということと、この本を読むとユニクロの黒スキニージーンズが欲しくなる、という感想にとどめたい。
そんなわけでユニクロの黒スキニージーンズを取りあえず買ってみたものの、他に何を着れば良いのかよく分からない。上記の書籍ではお勧めのコーディネイトや洋服の組み合わせ方は丁寧に紹介されているが、他にも参考になるものは無いか、と探しているうちにたどり着いたのがWEARだ。
ユニクロのネットショップでは黒スキニーの着用例は写真が何枚か枚紹介されている程度で、客の趣味と合わなければほとんど意味が無い。着るものはスーツとジャージとパジャマだけ......というくらい洋服に興味を失った人、あるいはファッションの志向がすでに固まり趣味に合うもの以外は一切買わない、という状況になってしまった人の購買意欲をかき立てる事は、これでは不可能だ。
■購買意欲をかき立てられるWEAR。
一方、WEARで「黒スキニー」と検索すると、2万件を超えるコーディネイトが人気順にずらりと表示される。どちらが売り上げにつながるかは言うまでもない。
ネット通販では、商品を単体で紹介されて参考のコーディネイト写真が数枚ある程度ではとても購買意欲に火はつかない。しかし利用者が数百万人に上るファッションアプリで人気上位に入るほどおしゃれにコーディネイトされた写真を見ると、それだけ思わず欲しくなってしまう。
WEARはユニクロで検索しても2万件を超えるコーディネイトが表示され、価格の安いユニクロ・GUには子供向けの需要も多いと思うが、WEARにはKIDSのカテゴリもある。ユニクロとWEARの相性は極めて良いと言える。
元々ユニクロは他のブランドと組み合わせてパーツのように使うベーシックなファッションを提供する、という方針でもある。これもブランドに関係無く、ゾゾタウンでの扱いとも一切関係無く写真を掲載可能なWEARの仕組みと全くと言って良いほどぶつからない。
EC比率50%を短期間で目指すのであれば、ファーストリテイリングにとってWEARを運営するスタートトゥデイとのシナジーは高いと思われる。
■スタートトゥデイの時価総額はユニクロの1割未満。
現在の株価で比較すると、時価総額5兆円超のユニクロに対し、スタートトゥデイは4400億円程度と1割以下で、株式交換による買収が可能な範囲だ(記事執筆時の時価総額)。ファッションアプリWEARの価値だけでも意味のある買収になるのではないか。
企業分析については以下の記事も参考にされたい。
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WEARでは外国人の写真も掲載されているが、海外に展開するユニクロにとってはこれも都合が良い。ファッションスナップのアプリならば言葉の壁もさほど問題にならず、海外展開も容易だろう。外国人が日本人のファッションを参考にユニクロの洋服を買う、といった事も十分考えられる。
ファーストリテイリングがスタートトゥデイを買収する、という話はあくまで思考実験でしかないが、二社の事業には極めて強いシナジーがあると言えるのではないだろうか。
中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー
※筆者は株式会社ファーストリテイリングおよび株式会社スタートトゥデイと消費者として以上の取引や株式の保有、友人・知人などの交友関係も含めて、利害関係が一切ない事は明言しておく。