「ズートピア」のガゼルは男性か女性か聞いてみたら......?

公開2カ月で興行収入70億円を突破した映画「ズートピア」。ダイバーシティやLGBTという視点から観た場合、浮上したのがガゼルのトランスジェンダー説。果たして、彼女は女性だった? 男性だった?
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■男の人がスカートをはいたら「変」なのか?

5歳になる娘がだんだんと、「常識」を身につけてきた。たとえば、「鼻くそを食べてはいけない」とか、「ご飯を食べている最中にお尻を出して踊ってはいけない」とか(ご飯中でなくてもアウト)。

その都度、「鼻くそを食べるのはちょっとカッコ悪いよ!」、「ご飯を食べながら、立って歩いたりすると、食べ物が変なところに入って息が詰まるから危ないよ!」(専門家の指摘がありますが、いずれにしてもトイレとお風呂以外でお尻は出さないでほしい...)などと合理的な説明をして、社会の常識というか、ぎりぎり「人としてまあセーフ?」というレベルにまで引き上げようと親は必死だ。

しかし、子どもという生き物は、そんな親の苦労を上回る勢いで、乾いた砂が水を吸うようにこの世界の事象を吸収していく。花の名前、食べ物の匂い、テレビアニメのキャラクター......。同じように、新しい「常識」もどんどん覚えていく。

ある時、渋谷の街を娘と歩いていると、あちらからスカートを履いた若い男性がやってきた。彼は女装というよりも、ハイファッションとしてスカートをはいていたのだが、娘が私を見上げて、こう言ったのだ。

「ママ、あの人、男なのにスカートはいてる! おかしいよね?」

家でスカートをはいた男性がおかしいなんて、話したことはない。むしろ、セーラー服を着たおじさんについて、その存在の素晴らしさを熱く語ったりしている。恐らく、娘は保育園かどこかで、覚えてきた「スカートを履いた男性はおかしい」という知識を私に披露したかったのだろうと思った。

言下に否定しては、子どもの心が折れてしまうし、かといってダイバーシティを担う次世代として、あまり小さいうちから凝り固まった先入観を持ってほしくはない。スカートすらはいていない、ブリーフ姿の裁判官男性をTwitterで見かけたとしても、笑って「いいね!」が押せるくらい度量のある大人になってもらいたいのが母の願いだ。

だから、「ママだって、スカートもはくけど、スボンもはくでしょ? みんな自分が好きなものを着ていいんだよ。だから、あの男の人がスカートをはきたかったら、はいてもいいし、それが似合ってたら本当に素敵だと思う」とその場では答えておいた。

「ふうん」と娘は半分納得、半分怪訝な様子で返事をくれた。

■「ズートピア」で描かれる現代社会の縮図

さて。ある程度、大人になればダイバーシティについて自ら知識を得ることは容易い。しかし、子どもの世界観はどうしたって単純で、この世の複雑さを理解するにはまだ早い。とはいえ、最初に刷り込まれてしまう「常識」から、できるだけ偏見は排除していきたい。親としては悩みどころだった。

そんな時に出会ったのが、ディズニーの大ヒット映画「ズートピア」だ。日本では4月に公開され、2カ月で興行収入70億円を突破。子どもから大人まで、幅広い支持を集めている。簡単に説明すると、「ズートピア」は草食動物も肉食動物も、小動物も大型動物も、仲良く共生する理想郷として描かれている。

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主人公であるウサギのジュディは、ウサギとしては史上初の警察官となる夢を叶え、田舎町を出て、ズートピアの都会で働き始める。しかし、実際には草食動物と肉食動物の溝は深く、思い描いていた理想と現実のズレが、ズートピアでも生じていた。そして、そのズレがさらに浮き彫りになる事件が起こり、ジュディはキツネの詐欺師、ニックを相棒に、事件解決に奔走する......という物語だ。

数の上では草食動物がマジョリティなのに、市長は肉食動物だったり、キツネというだけで嘘つき呼ばわりされて信用してもらえなかったり。ダイバーシティであるはずのズートピアで、ジュディは差別や偏見にぶちあたる。しかし、ジュディは映画の中で繰り返し語るのだ。「ズートピアは、誰でも何にでもなれる場所」だと。

■ガゼルはトランスジェンダーなのか?

まるで、現代社会の縮図を描いたような「ズートピア」について、SNSではさまざまな議論が展開されている。その一つが、LGBTという視点から観た「ズートピア」だ。たとえば、ジュディが暮らすアパートの隣人が、レイヨウの男性2人組。エンドロールで確認すると、共に名字が「オリックス・アントラーソン」となっている。そこで、「もしかして、同性婚をしているカップルなのでは?」という指摘がSNSでは盛んにされているのだ。

また、映画のテーマソングを歌うズートピアのトップスター、ガゼルにも、トランスジェンダー説が浮上した。彼女はとてもセクシーな女性に見えるのだが、立派な角を持っていることがその理由だ。しかし、この疑問を直接Twitterで訊ねられたリッチ・ムーア監督はこれを否定している。

実は、私も彼女がどちらの性なのかが気になり、映画の広報担当者や複数の国内動物園に確認してみた。映画の広報担当者からは制作上のことなので回答は得られず、動物園からは「実在する動物じゃないので判断がつかない」との答えだった。ただ、そこまでファンの間で熱い議論を巻き起こすほど、大勢の人たちが「ズートピア」のダイバーシティに惹かれていることは確かだ。

今回、印象的だったのが「トランプ氏はズートピアを観たほうがいい」という声がSNSで散見されたことだった。アメリカ大統領選がヒートアップする中、「ズートピア」が世界的にヒットした意味は大きいし、日本でも参院選、東京では都知事選を迎えるにあたり、今一度、この映画で何が描かれているのか、再考しても良いのではないだろうか(上映は7月15日までとのこと)。

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さあ、娘にもさっそく「ズートピア」を見せてみた。すっかりガゼルが気に入ってしまい、彼女が歌う主題歌を真似するようになった。調子っぱずれなガゼルの歌を聞きながら、いつの日か、娘と「ガゼルにはトランスジェンダー説があったんだよ」と話せる時が来るのだろうか。今はただ、「ズートピア」がくれたダイバーシティの種を、小さくてけれど、柔らかな頭の隅っこに植えておいてくれたらいいと思っている。