AAR Japan[難民を助ける会] は、ザンビアの首都ルサカから南東に車で1 時間ほどに位置するカフエ郡チサンカーネ地域で、2016年2月より、母親と子どもの健康を守るための活動を実施しています。駐在員の三木将からの報告です。
巡回診療の様子。木に吊るした体重計で子どもの体重を測定します(2018年6月26日)
男性も一緒に出産を迎えられるように
AARが事業を開始した2016年の時点では、ザンビアの国家保健戦略に「農村部の70%以上の住民が、家から5km以内の医療施設を利用できるようにすること」と掲げられていました。しかし、チサンカーネ地域には医療施設が1ヵ所しかなく、地域の最も遠い所から医療施設まで約75kmもの距離があり、住民は医療機関へのアクセスが非常に困難な状況に置かれていました。施設で出産するために、遠く離れた村から2日かけて歩いてくる妊婦もいるほどです。さらに、カフエ郡保健局の統計(2014年)によると、チサンカーネ地域の施設分娩率は15.6%、妊婦の産前健診(1回以上)受診率は44.2%で、カフエ郡のなかでも極めて低い数値でした。
そこでAAR は2016年、チサンカーネ内でも特に医療へのアクセスの悪い地域にクリニックを建設し、医療器材や事務機器を提供しました。常駐する看護師による分娩や、産前産後健診などがクリニックで可能になりました。妊産婦や新生児の死亡率をさらに低減させるため、AAR は2018年5月、出産待機所の建設に着手。工事は9月末に完了予定です。遠方に住む妊婦もここで出産まで安全に過ごすことができます。また、出産待機所には妊婦の部屋の隣に男性が寝泊まりできる部屋を設け、妊婦を支える男性も一緒に出産を迎えられる環境を整えています。
新たに建設した出産待機所。屋根にはソーラーパネルを設置し、待機所での電気を賄うことができます(2018年8月16日)
「近くで受診できるのはありがたい」
チサンカーネ地域では、クリニックから離れた地域に住む住民のために、6村で月に1度、巡回診療が行われています。クリニックのスタッフが車で数時間かけて各村を回り、妊産婦の健診、5歳未満児の体重測定や予防接種、HIV/エイズ検査などの母子保健サービスを提供しています。巡回診療に訪れたグレースさんは、「巡回診療では子どもの健康状態を確認できるだけでなく、家族計画の講習など、多くのことを学べます。これまでより近くで、こうした保健サービスを受けられるのはありがたいです」と話してくれました。
グレースさん(右)と、話を聞くAARスタッフ(左)(2018年9月11日)
住民を支える地域ボランティア
巡回診療では、1度に100人以上の住民が集まることもあるため、数名のスタッフだけでは対応しきれません。そんなとき、地域住民からなるボランティアの働きが欠かせません。地域ボランティアが診療の受付や、子どもの体重測定と記録などを行うことで、クリニックのスタッフは限られた時間で診療に専念し、効率よく対応することができます。AAR は地域ボランティアに対して、巡回診療を補佐する際に必要な技能を学ぶ研修を実施しています。また、巡回診療では待ち時間を利用して、母乳育児や家族計画の重要性、妊娠時の危険な兆候とその対処法などを伝える健康教育も行っています。
地域ボランティア(右端)が妊婦の家庭を訪問。妊婦の夫(左端)に対しても、妊娠中の危険な兆候などについて説明(2018年6月15日)
5月に行った研修では、診療時に間違えやすい例を挙げながら、5歳未満児の検査や予防接種記録の記入方法、子どもの身体的発達に異常がある場合の対応方法などを学びました。さらに7 月には、地域ボランティアのうち、巡回診療での熱心な働きぶりから選抜された50名を対象に、母子保健の知識を住民に広めるための研修を実施しました。この研修では参加者が妊婦役を演じ、妊娠時の危険な兆候や、妊婦が体の不調を訴えた際の対処法などを学びました。参加者のアンドリューさん(下写真、右から2 人目)は、「母子の健康を守る方法に加え、ボランティアが住民をどのように補佐していくべきかなど、ボランティアの役割と責任についても学ぶことができました。習得したことを村の集会や教会などを通じて広めていきたいです」と今後の意気込みを話してくれました。地域ボランティアは、研修で学んだことを活かして巡回診療を補佐するほか、巡回診療の対象地域外に住む妊産婦の家庭を訪問し、必要な知識を伝えています。
5日間にわたって、母子保健の知識を住民に広めるための研修を実施しました(2018年7月17日)
研修では、男性も妊婦役を演じました(2018年7月16日)
男性住民の理解促進を
事業を開始して2年半が経過し、住民の母子保健への理解が進んでいると感じる一方で、伝統的な信仰から施設分娩を避け自宅出産を選ぶなど、まだまだ多くの課題が存在します。その1つに、出産や育児に対する男性の関心の低さが挙げられます。妊娠中も家事や子どもたちの世話に追われ、出産間近でも家族の理解が得られず、家を空けづらい環境に置かれている女性もいます。こうした状況において、アンドリューさんのような男性のボランティアが女性を支える意義を住民に伝えることは、男性の意識を変えることに大きくつながっていくと思います。出産待機所に設けた男性用の部屋も活用されるよう住民に促していきたいと思います。
今後も、チサンカーネ地域住民の母子保健に関する理解が深まることを目指し、活動してまいります。
【報告者】
ザンビア・ルサカ事務所 三木 将
大学卒業後、民間企業を経てケニアでボランティア活動に従事。帰国後、2015年7月にAARへ。東京事務局で広報、緊急支援を担当した後、2018年3月よりザンビア事務所駐在。熊本県出身