TPPに備え二次創作を守るための「同人マーク」【座談会】赤松健さん×福井健策弁護士×日本劇作家協会

日本やアメリカなど12カ国が参加する環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の第19回交渉会合がブルネイで開かれている。TPPの中でも、日本政府が政策として進める「クールジャパン」に大きな影響を与えるのがTPPの知的財産条項だ。アメリカは自国と同じ「保護期間70年」や、著作権侵害を権利者の告訴なしに起訴・処罰できる「非親告罪化」を求めてくると予想されるが、二次創作文化が盛んな日本に馴染むのか議論を呼んでいる。
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猪谷千香

日本やアメリカなど12カ国が参加する環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の第19回交渉会合がブルネイで開かれている。TPPの中でも、日本政府が政策として進める「クールジャパン」に大きな影響を与えるのがTPPの知的財産条項だ。アメリカは自国と同じ「保護期間70年」や、著作権侵害を権利者の告訴なしに起訴・処罰できる「非親告罪化」を求めてくると予想されるが、二次創作文化が盛んな日本に馴染むのか議論を呼んでいる。

演劇界の第一線のクリエイターらが所属する一般社団法人「日本劇作家協会」(東京都杉並区)はこうした背景をふまえ、座談会を開催。福井健策弁護士や漫画家の赤松健さん、同協会会長の坂手洋二さん、劇作家の若手ホープの谷賢一さんらが、表現の自由とは何か、著作権法とは何を守るものなのかを語り合った。テーマはTPPによる性表現や政治的表現への影響から、非営利の上演や二次創作が直面する問題へ。

■非営利だったら無料で上演はOK?

坂手:演劇の場合も、僕らは劇作家であって、戯曲を読んでもらえれば満足ということはなくて、上演してほしいわけです。そこに、僕らの立場の独特性があって、複製されて出回ってほしいっていうより、また上演されたい。僕らとしてもどこまで著作権を守るべきなのか。守ると言ってることによる弊害がいっぱいあると。

福井:つまりビジネスモデルの差ですね。ライブ、特に演劇は上演されることが主要な収益源だからそこからまで無収入だとちょっと困る。逆に、上演が促進されるんだったら、戯曲で稼ごうとは元々あまり思ってないし、現に戯曲ってそんな売れるものじゃないからフリーで流してもビジネスモデルは理論上成り立つ。漫画表現は逆。二次創作されても、赤松さんはいいじゃないかって話をされるじゃないですか。ひとつには、ファンによる二次創作のところで稼ごうとは思っていない。でも漫画の場合、コミックスが無料でばらまかれたら困る。ビジネスモデルによって著作権の考え方は当然、変わりますね。

谷:でも、非親告罪化になると、今坂手さんが言ったようなやり方っていうのも、第三者から通報が入ってだめってなる可能性もあるってことですか。どこかで無断で上演されたりする場合。

坂手:モデルになってるのは、高校演劇なんですね。高校演劇の場合はコンクールで既成の演劇をやる時に、ちゃんと上演料を払ってないと勝ちあがれないという仕組みになっています。今のところ、一律5千円ということになってるんだけど、高校演劇の連盟の人たちの自主的な判断です。

福井:補足すると、著作権法の38条1項で、非営利の入場無料の上演は許可なし、著作権料の支払いなしで行っていいことになっています。

赤松:私は幼稚園のころエレクトーン習ってたんですけど、そこで「ウルトラマン」とか弾いてたんですけど、発表会では何も払ってなかったですよ。入場料とってなかったからいいんですか?

福井:非営利、入場無料で出演者もギャラもらってないなら大丈夫。

赤松:会場の費用を払うために徴収してる場合はどうですかね?発表会で入場料300円。

福井:恐らくだめです。

赤松:いたいけな子供たちがウルトラマン弾いてたら、警察が入ってきて逮捕!(笑)

福井:楽しそうですね、赤松さん(笑)。ちょっと話を戻すと、著作権侵害は今、親告罪だから告訴がないと刑事処罰はありえないですよ。じゃあ、日本音楽著作権協会(JASRAC)が子供たち相手に告訴するかといったら、きっとしません。教育はするかもしれないですけど。この例はちょっと極端ですけど、演劇もそれは十分起こりうる。厳密にいうと、無許可で人の作品を使っていることになるんだけど、やり過ぎなければグレー領域でできている部分もある。告訴まではしないよと。でも、非親告罪化によって違ってくる可能性がある。

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(日本劇作家協会長、坂手洋二さん)

■「真っ白に燃え尽きちまったぜ」を使用するのはアウト?

谷:オマージュやパロディは罰則があるんですよね?たとえば、登場人物がいかにも「あしたのジョー」だったり、「あしたのジョー」のセリフを言うシーンがあったりすると、これはどう判断されるんですか?

赤松:前提としてちばてつや先生はいちいち言わないです。

福井:ちば先生素晴らしい人ですから。

赤松:それを前提として、いかがなんですか?

福井:日本の著作権法は、オマージュでもパロディでも、無許可で他人の作品を利用してはだめというルールだから、オマージュだろうがただの盗作だろうが、法的な位置づけは近いんですよ。

谷:じゃあ、「真っ白に燃え尽きちまったぜ」と言った瞬間に立件されたらアウト?

福井:いや、これがそう簡単じゃなくて、元の「著作物」が使われてなければOKです。たとえば、舞台の中で「タケコプター」って一言だけが登場したとしますね。「タケコプター」は音にすれば6音です。6音のフレーズに著作権が及ぶことはちょっと考えにくい。

赤松:タケコプターくらい有名だと商標登録されてるかもしれない(笑)

福井:商標登録はされてるかもしれませんが、作品の中で言葉が登場する程度のことには及ばない権利なので、商標権にもとづいて止めるのは恐らく無理ですね。ただ、作品タイトルにしてそれを展開したときなどは商標権でなくても他の法律の問題も出て来るから、たとえば、「ドラえもん」というタイトルの作品を無断で作るのはやめたほうがいいでしょう。

坂手:チラシのキャッチコピーに「タケコプターも出るぞ」っていうのはちょっとまずいんですね?

福井:商標的な使い方に少し近づきはしますね。

赤松:でも、「藤子先生ごめんなさい」とか書いておけば訴えられないですよね? 先生の気が済めば……。

福井:「なんとか先生ごめんなさい」って、漫画の世界特有のルールですね(笑)。話を戻すと、短いフレーズだったらOKだってことは、「真っ白に燃え尽きたぜ」くらいでも多分、著作物じゃないでしょう。ところが、ジョーや力石が出てきてリングで殴り合って・・・となってくると、話は変わってくるかもしれない。著作物といえるほどの長さの部分が無断利用されていれば、パロディと呼ぼうがオマージュと呼ぼうが、「先生ごめんなさい」と書いてあろうが、裁判所の目から見ればほぼ一緒です。

ただ、赤松さんの言う通りで、親告罪だから告訴されなければ刑事責任もないということは、オリジナル側の気が済めばそれまでのことではある。そうすると、どうやったら怒られないで済むか、あるいはこの人が一番嫌なことはなんなのかという、阿吽の呼吸がすごく大事になるんです。日本人はその阿吽の呼吸に長けていて、それの使い方がうまい人がビジネスでも成功しやすい。アメリカ型のルールを急に導入すると、その阿吽の呼吸とか、業界特有のエコシステムを揺るがすかもしれないとは言えそうです。

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■グレー領域を守るための「黙認マーク」

赤松:でも、たとえば好きに改変していいですよってことを著作権者からいわれることってごくたまにだけどあるんですよね。そういう場合って、一札取っておいたほうがいいですかね、今みたいにネットとかで横からものを言う人の可能性が増えてる時代。

福井:取ったほうが安全には違いないんですがだけど、一札とろうとすると話がかわるっていうのはよくあることで、それが黙認とか暗黙の領域の強さでもあり脆さでもあるんですよ。

赤松さんは、コミケでそのグレー領域を守っていくために「黙認マーク」というのを提唱したんですよね(注:現在の名称は「同人マーク」)。

赤松:デッドコピーじゃなければ二次創作やっていいよってマークです。これが漫画の表紙のどこかにちょこっとついてると、この作品なら二次創作やっていいんだなと。ただし、これはコミケの当日だけです。同人誌書店とかあるんですけど、そういうとこでやるのは基本NG。フィギュアイベントの「ワンダーフェスティバル」でも、「当日版権」というのがあるんですけど、これはそれに似た感じで、当日だけ我々見てみぬふりをするから、というマーク。

福井:黙認の見える化ですね。

赤松:というか意味がわからないんですよ。黙認してないだろっていう(笑)

福井:赤松さんのいう原稿のどっかに紛れ込ますって、どこかのコマのはじっこに描いておくとか、そういうことですか?

赤松:キャラクターのTシャツのマークとか(笑)。それで警察の萎縮を狙うというマークなんですね。

福井:日本で初めてですよね、警察を萎縮させようとした漫画家。

赤松:ファンが自分の作品を二次創作してくれるぶんにはむしろそっとしといてあげたいですよ。これを警察が勝手に作者の知らないところで起訴しちゃったら、逆にちょっと怒りますよ。

坂手:そうですね。第三者が判断するってことに対してはすごく違和感を感じますよね。痛いよっていう人が痛いからやめてということじゃなくて、眺めていた人が自分の価値観を持ち出して何がよくて何がいけないかを判断するという根拠がかなりわかりにくい。

福井:著作権は誰のためにあるのか、なんのためにあるのかという、かなり根本に関わる問題ですね。国家の秩序のためにあるのか、それとも個人が自分の活動を守るためにあるのか。

坂手:僕は第三者が非親告罪でやるというのは、これはもう破綻しているような気がするんですよ。

赤松:そうですね。それで漫画文化が発展していくかっていうと、発展には役に立たないです。

つづく

(この座談会の全文は、日本劇作家協会のサイトでも見ることができます)

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