職場でヒールやパンプスを履くよう、強制しないでほしい。女性だけに強いられている風潮に異を唱える「#KuToo」運動の呼びかけ人、石川優実さん。署名運動が立ち上がってから1年以上が経った今も、女性への差別や生きづらさをなくすため、最前線で戦いつづけている。
ジェンダー後進国の日本が変わるために、何が必要なのか。石川さんに聞いた。
#KuTooの歩み ツイートから、安倍首相が賛同を示すまで
「#KuToo」運動は2019年1月24日、石川さんが投稿したツイートからはじまった。
「私はいつか女性が仕事でヒールやパンプスを履かなきゃいけないという風習をなくしたいと思ってるの」。この書き出しでツイートははじまる。
「今のバイトも大好きだけどパンプスはほんときつい。これがなければどれだけ動きやすいか。いつかこの風習なくすんだ」
当時、葬儀社で案内のアルバイトをしていた石川さん。職場では、ヒール付きのパンプスを履かなくてはいけない、という就業ルールがあった。
「ツイートした時は、運動を起こそうとは思っていませんでした。連勤して、足から血が出るほど靴擦れをしていて。ちょうど同僚の男性がスニーカー仕様の革靴を履いていたのを見て、軽かったしすごく楽そうだったんです。『なにそれ。私こんなに血出してんのに』って思ったんです」
「葬儀社のアルバイトと言えど、女性でも走らなきゃいけない場面が結構あるんですが、いつも靴が脱げないように、転ばないように、変な力のいれ方をして走ってました。かと言えば、葬儀が始まったら足音を立てるなと言われる。『仕事なんだけど?』という気持ちがあって、ムカついて呟いたんです」
ツイートは2万回以上リツイートされ、瞬く間に拡散された。
共感の輪は広がっていく。その後、Twitterユーザーとやりとりをするうちに、「#MeToo」と「靴」、「苦痛」をかけ合わせた「#KuToo」という言葉が生まれた。
「そのTwitterにすごく反応があったから、苦しんでいるのは自分だけじゃないんだって思いました」。石川さんはオンライン上で署名プロジェクトを立ち上げることを決める。
職場で女性だけにヒールやパンプスの着用を求めることは性差別だとして、法規制を求める署名プロジェクト「#KuToo 職場でのヒール・パンプスの強制をなくしたい!」が、Change.orgではじまった。
運動のファーストステップとして、2019年6月、集まった約1万9000筆の賛同者の署名とともに、法規制を求める要望書を厚生労働省に提出。記者会見も開いた。さらに、半年後の12月にも、2度目の会見を開く。2020年に施行される「ハラスメント防止法」の指針に要望の服装規定に関する記述がなかったことに抗議し、改めて問題を訴えた。
石川さんの取り組みは、BBCやフィナンシャル・タイムズなど多くの海外メディアにも取り上げられ、2019年12月に発表された「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた。
企業側の意識も変化した。
NTTドコモは2019年8月1日、ドコモショップ店員の服装規定を改定。それまで女性にはヒール3.5〜6.5cmのパンプス、男性には革靴の着用を定めていたが、スニーカーなどその他の靴も着用できるようにルールを変えた。
2020年3月には、ついにKuToo運動に安倍晋三首相が賛同する。
共産党の小池晃書記局長が、参議院予算委員会で男女の賃金格差の問題について質問。#KuToo運動に言及し、「女性だけに苦痛を強いる服装規定は、政治の力でなくしていくという政治の決意をお話しください」と、安倍首相に聞いた。
安倍首相は、「服装について、単に苦痛を強いる合理性を欠くルールを女性に強いることはあってはならない。男性と女性が同じ仕事をしているにも関わらず、女性に対して今申し上げたような苦痛を強いることはあってはならないと明確に申し上げたいと思います」と回答。
小池氏は、「安倍首相との質疑でこういう最後になるというのは今まで経験のないこと。前向きに進めるために、この点では力を合わせたい」と話し、議場に拍手が巻き起こった。
「怒ることによって変わっていくことがある」
誰もが毎日身につける服装を起点に、女性たちに「選択の自由」を与え、性差別から解放する。これが#KuToo運動の目的だ。
「ヒールを履きたい人は、もちろん履いてもいい。ただ、女性と男性、同じ労働者であるならば、同じ労働環境で働く権利があるということをわかってほしい」
「根本的な問題は、性別に基づいて、片方の性別にのみ“らしさ”を押し付けること。それは女性差別です」
石川さんは運動が始まってからずっと、一貫したメッセージを伝えつづけている。そして、国会で取り上げられたことが象徴するように、社会は1年で確実に変わった。
一方で、石川さんはTwitter上で、苛烈なバッシングや反発にも晒されている。
「フェミニストなのにグラビアの仕事で脱ぐのは矛盾している」「ヒールを履きたい人もいる」...。そうした様々な『クソリプ』の一つひとつに石川さんは返信し、声を上げる。石川さんの尊厳を傷つけるような誹謗中傷には、法的手段に出ることを表明した。
「SNSの誹謗中傷は、だいぶ軽視されてきたと思います。それで仕事を辞めたグラビアの子もいると思いますし、韓国で問題視されているように、誹謗中傷によって自殺してしまう人だっています。『誹謗中傷なんて無視すればいい』ってずっと言われてきたと思うんですけど、無視した結果がこれですから。全然解決していないし、よくなっていない。だから放っておいてはいけない、と思います」
「怒っていては何も伝わらない」。これも、石川さんに多く寄せられる批判だ。
しかし、石川さんはその「アドバイス」を強く否定する。
「これまで女性たちは『怒っちゃいけない』と言われてきました。だからこそ怒ることは大事だし、怒ることによって変わっていくことはすごくたくさんあると思います。『怒ってばかりだと誰も話を聞かない』とよく言われますけど、怒っている人の話を聞いている人もいると思う。怒りが会話に繋がることもあるのに、なぜか『怒ったら負け』と思われてしまうことに疑問を感じます」
「特に差別の問題は、怒るとか怒っていないとか関係なく、本来解決しなくてはいけないことのはずです。それなのに、ただ『怒っているから』という理由だけで、権力構造上、弱い立場にいる人の話を聞かないんでしょうか。それは、そのこと自体に問題がありますよね。『怒らず話を聞いてもらう』ことにそんなに価値があるのかな、と私は思います」
「#MeToo」が石川優実さんを変えた
岐阜県多治見市で育った石川さんは、幼い頃から芸能界の仕事に興味を持って育った。高校3年生の時に名古屋でスカウトされ、その後、グラビアの仕事を始めた。
「嫌なことをさせられなかったのは始めの1、2回だけで、それ以降は、『顔が可愛くないから、仕事のオファーがきてるけど露出しなきゃダメだよ』と言われて、3カ月目くらいから嫌だと思うことをさせられるようになりました。なんで仕事がきてるのに露出を増やさなきゃいけないんだろうって思ったんですけど、当時はあまりにも芸能界のことがわからなくて。『そういうものなのかな』と思ってしまって、やれることはやっていました」
どんどん露出を増やされ、初めは水着の着用だけだったものの、セミヌードの撮影も強いられたという。「これ以上はできない」という意思は何度も伝え、望まない撮影の前には反対もしたが、「現場が進まないからみんな迷惑するから」と口を封じられた。
「自分が嫌なことを強制させられる。これが『問題』だと気づくまで、すごく時間がかかりました。嫌だと思う自分の感情を消したい、という気持ちの方が強くて、強いる側の方に問題があると思えていなかったんです」
石川さんに変化が訪れたきっかけは、2017年にハリウッドで始まった「#MeToo」運動だ。
初めてMeTooを知ったのは、BuzzFeed Japanに掲載された、ブロガーのはあちゅうさんによる元電通社員へのセクハラ告発記事だった。
「当時は伊藤詩織さんのニュースも知らなかったし、はあちゅうさんのことも知りませんでした。ただ、芸能活動の一環でTwitterをやっていて、ブロガーさんもたくさんフォローしていたので、その流れではあちゅうさんのニュースが偶然目に留まったんだと思います」
相手が嫌がることは、してはいけないということ。性暴力は人としての尊厳を傷つける行為で、加害者がどんな言い訳をしようとも、決して許されないということ。そして、被害を受けた女性は、自分自身を責める必要など、まったくないということ。
#MeTooをきっかけに気づいたのだという。
2017年12月、石川さんはnoteで、「#MeToo 私も」と題した記事を公開。望まない撮影を強制され、接待相手に性暴力を受けたことなどを告白した。
「#metoo のおかげで、あの時の自分が辛い思いをしていたことを認めてあげても良いのだと知りました」。記事のまえがきで、石川さんは、いかに#MeTooが救いになったのか、その思いをつづっている。
#MeToo だった過去と現在
私は今、このような被害を受けているわけではありません。
今はもうこのような環境から解放されて、幸せに過ごしています。
しかし、書いていて涙が溢れてきました。苦しい気持ち、悔しい気持ち、当時の自分の未熟さ、恥ずかしさ、そしてこんなこと人には絶対に情けなくて言えないと思っていたことを今発信しやすくなっていることへの開放感。
夜中に一人で声を上げて泣いてみました。
この文章を書いている今も、涙は出てきてしまいます。当時は、あれが自分自身に深刻なストレスを与えている自覚はありませんでした。
嫌だけど、我慢しなければならないこと。
当たり前のこと。
世の中とはこういうものだということ。自分には価値がないから、こうするしかない。
大したことではない。
みんな我慢しているから私も我慢しなければ。
そう思い込んでいました。しかし今、周りの色んな人の優しさや自分自身で乗り越えたこと、そして今回の#metoo のおかげで、あの時の自分が辛い思いをしていたことを認めてあげても良いのだと知りました。
グラビアの仕事を始めてから、10年以上が経ち、石川さんは「言葉」を得て、声を上げたのだ。
「自分の話を聞いてあげて、自分を甘やかしてほしい」
ジェンダー後進国の日本。
声を上げる女性が増えてきても、性被害を訴えた人へのセカンドレイプや心ない中傷がネット上で飛び交い、役員比率や国会議員の数は男性が圧倒的過半数を占める。
「自分が『被害に遭う』などの経験がないと、多くの人が性差別の問題を自分ごと化できない。それが、性差別の問題が解決しない理由になっていると思います」。石川さんはそう語る。
「教育を変えるとか、政治を変えるという色々なやり方が必要だと思う。その中の一つに私もなれればいいなと思っています」
石川さんの#MeTooや#KuTooの発信は、社会を変え、多くの女性たちを勇気付けてきた。女性たちに伝えたいことは、何か。インタビューの最後にそう聞いた。
「自分の思ってることや感情をしっかり口にすることが、必要だと思います」と、石川さんは話す。
「自然に出てくる怒りとか悲しみ、色々なものがあると思うんですけど、今までは『そう思ってしまう自分の方がおかしい』と思っていました。どうしても、他人からどう見られるか、気にしてしまう人もいると思います。それは、一つの大事な要素ではあると思う。でも、それが自分の気持ちよりも『優先』されてしまうことは、健全ではないと思います。私はそのことに気づいてから、おかしなことに対して『おかしい』と気づけるようになったんです」
「自分が何をしたいか、したくないか。何を考えているのか、それを把握することがすごく大事で。自分の気持ちを一番にする。自分のことを見て、大切にする。自分の話を聞いてあげて、自分を甘やかしてほしい、とすごく思います」