7月17日から20日にかけて、芸能界を揺るがす出来事が相次いで起きた。
17日、ジャニーズ事務所がSMAP元メンバーをテレビ出演させないよう民放テレビ局に圧力をかけた疑いがあり、独占禁止法違反につながる恐れがあるとして、公正取引委員会から注意を受けたと報じられた。
さらに、20日には、反社会的勢力への闇営業問題で処分を受けた吉本芸人の宮迫博之さん・田村亮さんが記者会見を開き、一連の騒動をめぐる吉本興業の対応を暴露。会見を開きたいと吉本側に訴えたものの、社長から「やってもええけど、全員連帯責任でクビにするからな」と反対されたことなどを主張した。
この2つの出来事が浮き彫りにした、芸能業界やテレビ業界に蔓延る問題とは何なのか。業界はどう変わっていくべきか。芸能人の権利問題に詳しいレイ法律事務所・佐藤大和弁護士に聞いた。
「事務所が強い立場にあり、タレントが弱い立場にある」 芸能界の問題
ジャニーズ事務所が、稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんをテレビ出演させないよう民放テレビ局などに圧力をかけた疑いがあるーー。
7月17日、NHKが夜9時のニュースに合わせて報じると、ネット上に衝撃が走った。
独占禁止法では、契約の成立を阻止するなど、競争関係にある他の会社の事業活動を不当に妨害することを禁止している。公取委の関係者によると、ジャニーズ事務所にこれに違反する行為は認定できなかったが、「違反につながるおそれがある行為がみられた」として、同事務所を未然防止のために注意したという。
芸能人の移籍や独立をめぐり、公取委が芸能事務所を注意したことが明るみになったのは、今回が初めてだ。
レイ法律事務所の佐藤大和氏は、公取委の判断について、「芸能界に対して変革を求める判断で、大きな意味合いがある」と話す。
「芸能界で長年問題になっているのは、事務所が強い立場にあり、タレントが弱い立場にある、ということです。独立や移籍をする時に、自由な競争が阻害されてしまうことがある。これは大きな問題でした」
「タレントと事務所が公平な立場になり、そして独立・移籍する際にも自由な競争をできる環境が作られていく。今回の公取委の判断を機に、そうした変化が生まれるかもしれない。その点で、この判断は非常に大きな意味があります」
芸能事務所とタレントのトラブルでは、レプロエンタテインメントから独立後、本名から「のん」に芸名を変更し、テレビ露出が激減した能年玲奈さんをめぐる問題なども記憶に新しい。
佐藤弁護士は、「同じような問題を多くのタレントが抱えています。公取委はこれをスタートとして、終わりにはせず、芸能業界の改善に向けて引き続き適切な措置をとってほしい」と期待を込めた。
(弁護士らが芸能人の権利を守るために設立した団体「日本エンターテイナーライツ協会(ERA)」も、報道を受けて公取委にさらなる調査、対応を求める声明を発表した。佐藤氏は同協会の発起人で、共同代表理事を務めている)
一方で、佐藤氏は、ジャニーズ事務所をはじめとする芸能事務所だけではなく、メディア側も変化しなければ状況は変わらない、とも指摘する。
「圧力行為の証拠はなかったということですが、結果を見ると、3人の退所後に民放のレギュラー番組は全て終了しています。メディア側に過剰な忖度があったと言わざるをえないのではないでしょうか。今後は、テレビ業界自体が過剰な忖度などをせず、芸能人が自由な競争と芸能活動ができる環境を作っていかなければならないと思います。たとえば、違反行為があった場合にメディア側が適切な措置をとるなどの対応をしっかりしていけば、芸能界は変わっていくと思います」
宮迫博之さんらが会見。吉本興業への不信を語る
ジャニーズ事務所の圧力疑惑が報じられてから3日後、お笑い業界にも大きな動きがあった。
反社会的勢力と関係を持ったとして、吉本興業から契約解除された宮迫博之さんが、田村亮さんとともに会見を開いたのだ。会見は吉本興業を介さず2人が独自に主催し、Twitterでも生中継された。
宮迫さんは一連の騒動をめぐる自身の対応を謝罪したが、会見では吉本興業に対する不信も口にした。
この会見の内容をめぐり、ネット上では吉本興業の対応に疑問を呈する声が上がるなど、大きな波紋が広がっている。
同社は21日時点で、一連の騒動に関して記者会見などは開いていない。佐藤氏は、「吉本興業は第三者委員会を設置し、徹底的に原因を究明して公表をするべき」と話す。
「吉本興業側は、彼らに対して何かするのではなく、調査対象を絞らずに第三者委員会を設置して、今回の件について、吉本興業側の対応も含めて、徹底的に原因を究明して公表をするべきだと思います。そして、テレビ局と事務所の関係についても見直し、業界全体として、それぞれが声を出して、改善をしていくべきだと思っています」
闇営業の問題をめぐっては、吉本と所属芸人の間に「契約書がない」ことや、芸人らが数多く口にする「ギャラの安さ」なども事態を引き起こす要因になったのではないか、との意見もある。
佐藤氏は、「口頭の契約では、タレントと会社が対等な関係にあるとは言えない」とも指摘。トラブルが生じた時などでも、タレントが対等な立場で所属事務所と渡り合うことができるよう、吉本興業は「公正な契約書を作るべき」だという。
「契約書がないということは、いつでも会社側の都合で契約解消ができるということです。口頭では、その契約がどういう内容なのかもわからなくなってしまう。タレントと会社が対等な関係にあるとは言えません。タレントや芸人を守るという意志があるのであれば、口頭ではなく、公正な契約書を作るべきだと思います」
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ジャニーズ事務所をめぐる圧力疑惑と、吉本芸人の闇営業問題。
芸能界を揺るがす2つの出来事は、芸能事務所をおもねるメディア側の「忖度」や、タレントと芸能事務所の間にある不均衡なパワーバランスなど、さまざまな問題を浮き彫りにした。
しかし、芸能人の中にも、疑問を投げかけたり、声を上げはじめたりしている人がいる。
たとえば、タレントの加藤浩次さんは情報番組「スッキリ」で、ジャニーズ事務所の圧力疑惑をめぐり踏み込んだ発言をした。
「僕らもこういう仕事させてもらっていて、そういうのが暗黙にあるということがわかっている」と話し、その風習が芸能界に根付いていることを認めたのだ。
そして、「今の時代で考えたら、ちょっともうおかしいんじゃないかという部分、僕は実際にある。(中略)テレビ局もそうですし、事務所関係、この業界全体がこれから新しく変わっていく、次に向かっていくんだという、何かきっかけになればいい」と訴えた。
吉本の闇営業問題でも、特筆すべきは、宮迫さんや田村亮さんが自ら主導で会見を開いたということだろう。会見はSNSやAbemaTVでノーカット生中継され、多くの人が2人の訴えをリアルタイムで目撃することになった。
インターネットの発展によって、タレント側が事務所を通さずに自由に発信する手段を得たのだ。そして、インターネットを介してさまざまな情報に触れられるようになった今、視聴者もファンも簡単には騙されなくなった。
芸能事務所もテレビ局も、これまでの業界では当たり前だった風習を見直し、本格的な変革に踏み込む時期がきている。