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「きれい事だ」と言われたことも。マーケティングの専門家が「予防医療ビジネス」に取り組むまで

2008年にキャンサースキャンを創業した当初、まるで相手にされなかった。それでもやめる選択肢はなかったという。
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いま「キャンサースキャン」に全国から熱い視線が注がれている。彼らが行なっているのは、予防医療に特化した世界最先端のAIマーケティングのサービスだ。同社を率いる福吉潤さんは、元P&Gのブランドマネージャー。なぜ、マーケティングのスペシャリストが「予防医療ビジネス」を? そこにあったのは「人と社会を健康にしたい」という志だ。

特別連載【FUTURE】

ドローンやVR、キャッシュレス化、仮想通貨・ブロックチェーン技術...目まぐるしく変化する時代において、それぞれの企業が未来に向けて仕掛ける新規事業・サービスに焦点をあてていく特集連載です。日本を代表する大手企業からベンチャーまで。イノベーティブなプロジェクトのリーダーを取材し、事業の狙い&ビジョンに迫ります。

「治療」から「予防」へ

日本の医療が、今大きく方針転換しようとしている。病気になってから治すのではなく、「予防」で病気にならない状態を作り、進行を食い止める時代へ――

今回取材した、キャンサースキャン代表の福吉潤さんはこう語る。

「日本では医療費だけで毎年40兆円以上が使われています。そしてその額は年間数%ずつ大きくなっている。中でも、生活習慣病は医療費の3割を占め、日本の社会保障制度をおびやかす状態になっています」

全国の自治体では、生活習慣病やがんをはじめとした病気の、早期発見のための検診を受けられる。しかし、多くの人はそのことを知らないがゆえに発見が遅れ、進行してしまうケースも少なくない ―― これが、ハーバードビジネススクール在籍時代、ビジネスプランを練っていた時に見えてきた日本の課題だったという。

「この状況を何とかして変えたい。こうして創業したのがキャンサースキャンです」

福吉さんはもともとP&Gでブランドマネージャーを務めた人物。マーケティングのスペシャリストが選んだ次なるステージが、予防医療ビジネスだった。

彼らの取り組みと、志に迫る。

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検診の受診者を増やすマーケティング事業を、高度なデータ分析に基づく最先端のソーシャルマーケティング手法を用いて、全国の自治体で発信。売上は、毎年200%の成長を続けている。
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【右】福吉潤(44) 代表取締役 社長

慶應義塾大学卒業後、P&Gマーケティング本部にて洗剤・化粧品等のマーケティングを担当。ブランドマネージャーとして新商品のコンセプト開発・TVCM開発・市場調査・マーケティングプラン立案などを務めた。その後MBA取得のため、ハーバード大学ビジネススクールへ。世界のソーシャルビジネスに魅せられ、起業を志す。ハーバードの同級生で、予防医療を研究していた石川善樹(現・イノベーションディレクター)・P&Gマーケティングの同僚であった米倉章夫(後にハーバードビジネスクール留学、現・副社長)と共同でキャンサースキャンを創業。

【左】万野 智之(33)ソーシャルマーケティング事業本部 マーケティング推進グループ長

立命館大学卒業後、婦人服メーカーへ就職。ブランドマネージャーとして婦人服の企画・販売に関わる。その後「経営の上流工程を学びたい」とキャンサースキャンへ入社、マーケティンググループの運営から新規プロダクト開発、組織づくりなどに携わる。幹部陣の一人として経営会議を主導する。

自治体が持つ "ビッグヘルスデータ" の価値

同社は「予防医療」という言葉が浸透する前の2008年から「検診の受診率」に着目してきた。そして今、全国の地方自治体から依頼が絶えない状態になっている。

ただ、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。

「まずは現状を知るところからはじめました。すると、受診対象者の家に自治体から検診の案内が届いても、申し込み・受診といったアクションにつながっていなかった。これは、マーケティングのフレームワークを応用すれば十分に解決できると思ったんです(福吉)」

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彼らが着目したのは、自治体が持つ健康に関するビッグデータだ。

「自治体が持つデータ、いわゆる "ビッグヘルスデータ" をAIに分析させることで、住民一人一人の健康特性が見えてきます。そして、それを検診案内にも活かす。たとえば、個人の健康特性に合わせて検診案内の見出しをひとつ変えるだけでも、受け取り手の行動は変わってきます。『今年検診を受ければ、来年も検診を受けられます』と伝えるか、『今年検診を受けないと、来年の検診が受けられなくなります』と伝えるか。どちらが良いかも、人の健康特性によって効果が変わるんです。(万野)」

心理学・行動経済学をベースとしたマーケティングと、テクノロジーをかけあわせた取組みが着実に成果に結びついていった。そして仲間も増えていったという。

「まずは、国立がん研究センターの研究者達が協力してくれた。さらに、社内にいるデータサイエンティスト、予防医学の専門家達とともに、検診受診率向上に関してノウハウを蓄積していきました。やっていることそのものは、P&Gのマーケティング部門にいた頃と大きく変わらない。ただ、地方自治体にとっては今までなかった考え方だったんです(福吉)」

取引する地方自治体の数は、毎年倍々のペースで増えている。

「現在、およそ250の自治体にコンサルティングをしていますが、1~2年以内には、全国1,700以上ある自治体のうち、半数をカバーできる目処もたってきました(*1)」

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メンバーは、マーケター・データサイエンティスト・学術研究の専門家で構成されている。
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決して諦めない、マーケティングで人と社会を健康に

2008年に創業した当初、まるで相手にされなかったという。またビジネスとしても勝算があったわけではなかった。それでもやめる選択肢はなかったそうだ。

「はじめは実験的にこの事業をはじめました。今まで、医療従事者を中心に扱われてきた課題に、私たちプロのマーケターが入っていく。そしてマーケティングで課題解決ができる。そのことを証明したかったんです(福吉)」

「"君たちが言っていることは綺麗事だ" と言われたこともありました。それでも、自分が命をかけてできる仕事がしたかった。マーケティングで消費財を売ったところで、世の中を劇的に変えることは難しい。でも、自分たちの仕事の結果として人が健康になったり、病気で苦しんだり...といったことをなくせるかもしれない。それが結果、ビジネスとして成立することができたら、とても意義のあることだと思いました(福吉)」

今後全国をカバーし、より大規模に予防医療事業を展開していければ、それは "綺麗事"ではなくなる。

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いまはまだスタートライン、テクノロジーを活用した「予防医療ビジネス」を仕掛けていく

日本全国で公演やセミナーを通じ、「マーケティングの重要性」を伝えていく――決して仕事は楽ではない。

「週の半分以上を、地方で過ごすこともあります。それに顧客である自治体と仕事を進める上で、自治体特有の制約を感じる場面もある。それでも自分の仕事の先には、何千人何万人という市民の人たちがいます(万野)」

自分たちの取り組みが、どれだけ受診率の向上につながったか。そして健康にインパクトを与えたかということが、数値に跳ね返ってくるのもやりがいだ。

「全国でどのくらいの人の健康にインパクトを与えられたかが、数字で分かる。これほどマーケティングの仕事冥利に尽きることはないです。今後、より多くの自治体で予防医療事業を行なうことで、さらにインパクトは大きくなっていくはずです(万野)』

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そして、彼らが見据えているのは、その先の未来だ。

「今は本当に健康の ”入り口” を作っているだけだと考えています。健診を受けてもらうことはもちろん大事です。ただ根本的には、生活習慣の改善も含めて、一人一人の行動に大きな影響力を発揮していきたい。そうすることで、初めて人と社会が健康になると考えているからです(福吉)」

同社が計画するのは、個人個人の状態に合わせて、長期的に健康を支援し続ける「健康のプラットフォーム構想」だ。クラウド技術を活用した次世代型ビッグヘルスデータ解析・保健事業運営ツールも既に提供を開始している。

「その手始めとして、鳥取県と契約を締結しました。県の受診率向上事業の運営を一括で担う取り組みです。近い将来はオンラインのプラットフォームも作りたい。AIを使って個々に最適なタイミングで最適なメッセージを送り、健康をサポートしていく。1~2年後には本格稼働させていく計画です(万野)」

代表である福吉さんは、取材をこう締めくくってくれた。静かながら熱のこもった言葉には、志の灯火が宿っていた。

「”社会課題の解決”という軸で仕事を選ぶ選択肢は、まだ日本にはそう多くはありません。だからこそ、私たちがその道を切り拓きたい。社会に大きな好影響を与えるインパクトビジネスが、ビジネスプロフェッショナルの選択肢になる未来をつくっていきたいです。同時にどんどん新たなビジネスにもチャレンジする。会社として組織として、社会にインパクトを与えていく。ベンチャーらしく勝負をしていければと思います(福吉)」

(*1)2018年10月現在

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