黄色いベストに身を包んだ人々が起こした、反政権デモが長期化するフランス。11月17日の初動から4週間、毎週土曜日に行われるデモは過激派の破壊行為も相待って、世界中のメディアから注目を集めている。
デモ当初から失言が続き、その後に口を閉ざしていたマクロン大統領は12月10日、テレビ演説を行い、現状を「社会・経済非常事態」と宣言。デモに参加する年金生活者や最低賃金労働者への配慮措置を打ち出し、大企業に協力を要請。事実上、デモの声に応える姿勢を見せた。
日本のメディアがその過激さに注目し「暴動」と伝えたデモに対し、フランス政府は「対話」の扉を開いたのだ。民衆のデモを力任せに鎮圧することも無視することもなく、そこで上げられた声を、政界がすくい上げた。
そもそもなぜ「黄色ベストデモ」はなぜ起きたのか。マクロン大統領はなぜ失望されたのか。フランス政府は危機を打破するため、どんなメッセージを発したのか。現地で聞こえる声を拾いながら、「黄色ベストデモ」運動を俯瞰していく。
そもそも「黄色ベスト」とは何か
今回のデモ隊が揃って身につけ、運動の象徴となっている「黄色ベスト」。これはフランスの道路交通法で車内への搭載が義務付けられている、非常用の着衣だ。1枚数百円で購入でき、フランスで二輪・四輪自動車に乗る人なら、誰でも持っている。
この黄色ベストがシンボルに選ばれた理由は、今回の運動が「自動車」から始まったことにある。
マクロン大統領は、社会保障・税制改革を政策の柱に置いており、なかでもガソリン・ディーゼル燃料の増税は最重要課題の一つ。環境負荷の高いディーゼル車を廃止する未来志向を打ち出したが、問題はそのディーゼル車が、いまも人々の重要な足であることだった。
ガソリンに比べて価格の低かったディーゼル燃料は、低所得の労働者や年金生活者たちに多く利用されている。増税によるその層への打撃は大きく、特に車が生活必需品である地方で不満が噴出。
マクロン大統領が富裕税を廃止したことも輪をかけて、ディーゼル燃料の増税に反対する声が巻き起こったのが「黄色ベストデモ」運動の始まりだった。
富裕層VS庶民の階級闘争
運動の参加者の多くは、「お金が足りない」「金持ちは優遇され、自分たちは無視されている」との思いを共有する、幅広い層だ。現時点で貧困ではないが、失業や増税がすぐに影響する、経済基盤が弱い「貧困予備層」といえる。
彼らには保守・左派の政治思想の区別がなく、「富裕層VS庶民」の階級闘争として、一気に火がついた。11月18日の初回デモから、フランス全土2034箇所・28万人の参加する大規模な抗議行動となった。
当初、事態を甘く見た政府は、対応を怠ったまま2週間をやり過ごす。そのすきに極右や極左などの過激派が運動に入り込み、12月1日の第3回デモの際には、パリのシャンゼリゼ大通りや凱旋門といった観光名所でも破壊行為が起こった。
諸外国のメディアがそれを大々的に報じたことから、政権に不満を持つ他の団体も便乗してデモを敢行。極左・極右の政敵も、これを機に政権批判を強めていった。
デモの声に応えない政府に、中流階級も不信感を募らせた結果、12月8日の第4回デモの際には、国民の7割が黄色ベスト運動に共感を示すようになっていた。
「国を良くする責任は国民が担え」マクロン大統領への批判
1789年から始まったフランス革命で市民が絶対王政を打倒して以来、フランスでは、政権や政策への不満をデモで表明するという伝統がある。「圧政への抵抗権」は、憲法にも示された人権の一つだ。
近年では、2013年オランド政権時に同性婚合法化に対する賛成・反対のデモが記憶に新しい。2005年シラク政権時には従業員の解雇を容易にする新雇用契約法に反対するデモが行われた。ともに参加者は数十万〜数百万人に上る大規模デモとなった。
通常、デモの実施は警察への事前届出が義務付けられており、過激派が暴れたとしても、デモの開催地以外の場所や時間は、普段通りの生活が営まれる。
政府は、実害が出ない限りデモ隊を鎮圧しない。デモは市民の権利であり、それを対話の端緒として耳を傾け、政策を調整してきた。政治家が市民の声を無視することは、革命を経て培われた現代フランスのあり方として許されないからだ。
ところが、マクロン大統領はこれまで、生活苦を訴える市民を前に、傲慢ともとれる姿勢で「国を良くする責任は、全国民が担え」と要求してきた。自身の出身で支持母体でもある富裕層や大企業・銀行の優遇政策をくり出しつつ、だ。
国民の代表であるはずの大統領のそのような態度は人々に受け入れられず、フランス全土で、デモのほか、道路や料金所の封鎖などの抗議行動が拡大。初動から4週間経った今も続いている。
長期デモ、じわじわと国民生活に影響
長期化する抗議運動は、じわじわと、国民生活に影響を及ぼし始めた。
例えば、通勤・通学に、通常の倍以上の時間がかかる。交通状況の悪化から遠足などのイベントが中止になる。地方の流通が滞り、生鮮食品などの小規模生産者の中には2日で百万円近い損失を被った人もいる。
クリスマス前のフランスは、1年で最も消費が盛んになる時節だが、デモが週末に開催されるため、商店を訪れる客が激減(フランスの商店は基本的に日曜休業)している。
南仏ニース・コードダジュール商工会議所による調査では、運動開始から売り上げが50%以上落ちた商店が15%あった。同調査では全体の8割近い商店が、少なくとも1割以上の収入減を答えている。
実際、これらの商店で働いているのは、黄色ベスト運動の参加者、もしくは彼らに近い社会階層の人々だ。運動の長期化は彼らの生活をさらに逼迫する。が、政府が市民の声に応えない以上、デモは続けなければならない、という認識が一般的だ。
「遅かれ早かれ、こうなっていたんです」
そう答えるのは、フランス中部で大企業の管理職を務める60代の男性だ。彼自身は黄色ベストの階層より余裕のある層におり、デモに参加はしないが、運動を支援している。
「フランス社会はここ40年間、少しずつ悪化してきた。政治家は市民の代表としての立場を忘れ、私利私欲に走ってばかり。経済活性化のために庶民は消費を求められるけれど、社会負担ばかり増え、購買力は落ちる一方です」
「市民は無視され、絶望しています。そんな時に社会がどうなるかは、歴史が証明している。絶望した市民が怒りに立ち上がるのは、当然の成り行きです」
「このまま政府が対応を誤り続けるなら、自分も黄色いベストを着る」。そうこぼす同僚が、彼の周囲にも出始めているという。
ついに対話に乗り出したマクロン大統領
「どんな税金も国の分裂には値しない」
デモの開始から3週間経った12月3日、エドゥアール・フィリップ首相は燃料増税施行の6カ月延期を発表した。また12月15日から翌年3月1日までを「国家大討論期間」と定め、全ての分野・階層の国民と意見交換をすると宣言。デモに対し、「対話」で応える姿勢を見せた。
しかしフランスは大統領権限の強い国で、「首相は大統領のメッセンジャー」と揶揄する声もある。失言続きで口を閉ざしたマクロン大統領は、フィリップ首相を代弁者として、1週間以上表舞台から姿を消した。
「マクロンは何をやっているんだ」「ここでダンマリなんて、大統領としてどうかしている」
マクロン氏の資質を問う批判は、黄色ベスト以外の層からも強くなった。そして12月8日、第4回目を迎えたデモは勢いが衰えず、全国で約13万6000人が参加。市民と対峙し続ける警察隊や治安維持部隊の疲労が深刻視され始めた頃(彼ら自身も黄色ベスト層だ)、「マクロン大統領が国民への演説を行う」との報が流れた。
大統領5年任期の行方を決する、歴史的な演説になるーー。
全国民が注目する中、2018年12月10日午後20時、マクロン大統領の13分の演説が、地上波3局・ニュース専門番組4局で放映された。
「いかなる暴力も許されない」と演説を始めた大統領は、「しかし、その背景に市民の怒りがあることを、私は理解しています」と続けた。現状を「社会・経済非常事態」と宣言し、年金生活者、シングルマザー、障害者、低所得者など生活苦にある人へ平易な言葉で語りかけながら、「私の言葉が人を傷つけたこともあったと思う」と振り返った。
そしてデモを受けての具体策として、以下の政府対応を語った。
・最低賃金を月額100ユーロ(約1万3000円)引き上げる。雇用主負担なしに実施。
・年金受給者の社会保障費増額改革に受給額下限を設ける。
・今年の年末ボーナスを非課税とし、雇用主にボーナス支給を依頼する。
・富裕税は復活しないが、別の形での「貢献」を話し合うため、大企業・銀行を招集する。
・AmazonやFacebookなど、フランスで利益を上げている外国企業を免税対象から外し、国内収益分は社会保障税や税金を納めさせる。
肝心の燃料増税に関しては、演説では触れなかった。最後に、フィリップ首相がすでに告知した「国家大討論期間」に触れ、「意見を求める層を拡大する」と加えた。「国家のための新しい契約、その基盤を作るため、私自身が全国を回り、自治体の首長と話します」と語った。
日刊紙ル・フィガロによると、合計視聴者数は2300万人、視聴率は81.4%。同演説はラジオでも放送されたが、聴衆数が統計できないため、リアルタイムで演説を聞いた人数はさらに上回るといわれている。
「今のフランスは、みんなが苦しんでいます」
マクロン大統領の演説を受け、国民の反応は様々だ。
まず、傲慢さが影を潜め、まっすぐな視線で語りかけた姿を「一山超えた」と評価する声。政策に関しては「実行性が疑われる」「肝心の増税に関しては何も言っていない」との批判と同時に、「確かに助かる層もいる」との受容の声も出ている。
黄色ベスト運動の参加者でも意見が分かれている。穏健派は「一時休戦で対話の扉を開こう。永遠に道路封鎖を続けるわけにもいかない」と語り、強硬派は「大討論期間が3カ月あるなら、抗議もその分続くだけだ」と息巻く。
「演説を見て、少しだけ、安心しました」
パリ郊外で小規模の画材工房を経営する40代女性は、ほっと息をつきながら語った。
「話しぶりから、市民の苦しみが伝わったことが理解できました。やっと対話が始まるのだと。対応策を批判する声もありますが、私は一定の評価をしたい。私自身、課税が大きすぎて、従業員に年末ボーナスを払えなかった経営者ですから」
デモには参加していないが、黄色ベスト運動に共感してきた。しかし今後はどうか意固地にならず、対話に向かって歩んで欲しいと言う。
「今のフランスでは、みんなが苦しんでいます。でも庶民も、政治家も、雇用主も、お互いを責めるばかり。お互いがどこにいるのか、何が困難なのかを見ようとしてきませんでした。黄色ベスト運動は、互いが向き合うきっかけをくれたと思っています」
有力政治家の一人、現ボルドー市長のアラン・ジュペは言う。
「大統領は対話の道を作った。黄色ベストの人々にも、責任を果たして欲しい。これからは方法を変えて、差し出された手をどうか取って欲しい。私もあなた方と話す機会を作ります」
政治と国民、「対話」の行方は
12月15日の第5回デモは予定通り行われる見込みだ。
黄色ベスト運動が今後どのように収束して行くのか、その行方はまだまだ、見えない。たしかなのは、フランス市民が苦しんでいること。そしてその苦しみから上がった叫びが政治に届き、「対話」の道が開かれたこと、の2点だ。
フランス社会は過去150年、こうして歴史を刻んできた。デモと対話の繰り返しを、「社会の前進」という人も、「モラルの後退」という人もいる。しかし常に市民が声を上げ、政治がそれに耳を傾けた結果、フランスが欧州の盟主で居続けていることもまた事実だ。
これからの3カ月、国を挙げての大討論期間は、どのように進んで行くのだろう。そしてその結果見出される新しいフランスは、どんな姿をしているのだろうか。
消費社会で中流が薄くなり、貧富の格差が開いている現状は、どの先進国にも共通している。日本もまた、疲弊する資本主義社会の一員だ。
市民の声をどうやって政治に届けるのか。デモを介して国民と政治が対話をするフランスという国が、どんな回答を導き出すか。日本の未来を考える材料の一つとしても、フランスの今後を注視して行きたい。
(文:髙崎順子、編集:笹川かおり)