党大会で「1強体制」固める習近平の「思想」と「対日観」--井尻秀憲

習氏のこの講話のなかに、「中国の特色ある社会主義」の文言が10回出てくるのも私には解せない。

中国では、今秋開かれる第19回共産党大会に向けて、暑い政治の季節を迎えている。中国共産党は8月31日、政治局会議を開き、党大会を10月18日から北京で開くことを決めた。中国国営『新華社通信』が伝えた。激烈な党内闘争は続いており、約1週間の党大会は重要案件を複数抱えた、異常気象のなかでの「秋台風の目」になりそうだ。

今回の党大会の焦点は、習近平総書記(64)が2期10年の不文律を破って、3期目、2027年までの任期の延長を狙っており、それが実現するかにある。また、指導部人事に加え、党主席制の復活と習近平思想を当規約に盛り込めるかも焦点だ。こうした点については、『日本経済新聞』(2017年8月29日)の北京電と香港『時事通信』電(8月7日)や、その後の日本の新聞各紙が報じている。

党大会の日程が比較的早めに決まったのは、党首脳クラス人事を決める河北省の避暑地·北戴河での秘密会議で長老が人事に介入できなかったほどに、習総書記の権力「1強体制」が固まってきたことを意味するのだろう。

「ポスト習は習」

習氏の権力集中策の鍵は、「トラもハエも叩く」汚職摘発にあった。長老一族は、権力を利用したビジネスで大儲けしてきたのだから、叩けば埃が出る。習氏は、こうした手法で、江沢民氏の息子や李鵬氏の息子らを含めた長老一族の介入を許さない封じ込めに成功してきたのだ。

もとより党大会での人事については、党組織部を中心に事を動かし、自らへの権力の集中を着々と図ってきた。今年の6月9日までに、全国26の省市区常務委員の人事が刷新され、また、党大会の代表を選ぶ選挙も、全国31省市区で終わり、全1576人の代表も出揃っていた。

そこで政変が起きた。妻の親族に不明朗な資金が渡っていた疑惑が表面化して「神隠れ」していた「反腐敗キャンペーン」の責任者·王岐山·中央規律検査委員会書記(69)が、重慶の薄煕来絡みの抵抗勢力の1人であった孫政才·重慶市党委員会書記(53)を打倒して(重大な規律違反の疑いで失脚)、再登場したのだ。香港の『サウス·チャイナ·モーニング·ポスト』紙は、「王岐山は、政敵を倒す前に神隠れし、倒した後に復活するパターンがある」と揶揄する。

王岐山は共産党機関紙『人民日報』(7月17日付)で、政敵摘発後も「巡視工作を継続する」と言及している。「巡視」とは「幹部の身体検査」であり、「身体検査」を受けるべき対象の大物幹部は、昨今のリストの中にまだ多数残っている。

習氏もそうした汚職摘発自体には異議はないので、今後も「反腐敗キャンペーン」は続けるだろう。習氏の3期目の狙いが実現すれば、王氏については、69歳定年のルールを破って政治局常務委員に留任させるか、「反腐敗キャンペーン」を継続したい習氏が別のポストを用意する選択肢もある。

他方、習氏自身は少なくとも残り5年の任期を有するのだから、現時点で「ポスト習近平」を語るのは早すぎる。むしろ「ポスト習は習」と言うべきだろう。党中央政治局委員ポストである重慶市党委員会書記として独自の勢力を作っていた薄煕来を追い落としたのは胡錦濤前主席だった。後任の孫政才は、その後の混乱の後始末のために習氏が起用したものだった。

また、孫政才が拘束されたからといって、同じく習近平派でもない胡春華·広東省党委員会書記(54)を後継者とみなすことはできない。胡氏が8月30日付の『人民日報』に寄稿した文章で、習氏支持を鮮明にしたこと自体、習派ではない彼の立場を物語っている。その意味ではむしろ、孫政才の後任であり、習氏に近い陳敏爾·重慶市党委員会書記(56)の党中央政治局常務委員会入りとその後の動向を注目すべきだ。

「五位一体」と「4つの全面」

また、8月31日の政治局会議では、『新華社通信』が伝えたように、「習近平総書記の一連の重要講話の精神と党中央の治国理政(国政)の『新理念、新思想、新戦略』を貫徹する」と強調した。つまり、これを理論化して「習思想」として党規約の中に盛り込むことができるか否かも焦点だ。香港紙『明報』なども、このことを今春から報じていた(3月22日付など)。毛沢東思想、鄧小平理論に続く「権威付け」の意味合いを持つ「習思想学習運動」は、7月末から、全国の党組織で展開されている。それが実現すると、習氏は江沢民、胡錦濤を超えることになる。

ただし、問題は「習思想」と呼ばれるものの内容そのものだ。『新華社通信』(2017年7月27日)によると、習氏は7月26日から27日、「習近平総書記の重要講話精神を学習し、第19回党大会を迎える」省都主要指導幹部専門課題班を開催した。そこでは、習氏の重要講話が学習対象とされた。

習氏はこの重要講話のなかで、「我々は、(中略)新しい考え方·新しい戦略·新しい措置を提起し」、引き続き「五位一体」(経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、エコ建設)の全体的配置と、「4つの全面」(小康社会の全面的完成、改革の全面的深化、法に基づく国家統治の全面的推進、全面的で厳しい管理)の戦略的手配置の推進を呼びかけた。

ここで私が疑問に思うのは、「五味一体」や「4つの全面」を公約に謳ったのは習氏自身だが、「小康社会」(いささかゆとりのある社会)は胡錦濤時代、「私有企業のオーナーも含む広範な人民の利益を代表するのが共産党」という公約は江沢民時代のキーワードであり、習氏の「学習要綱」に新鮮味がない点だ。

しかも、習氏のこの講話のなかに、「中国の特色ある社会主義」の文言が10回出てくるのも私には解せない。この文言は、これまで指導者の一般的表現として使われてきたものなのに、なぜ敢えて10回も強調したのか。むしろ最近の習氏は、「小康社会」への言及の頻度を高めている。となると、香港誌『亜洲週刊』(2017年8月27日)が詳しく論じているように、江沢民、胡錦濤、習近平という3代の指導者の側近·王滬寧(党中央政治局委員であり、党の重要理論起草にも参画した政治哲学者)らが、すでに触れた「五味一体」と「4つの全面」を何らかの形で理論化し、当規約に盛り込む可能性が高い。

来たる党大会で、そうした「習近平思想」を党規約に盛り込めれば、習氏にとっては大きな成果になるが、それが「神格化」すると中国人民は支持しないだろうし、党内の反発も出るだろう。

「任期」の規約変更は必要なし

また、党大会では毛沢東時代の「党主席制」の復活と政治局常務委員会の制度改革が重要になる。さらに最も重要な問題は、7人の常務委員とそれを含む25人の政治局員に、習氏の子飼いの人物をどれだけ押し込むことができるかだ。

党と軍との関係では、8月1日に北京人民大会堂で建軍90周年記念式典と軍事パレードが実施された。パレードを閲兵する習氏の態度は、これまで以上に最高司令官としてのイメージ作りに貢献した。ここでの習氏の講話で、「軍民融合=軍民一体化」を国家戦略に格上げし、共産党が軍を取り込み民間と一体化することで、「人類運命共同体」の構築を訴えた(『人民日報』2017年8月2日、『東亜』9月号所収の濱本良一筆「中国の動向」など)。国産空母の進水も党大会にむけて準備されている。

習氏にとっては、党総書記=2期10年の現行規約は暫定的規約なので、今回の党大会で変更の必要はない。ただ、前記の『日本経済新聞』や香港紙などが触れているように、党主席復活となると、規約を改正して党主席制を盛り込まなければならない。

景気の底上げは数字合わせ

「政経分離」という表現があるが、私はこの言葉に違和感がある。どこの国であれ、「政治」と「経済」を分けるには困難を伴うからだ。中国の「汚職摘発キャンペーン」も、官僚の不作為(サボタージュ)で仕事が進まず経済に打撃を与える副作用をもたらしてきた。

党大会に向けた不安定要素は経済だ。舵取りを誤れば指導部批判に直結しかねないアキレス腱だ。党と政府は経済の「安定」演出に全力をあげ、「演出」のための「数字合わせ」さえ厭わない。

習氏は今年1月の世界経済フォーラム(ダボス会議)で、中国経済の急成長を誇示しながら、「『新常態』に入った中国には、重大な変化が起きつつある」と認めた。「新常態」とは、輸出主導の高度経済成長から転換し、国内市場を基盤にした安定成長に向けた産業構造の供給型改革を指す。

だが、中国経済の「新常態」が言われ始めてすでに久しいが、国有企業の構造改革は全くと言っていいほど進んでいない。日本の会計検査院に当たる中国の審計署は、大手国有企業18社の不正を公表した。現在行われているのは、企業の過剰生産の調整といった程度で、既存の工場で質の高い製品を作り出すための高度な技術すら買ってはいない。闇鉄鋼の過剰生産が問題になるくらいだから、製品の生産量の調整や腐敗問題だけでも相当の困難を抱えていると見るべきだろう。この問題は深刻なもので、「ジョーク」も言えないくらいだ。

もとより、中国企業が生産拠点を日本に移すことで、高度な技術とノウハウを得ることができるが、今のところそうした中国企業は1社のみしかない。政府は今年の経済成長目標を「6.5%前後」としたが、政府は目標達成に向けた経済政策を相次ぎ打ち出し、景気を底上げしているのが実態で、構造改革という「宿題」は積み残されたままだ。党大会後の中国経済の減速と成長の「鈍化」を予測するのは、私だけではないだろう。

他方、経済を利用した習氏の「権威付け」は着々と進んでいる。習氏は今年に入り、「自由で開かれた世界経済を堅持する」と繰り返し反保護主義の立場を表明してきた。しかし、「アメリカ·ファースト」を掲げるトランプ政権を意識し、中国が代わりに自由貿易の「保護者」たろうとするアピールは、単なる「スローガン」に過ぎない。

9月3日から5日までは、党大会前の最後の国際会議である新興5カ国(BRICS)会議がアモイで開催された。中国の主要メディアは、習氏が1期目に取り組んだ貧困対策などを振り返る特集を組み、党大会を盛り上げようと躍起になっていた。

さらに遡れば、4月1日の『新華社通信』電は、「千年の大計であり、国家の大事だ」と習氏が語った一大プロジェクトを公表した。北京に隣接する河北省に大規模な新都市「雄安新区」を建設する構想だ。1980年代以降に中国の発展を牽引してきた深圳、上海、浦東に続く別格の特区として位置づけられており、湖北省はかつて習氏が勤務した地であるだけに、党大会に向けた実績作りと見られる。

対日観は「日本軽視」

トランプ米大統領の訪中に先んじて、中国党中央弁公庁は中国外務省に対し、「トランプ氏の娘イヴァンカ夫妻の党大会前の訪中が絶対命令だ」とし、9月訪中の日程調整もなされたようだ(『産経ニュース』2017年8月31日)。存在感を内外にアピールしたい習氏は、トランプ氏の家族に的を絞り、党大会の開催を格好の「演出の場」としたいのだ。

日中関係では、尖閣諸島周辺での中国公船の領海侵犯と、接続水域での接近行動の頻度と継続性が増している。5月の「一帯一路」国際会議で、習氏は二階俊博自民党幹事長や今井尚哉首相秘書官らと会見した。通常、隣席に座らせる側近中の側近である栗戦書(党中央政治局委員)や王滬寧は不在だった。習氏が対日関係を改善したくない証拠だ。習氏や中国指導者の対日観は日本軽視で、対日関係を改善しても意味がないと考えている。「中国の軍門に下らない日本の安倍総理」を習氏は見下している。来たる党大会前後に中国発の一大事(たとえば習氏に対する反発、すなわち党内闘争の激化など)が起きれば、闘争の材料として尖閣問題に飛び火しかねない。しかも、尖閣や南シナ海問題で、習氏が直接指揮していることが、中国共産党学校機関紙『学習時報』で報じられている(『文匯網(快訊)』2017年8月27日。『東亜』2017年9月号所収の濱本良一著「中国の動向」など)。

海上自衛隊OB筋によると、尖閣の領海の外で、中国海軍が待機しているようだ。この厳しい現実に基づく発想と戦略的思考の構築が日本外交には求められる。と同時に、米、台湾、ASEAN諸国(インドネシア、ヴェトナム、ミャンマーなど)やインドとの連携によって、中国との論争に挑むことで、日本外交の「偏差値」を上げるしかない。