トランプ政権閣僚にWWE元CEOのリンダ・マクマホン氏。中小プロレス団体を壊滅させた過去

ライバルのプロレス団体を壊滅させ、10億ドルのプロレス帝国を築いている。
Open Image Modal

中小企業庁に指名されたリンダ・マクマホン氏

トランプ次期大統領が中小企業庁(SBA)長官に指名した、プロレス団体「ワールド・レスリング・エンターテイメント」(WWE)の元CEOリンダ・マクマホン氏は、ライバルのプロレス団体を壊滅させ、10億ドルのプロレス帝国を築いている。

トランプ氏はマクマホン氏を中小企業庁長官に指名したのは、「13人による零細企業から、世界中のオフィスで800人以上の従業員を雇用する株式公開されたグローバル企業に成長させた」(マクマホン氏の個人サイトにそのまま掲載されている発言だ)ことを理由に挙げている。

しかし実際はもっと複雑であり、そして物議を醸している。

「後にWWEとなり、マクマホン氏がほぼ30年間経営に携わってきたワールド・レスリング・フェデレーション(WWF)は、同氏と夫のビンス・マクマホン・ジュニアが1982年に父親のビンス・マクマホン・シニアから引き継いだ時点で、正確に言って零細企業ではなかった」と、リオ・グランド大学の歴史家で、アメリカのプロレス史『リングサイド』の著者スコット・ビークマン博士は述べた。

「マクマホン夫妻がWWFを引き継いだ時、従業員は13人だったかもしれませんが、アメリカの一流の会場で、WWFが毎月大会を開催していたのです」と、ビークマン博士は語った。WWE(旧WWF)の興行をしているニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンは、NBAのニューヨーク・ニックスやNHLのニューヨーク・レンジャースの本拠地にもなっている、およそ2万人が収容できる大会場だ。マジソン・スクエア・ガーデンでは、マクマホン夫妻がプロレスビジネスを引き継ぐ前から、父親のマクマホン・シニアがプロレス興行をしていた。WWFはすでに中部大西洋地域と北東地域にわたるプロレス興行を支配していた。零細企業というよりもむしろ、「はるかに大きな事業規模だった」と、ビークマン博士は述べた。

当時WWFは、プロレス団体のプロモーター連盟「全米レスリング連盟」(NWA)に所属していた。中小規模のプロレス団体は、地域単位で自主運営し、お互いのテリトリーは侵害しないように取り決めていた。NWAは多くの独立系プロレス団体を傘下に収め、各団体がお互いテリトリーに進出したり、ライバル団体のレスラーを引き抜いたりすることを防止する協定を守る協議運営組織だった。

しかしマクマホン夫妻は、全米にプロレスの一大帝国をつくることを思い描いていた。1980年代、WWFは全米進出を目指し、他団体からハルク・ホーガンら人気レスラーを次々と引き抜き、各地のテリトリーに侵攻していった。マクマホン夫妻は自分たちの前に立ちはだかるライバルのプロモーターたちが破滅していくのを気に掛けることはなかった。零細とはいえない2人の企業は、他の地域の既存プロレス団体の多くを吸収し、アメリカのプロレス業界を実質的に独占する組織WWEを確立した。

ビンス・マクマホン・ジュニア氏は、ライバル団体を業界から追い出したことを自慢してきた。

Open Image Modal

ビンス・マクマホン・ジュニア氏

「昔は、アメリカ中にプロレスのテリトリーがあり、各テリトリーを仕切る独自の弱小プロモーターが存在していた」と、ビンス・マクマホン・ジュニア氏は1991年、スポーツ・イラストレイテッド誌に語っている。「各テリトリーの弱小プロモーターは、自分の近隣テリトリーの弱小プロモーターの権利を尊重していた。テリトリーの乗っ取りや人気レスラーの引き抜きは、一切認められなかった。アメリカにはこうした弱小プロレス団体が恐らく30くらいあった。もし私が父から営業権を買わなかったら、いまだに30団体が分裂したまま、苦労しながらも運営していただろう。もちろん私は、こうした弱小プロモーターたちに忠誠を誓うことなどなかった」

プロレスファンには『ブラックサタデー』として知られる1984年7月14日、WWEは当時人気だったジョージア州アトランタを拠点とする「ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング・カンパニー」を買収し、その団体の全国ネットTV放送枠を買い取った。スポーツ・イラストレイテッド誌によると、相手のテリトリーに侵攻する、団体を買収する、スターレスラーを引き抜くなど、WWEが仕掛けた弱小プロレス団体への「容赦ない攻勢」は、「こつこつと真面目に取り組んできたライバルを壊滅させるものだった」という。この時WWEは、CNN設立者テッド・ターナーがオーナーを務めていた、WWEに対抗できる唯一のメジャーな全国規模のライバル企業「ワールド・チャンピオンシップ・レスリング(WCW)を何とか撃退し、最終的には同団体を破滅させ、WWEが生き残った。2001年にWWEは、WCWを買収した。

NWAとその他の弱小プロレス団体は、今でも存在している。しかしそうした団体は、WWEとほとんど競合しない。WWEは今や実質的にアメリカのマット界を独占している」と、ビークマン博士は述べた。

実質的な独占企業となったWWEは、プロレス業界にいたければ、WWEに所属すること以外に良い選択肢を持てないWWEの「労働者」であるプロレスラーに対して大きな支配力を持つようになる。1997年から2009年までCEOを務めたリンダ・マクマホン氏は、WWEが州ごとにある「アスレチック・コミッション」(ボクシングや格闘技の興行権や選手の報酬、ドーピング検査などを統括する組織)の適用外となることを強く要求し、プロレスはスポーツではなくエンターテイメントとして扱われるべきだと主張した。WWEはまた、レスラーへの雇用責任はなく、従業員ではなく、独立契約者であるとも説明している。これにより、WWEはレスラーに健康保険を掛ける必要がなくなった。

アメリカの医療保型制度改革「オバマケア」の一環である医療費負担適正化法(PPACA)が2010年3月に通過する前、プロスポーツ選手のようなハイリスクの職業は、保険加入が非常に困難だった。仮に加入できたとしても、保険料は非常に高額だった。プロレス専門のニュースメディア「PW Insider」によると、WWEは2011年までレスラーが医療保障を受けることを要求していなかったという。

2008年に3人のレスラーがWWEを訴えた。WWEはレスラーの副業を禁じるなど、雇用のあらゆる側面で「完全にコントロール」しているから、レスラーたちは必然的に従業員であり、それ相応の報酬があるべき、と主張した(この公訴は棄却された)。

「あらゆる状況を考慮しても、レスラーが従業員ではないといい切れるのか、全く意味がわかりません」と、労働者の補償問題に取り組んでいるカリフォルニア大学アーバイン校のロバート・ソロモン法学部教授は言う。レスラーを契約業者のように取り扱うことは、「労働者の弱みにつけこんで」いることになる、とソロモン教授は付け加えた。

WWEの広報担当者は、コメントを拒否した。トランプ氏の政権移行チームとマクマホン氏もコメントに応じなかった。

WWEは、レスラーの薬物中毒からのリハビリを支援し、リング内で起きたケガに対して治療費を支払っていると述べていた。WWEはまた、筋肉増強剤であるステロイド使用の対策が不十分だという批判に反論し、薬物検査を含むWWEのウェルネス・プログラムがあると主張している。

レスラーを独立契約者扱いするのは、これまで改善されることのなかった慣例だ。プロレスは非常に危険性が高いことから、特に物議を醸している。USAトゥデーの調査によると、1997年から2004年までの間に、少なくとも65人のレスラーが死亡した。この死亡件数のうちの17件では、ステロイド、鎮痛剤、その他の薬物の使用が死因だと鑑定されている(このレポートでは、このうち何人が死亡時にWWEと契約していたかについては指摘していなない)。

マクマホン氏とWWEは、レスラーの死亡責任を長く否定してきた。マクマホン氏は2007年の議会公聴会で、確かに死亡件数は多過ぎるが、「レスラーに起きたこと、レスラーが選んだどんなライフスタイルにも、そしてご存知のように、レスラーの死を引き起こしたものに対して、私たちは無関係なので、レスラーに対して責任を感じることはありません」と述べた。

トップレスラーだったクリス・ベノワはステロイドの副作用に悩まされ、2007年6月、家族を殺害した後自殺した。その後マクマホン夫妻は不法薬物使用に関する疑惑を調査する委員会で証言したが、リンダ・マクマホン氏は、1996年から2006年まで、WWE関係者がステロイドや不法薬物を使用していたことを今まで知らなかったと強調し、「(薬物使用の報告は)記憶にない」と述べた。

Open Image Modal

クリス・ベノワ(中央)

WWEはまた、過去にステロイド使用の防止対策が不十分だったと告訴されている。ビンス・マクマホン・ジュニア氏は、レスラーたちに筋肉増強剤アナボリックステロイドを投与した共犯罪で、1993年に連邦政府に告訴された。ハルク・ホーガン、本名テリー・・ジーン・ボレア氏は、ビンス氏の秘書に電話し、ビンス氏に自分の注文を伝えるように依頼し、給料と一緒にステロイドを受け取っていたと後に証言した。ビンス氏は最終的に無罪となった

Open Image Modal

2007年4月1日、ミシガン州デトロイトで開催されたWWEの大会「レッスルマニア」に出場したドナルド・トランプ氏が、ビンス・マクマホン氏の髪の毛をシェービングする

マクマホン夫妻は長年トランプ氏を支持しており、2007年から2009年の間に、トランプ財団に500万ドルを寄付している。また、トランプ氏のスーパーPAC(資金管理団体)に、700万ドルの政治献金をしている。

次期大統領の他の閣僚指名者よりは、物議を醸すことはないかもしれない。閣僚の中には、白人至上主義者的思想を扇動しているニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の会長を務めた、首席戦略官スティーブ・バノン氏もいる。しかしもしマクマホン氏が承認されれば、中小企業への多額の融資保証プログラムの運営、災害復旧での支援、医療保険規制のような問題を企業が扱う際の支援など、重要な責任を負う。マクマホン氏はかつて中小企業庁(SBA)を商務省に組み込むことを支持していたが、この機関は中小企業の経済活動を守るために機能する。WWEでの医療保険や独立契約者に対するマクマホン氏の考え方は、SBAの職務に影響する可能性がある。そして中小企業の経営者の中には、マクマホン氏に懸念を示している人もいる。

「私たちには、中小企業の経営者たちの苦悩を本当に理解し、組織を正しい方向に導き、迷路のように複雑な政策の舵取りができる、専門知識があるSBA長官が必要だ」と、中小企業連合の全国組織「メインストリート・アライアンス」のナショナル・ディレクター、アマンダ・バランタ氏は述べた。「リンダ・マクマホン氏はSBA長官として適性がなく、私たち中小企業のニーズや、中小企業経営者のニーズに対処する能力がないのではないかと懸念しています」

ハフィントンポストUS版より翻訳・加筆しました。

▼画像集が開きます

(スライドショーが見られない方はこちらへ)

Open Image Modal

Open Image Modal