後半は、労働環境に悩みながらもまじめに仕事に取り組む若者世代「ワーキングピュア」の実情をデータで探るとともに、その改善策について語った。
誰もが安心して暮らせる「セーフティネット」を
――ここからは、行政が実施した調査結果に基づき、正規社員と非正規社員の待遇格差について探っていきたいと思います。藤川さん、解説をお願いいたします。
藤川 総務省の「労働力調査」によると、正規労働者は年々減少傾向にある一方で、非正規労働者は増え続けています。雇用労働者における非正規雇用率が増加傾向にあることから、正社員の業務が非正規労働者に置き換えられているという現状があります。初職非正規につきましても年々増加傾向にあり、2000年に1割だったのに対し、2012年には約4割にも増加しています。
また、男女間の賃金にも開きがあり、男性の正社員と女性の非正規社員では、2014年時点で約16万円の賃金格差があることが厚労省の調査で明らかになっています。正社員と非正規労働者は、各種制度の適用状況においても大きく異なります。
たとえば、健康保険や厚生年金などの社会保険は、正社員はほぼ100%適用されているのに対し、非正規は約半数。また、非正規労働者を活用する理由のトップ2にあげられるのは、「賃金節約のため」「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため」となっており、このような考え方がある限り、賃金格差、処遇格差はなくならないのではと危機感を抱いてしまいます。
――非正規社員として働くこと自体を否定するのではなく、正社員と同じように働いているにもかかわらず、待遇格差があることに問題があるのだと思います。野角さん、その点について実体験を踏まえご意見いただけますでしょうか。
野角 非正規公務員は専門職の方に多いという事実をご存知ですか? たとえば保育士、図書館司書、看護士などです。理由としては、公務員の数を削減しようとする動きはあるものの、住民の行政へのニーズが減ることはない。
つまり、非正規で専門性の高い人材を補いながら、公共サービスを担っているということです。よく、「公務員はきっちり休みが取れるし高給取りだ」なんてことをおっしゃる方がいらっしゃいますが、現実はとても厳しいです。非正規職員は、入職1ヶ月であろうと、10数年であろうとお給料はみな同じです。いくらキャリアアップしても、待遇の向上は見込めないのです。時間外手当という概念も基本的には無いといっていいでしょう。
労働組合を立ち上げたのは、使い捨て駒のように人を使うことに憤りを感じたから。非正規職員で働く人のなかには、報酬が少ないために、違う図書館でアルバイトしたり、レジ打ちや塾講師などのダブルワーク、トリプルワークをしている方もいらっしゃいます。
こうした実態を改善しないことには、社会がおかしくなるのではないでしょうか。労働組合を立ち上げたことですべてが解決したわけではないけれど、管理職を巻き込みながらおかしいと思ったことは堂々と手をあげ発言することができるようになったのは大きな進歩だと思っています。
――荻上さんは評論家の視点から、データをどのように解釈しますか?
荻上 非正規雇用率は1998年を境に2割後半から3割へと上昇しています。98年はアジア通貨危機や山一證券の破綻など、金融市場における転換期でもありました。日本の安定成長からマイナス成長へとシフトしていったんです。企業側は安定した社員を雇用するよりは、景気に合わせて柔軟に雇用していくというスタイルに変わりました。
2000年前半から正社員が減っているのは、団塊世代の退職によるところが多いですね。代替として非正規社員でカバーする状況が続いています。企業側から非正規雇用の理由を見ると、確かに「賃金節約」や、「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため」というのは事実としてあると思います。
しかしその一方で即戦力の確保、高年齢者の再雇用、育児・介護休業の代替のためというのが理由にあげられます。そういった点では、非正規雇用のすべてが悪ではないわけです。企業と労働者は必ずしも対立関係にあるわけではないといえるけれど、労使交渉などでしっかり意見をぶつけあわなければいけない側面もありますのでバランスを考えながらデータを見ていく必要があると思います。
今後も非正規雇用は増加し続けるでしょう。だからこそ誰もが最低限度の生活を守るための「セーフティネット」を確立する社会運動を一層盛り上げていくことが大切といえます。
職場でも家庭でもない第三の場所を創る
――最後に、ワーキングピュア世代へのメッセージをお願いします。
藤川 頭で悩んでいるだけでは何も解決しません。思い立ったらまず行動に移すことです。私は大学を卒業してから非正規でしか働いたことがなく、また、何の資格も持っていなかったため、正社員雇用で転職することは難しいと思っていました。
しかし、連合が作っている「ワークネット」いう派遣会社にダメもとで登録にいったところ、たまたま連合が正社員を募集していたことで、人生が変わりました。行動することによって新たな人とつながりが生まれ、道が開けるということを身を以て体験しました。
野角 やりがいを求めて働きたいと思う人はたくさんいらっしゃいます。保育士や看護士をはじめ、人のために働きたい、あるいは子育てのサポートをしたいという純粋な思いで多くの方が日々業務に励んでいらっしゃいます。
ただ、やりがいだけで労働環境の改善を見込むことはやはり難しいでしょう。思うところがあるならば、勇気をもって発信していくべきです。一人で立ち向かっていくのは当然のことながら大変。だからまずは小さな声でもいい。発信することによって、力になってくれる仲間は必ずいると信じています。
荻上 変化球にはなるけれど、「第三の場所を創る」ということを考えて欲しいですね。第三とは、職場でも家庭でもない新たな場所という意味。人は仕事をすることで、自分が何かの役にたっているという実感を得ることができます。しかし、自分のことが好きかどうか、あるいは自分を肯定してあげる「自己肯定感」の源泉が自己効力感のみというのは危険です。将来、定年退職をして仕事を失ったときに、自分の存在価値を肯定してくれるものがなくなるからです。
第三の場所は、地域コミュニティへの参加でもいいですし、何かしら特定の分野のセミプロになるのも良いですね。SNSの世界では、セミプロ同士が集まってメディアで報じられていることが正しいのかなどの検証が積極的に行なわれています。第三の場所にコミットするために、第二の場所「労働」で得た対価を使っていくんだという働き方や感覚が、実は重要だと思っています。
――ありがとうございました。とても意義あるトークカフェだったと思います。2016年も第2弾を開催します。ぜひまた「働くこと」を一緒に考えていきましょう。
ライター 両角晴香
パネリスト プロフィール
荻上チキ
1981年生まれ。政治経済から社会問題まで幅広く取材・論評する。ウェブサイト「シノドス」編集長を務めており、TBSラジオ「Session-22」に出演。著書に『ウェブ炎上』『検証 東日本大震災の流言・デマ』など。
野角裕美子
大学卒業後、一部上場企業に就職。15年の専業主婦生活を経て、2001年4月から東京都町田市立図書館嘱託員として町田市立中央図書館に勤務。2007年11月、自治労町田市図書館嘱託員労働組合結成、執行委員長となる。現在は全日本自治団体労働組合(自治労)中央執行委員。
藤川由佳
大学在学中の4年間書店で働き、同書店に契約社員として入社。2013年12月に退職し、現在は日本労働組合総連合会(連合)非正規労働センターに所属。