除染作業員の健康問題 2014-2015年南相馬市立総合病院における入院患者の調査

私は福島県南相馬市で初期研修医2年目をしている。以前から南相馬市の除染作業員の健康問題に興味を持っている。

私は福島県南相馬市で初期研修医2年目をしている。以前から南相馬市の除染作業員の健康問題に興味を持っている。(1)

2011年3月の福島第一原発事故により、福島県は広範囲で放射能汚染を受けた。南相馬市でも広い範囲で土壌や家屋が汚染され、原発から20km圏外では南相馬市が、小高区を中心とした20km圏内では環境省が主体となり除染作業が行われている。私が赴任した2014年4月から比べても黒いビニールに包まれた放射性廃棄物は増え続けており、作業に従事する作業員の多さを物語っている。

多くの除染作業員は福島県の相双地区(相馬地方・双葉地方を合わせた呼称)外や福島県外からやってくる季節労働者(いわゆる出稼ぎ労働者)だ。その数は南相馬市だけで7000人以上、福島県内では3万人以上にものぼる。これだけ多くの作業員が従事していると、どうしても健康問題が生じる。

一般的に除染作業員は除染電離則という法律により半年に1回の電離健康診断と、1年に1回の一般健康診断を受けることが義務づけられている。しかし、健診で異常が指摘されても就業を続け、致死的な疾患を発症したケースも私たちは経験している。

例えば県外出身の50代後半の男性で脳梗塞を発症した患者は、数年前から高血圧・糖尿病を指摘され、就業時の健康診断でも指摘されていたようだが、通院せずに放置していた。入院患者の中には、糖尿病の指標であるHbA1cが13%(正常値6.5%未満)を超えたり、収縮期血圧が普段から180 mmHg以上(正常値140mmHg以下)もあるのに、治療を受けていない人がいた。

このような例に限らず、南相馬市のある事業主によれば、元々は基礎疾患がある場合には就業させなかったが、人員不足のため定期受診を約束の上、就業を許可せざるを得ない事業所もあるようだ。

入院された作業員の話を聞くと、「通院するのが面倒臭い」「そもそも高血圧を治療する意味はあるのか」「新しい地で病院が見つからない」などといった理由によりその約束を履行しない(できない)作業員もいる。

そのような状況の中、除染作業員の健康状態に関してはこれまで情報が極端に少ない。そこで私たちは、2014年9月から2015年8月に南相馬市立総合病院に入院した除染作業員を診療録から検索した。1年間で対象者は79人だった。調査結果は、以下のようなものだった。

入院患者79人(うち女性1名)のうち県外出身者は71人、平均年齢は50歳だった。入院の原因は冠動脈疾患や脳血管障害が19人、交通事故や骨折などの外傷が15人、脳疾患が25人、循環器疾患が16人、感染症が9人だった。また基礎疾患として、高血圧が43人でうち33人(77%)が未治療、脂質異常症が32人でうち26人(81%)が未治療、糖尿病が15人でうち9人(60%)が未治療だった。国民健康保険の未加入者は7人(9%)だった。加えて、アルコールの多飲者(1日エタノール換算で50g以上)は24人(30%)、現在喫煙者は62人(78%)だった。

まず目につくのは基礎疾患を抱えているにもかかわらず未治療の方が多かったこと。また約1割の方が国民健康保険未加入だったことだろう。一般の医療保険未加入率が1%以下であること(2)を考えると、驚異的な高さである。

もう一つの特徴としては、脳疾患による入院が多かったことだ。当院の脳神経外科では脳卒中やけいれん発作などを発症する除染作業員の入院が後を絶たない。

入院に際して、家族と連絡を取っても、家族と疎遠になっていることが少なからずあり、家族の介護を受けられないままにされてしまうということもある。例えば関西からきた50代の脳疾患を患った男性は関西までの移動費が50万円程度と高額のため払えず、家族が来ることも難しいということで、本当に亡くなる間際まで当院で過ごされ最後の最後になって結局地元へ移動した。

このような原因の根本には、除染作業員が健康に関するサポートを受けづらい立場にあることが関係しているのではないかと推測している。昨年行った研究(3)では、離れた地から不慣れな地へ赴任し、家族と離れた単身生活をしている方が多いことがわかっている。重症になるまで受診をためらう行動からもわかるように、新しい土地では医療機関への足は遠のく。

除染作業員には特別な資格が必要ない。所得が低く、なんとか仕事にありついた方もいる。「お金が欲しいから短期で仕事に来たのに病気になったら仕事も辞めなきゃいけないからこれからどうしよう」と言っていた作業員もいた。ある事業主は、遠方よりきた作業員の中には戻る金もなく、戻る場所もないため、年末年始をたった3畳ほどの作業員宿舎で過ごす方も少なくないと話していた。

このような問題は、医療者だけではなかなか解決出来ないように思う。しかしながら私としては、少なくとも来院された作業員の方には健康に意識を向けてもらうきっかけ作りはしていきたいと思っている。

先日も感染症で入院された作業員の血圧が高かったが、その後の継続的な外来通院につなぐことができた。関係ないことでも意識してコミュニケーションを取り続ければ、健康面の話にもつながり、「血圧のことは健康診断でも言われていたが、下げないとどうなるか知らなかった。」と話に耳を傾けてくれるようになった。

住民の中には遠方から来る除染作業員を「飲食店での喧嘩が増えた」「犯罪が増えた」などと快く思っていない方もいると聞く。しかし、一生懸命除染作業に従事している方も沢山いる。事業所も作業員宿舎に食堂を設置する、冬の感染症が流行る時期にはアルコール消毒を奨励する、などの対策をされている。

誰かが悪いと言っても始まらないが、まずは少しでも多くの人が現状を知ってもらう必要がある。私たちも事業所と協力し、除染作業員の方や事業所の方と作業員の方の健康を守るための勉強会を作ろうとしている。今後要請があれば、作業員の方に対する健康広報活動なども行いたいと思っている。医療従事者として責任感を持って現場から行動をしていきたい。

参考文献

1. MRIC Vol.232 除染作業員の健康問題 http://medg.jp/mt/?p=2742

2. 平成25 年公的年金加入状況等調査

3. 日本経済新聞2015年5月16日 除染作業員の7割に基礎疾患 南相馬の病院、医師が調査 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG15HA1_W5A510C1CR0000/

(2016年2月19日 「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)