サイボウズ式:従業員の同意がない転勤を禁止してほしいです──サイボウズ青野慶久、連合の会長に働き方について意見してみた

「我慢の限界を超えると、積極的に新しい仕事に挑戦するのではなく、最終的には辞めてしまうことになりかねません」
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サイボウズ式

私たちは何のために日々働くのでしょうか。その理由はさまざまでも、「不幸せになるために働いている」という人はいないでしょう。

でも現実には、ライフステージにあわせた働き方ができなかったり、組織の中で息苦しさを感じてしまったり。理想はなかなか遠いように感じます。

「会社が何のためにあるのかを、私たち一人ひとりがもう一度ゼロから考えなければいけません」

そう話すのは、連合(日本労働組合総連合会)会長の神津里季生さん。「働く人の幸せ」を追求する労働組合の中心的存在です。カイシャのために働くことは正しいのか? サイボウズ代表取締役社長の青野慶久と話します。

「一生懸命打ち込んで働く」こと自体が目的化。それじゃあ幸せになれるはずがない

神津:サイボウズさんは新しい制度をどんどん打ち出し、人が安心して働き続けられる風土や環境を目指していると感じます。

一方で、なかなかそうはいかない会社も多いのが現状です。そういった会社で働くことに幸せを見いだせず、苦しんでいる人も多い。

青野:ええ。

神津:日本人の働き方は世界的に見ても特殊です。「一生懸命打ち込んで働く」こと自体が目的化してしまいがちです。何のために一生懸命になっているのか分からず、とにかく言われたことをやり続ける。

青野:そんな状態では、「働く=幸せ」になるはずがありませんよね。

神津:はい。内閣府の調査で、働く人に「会社に不満があったら転職するか」と問いかけたものがあります。20代だと、「転職する」と答えた人は15%にも満たないんです。

青野:つまり日本人の20代の多くは、会社に不満があっても我慢をすると。

神津:はい。この「我慢しちゃう」という部分が、相当悪さをしていると思うんですよ。

社会に出て働くと、「こんなはずじゃなかった」と思うこともあります。そんな時に「せっかく正社員になれたんだから辞めるのはもったいない。今は非正規で働く人も多いから辞めるのは不安だ」と我慢してしまう。

我慢の限界を超えると、積極的に新しい仕事に挑戦するのではなく、最終的には辞めてしまうことになりかねません

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神津 里季生(こうづ・りきお)さん。日本労働組合総連合会(連合)会長。1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)特別本部員在任中の1990年4月より3年間、在タイ日本国大使館派遣。1998年、新日本製鐵労働組合連合会(新日鐵労連)書記長に就任。2002年、同会長。2006年、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)事務局長、2010年、同中央執行委員長、2013年、日本労働組合総連合会(連合)事務局長などを経て2015年、連合会長に就任。著書に『神津式労働問題のレッスン』(毎日新聞出版)。
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青野:確かにそうかもしれません。そうだ、サイボウズでは今、会社を辞めるときの背中を押す制度を運用していますよ。

神津:辞めるときの背中を押す?

青野:はい。辞めてからも6年間はいつでもサイボウズに戻れる「育自分休暇制度」を作りました。

友だちのベンチャーを手伝いたいとか、もっとおもしろそうな会社に行ってみたいと考えたときに、「やってみてダメなら戻ってきていいよ」という制度があれば心強いですよね。

これを活用して外の世界に飛び出していく社員は、社外の知識を獲得したり人脈を広げたりして戻ってきてくれるので、会社にとってもプラスになるんですよ。

神津:そうしたセーフティネットがあれば、ポジティブな意味で人材を流動化させることができますね。

従業員よりも経営者の力が強くなりがちな「メンバーシップ型雇用」のままでいいの?

青野:神津さんに、お聞きしたかったことがあるんです。

神津:なんでしょう?

青野:日本の多くの企業では、従業員よりも経営者の力が強いですよね。

その理由の1つは、そもそも従業員の権限が弱いことです。例えば、上司が部下の仕事内容や勤務地を決められる──いわゆる「メンバーシップ型雇用」の問題点です。

メンバーシップ型雇用:仕事内容や勤務地などの条件を限定せずに結ばれる雇用契約。部署異動や転勤の可能性もある。日本企業では終身雇用を前提として、入社後の育成を通じて配置を決定することが多い。「総合職」とも表現される。

神津:そうですね。

青野:欧米の「ジョブ型雇用」であれば、これはあり得ないんですよね。

上司はそんな権限を持っていないですし、もし東京に住んでいるのに「来月から勤務地は大阪ね」なんて言われたら、「その代わりに給料を上げろ」と堂々と言い返せるわけです。

ジョブ型雇用:仕事内容や勤務地などの条件を明確に定めて結ばれる雇用契約。こうした条件や、働く人のスキル・専門性をもとにした「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)を労使間で交わすことが多い。

青野:こうした根本的な権限委譲が進まないと、労働者は経営者に立ち向かえないと思いませんか?

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青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など。
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神津:よくわかります。メンバーシップ型とジョブ型にはそれぞれ一長一短がありますが、高度成長期に育まれた伝統的な日本企業のスタイルを引きずっている部分はありますね。

青野:まさに。

神津:日本は全体的に「経営者に物を言う」風土が弱いと思います。

従業員の代表がきちっと経営に対して声を上げられているか、本当に機能できているかをしっかり見ていく必要があります。

青野:そうですね。

神津:青野さんのように、経営者が従業員のことをさまざまな側面から考えていればいいのですが、現実はそうではありません。残念ながら、ブラック企業も存在します。

今、全国の労働組合の組織率は17.1%まで下がってしまっているんですよね。

青野:そんなに低いんですか。

神津:はい。これは大きな問題だと感じています。今は立派な経営者が良い制度や風土を作っていたとしても、後継者が同じであるとは限らないじゃないですか?

青野:たしかに(笑)。

神津:だから本来は、良い気風や制度をちゃんと受け継ぐように、労働組合が活動しなければいけないんです。

本人の同意もなく、勝手に「転勤しろ」と命じるのはおかしくないですか?

青野:前職のときに、労働組合に毎月お金を払っていました。でも「この人たちは従業員のためにどこまで本気で働いているんだろうか」と疑問だったんですよ。

神津:疑問ですか。

青野:ええ。「ベースアップのために闘う」のが組合であり、戦後日本の伝統のようになっていますよね。

それはもちろん重要なんだけど、今闘わなければいけないことがたくさんあるなと思います。労働組合の組織率を高めて、もっともっと声を上げてほしいんですよ。

神津:はい。

青野:例えば、転勤制度の改革はすぐに進めたほうがいいと思います。もっというと、従業員の同意がない転勤を禁止してほしいです。

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青野:本人の同意もなしに勝手に「転勤しろ」と命じるなんて、おかしいですよね。それを2週間前に急に告げるような組織もあるわけで。

夫が転勤になったら、妻は仕事を辞めなければいけなくなる場合もある。これは人権侵害もいいところですよ。

神津:おっしゃるところは、とてもよくわかります。

空き時間で違う仕事をするのは何も悪くない。なのに副業を禁止するってどうなの?

青野:あとは副業ですね。現状でも多くの企業では、従業員が副業することを就業規則によって禁じられています。

労働法規上は、空き時間で違う仕事をするのは何も悪くないはずなのに。「副業禁止することを禁止すべき」です。

神津:ただそうなると、1人の人が働く時間は拡大していきますよね。

私は副業そのものを否定するわけではないのですが、本業と副業をひっくるめた労働時間の問題もセットで考えていく必要があると思っています。

青野:労働時間の問題ですか。

神津:はい。ちなみに私たちは、「働き方改革関連法案」でデータ問題などがあって削除された裁量労働制の拡大にも反対しています。

裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ労使で定めた時間分を働いたとみなす制度ですが、「対象にできる人」を拡大することで本業の労働時間が大幅に増えてしまうかもしれません。

青野:ええ。

神津:また、現状の労働基準法において「管理監督者」は労働時間や休日、休憩時間などの規定が適用されません。

しかし実際の現場では、法律上の「管理監督者」じゃないのに、いわゆる「名ばかり店長」のような形でその立場に置かれているというケースも往々にしてあります。

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神津:こうした状況を置き去りにしたまま議論をしても仕方がないじゃないかと。自ら選択したはずの副業で不幸せになってしまっては本末転倒ですから。

青野:なるほど。

神津:時間管理などがきちんとできる仕組みになれば、副業による収入増や、スキルアップのために副業を希望する人も増えてくる可能性があるかもしれません。

青野:日本の労働者には、取り戻していかなければいけない権利がまだたくさんありますね。

我慢して、マジメに働くだけで勝てた時代は終わりました

神津:青野さんは、ご自身でも育休を取って話題になりましたよね。「私みたいに、どんどん制度を使ってくれよ」と社員に見せる意図もあるのですか?

青野:単に「妻に言われたから」というところもあるんですけどね(笑)。

神津:なるほど。

青野:もちろん社員には、どんどん制度を活用してほしいし、何か不便なところがあれば意見してほしいと思っています。

なぜかというと、日本人はルールを守るのが大好きで、「決められたことをやるのがいいことだ」と思っているようなフシがあると思うんです。

神津:ああ、たしかに。

青野:それこそ学校や家庭では「我慢できる子はいい子だ」なんて教えて育てようとしますが、これが多くの企業組織の停滞を生んでいるんじゃないかと。

今は多様性の時代で、それぞれが主張しなければいけない。我慢で勝てた時代も、マジメに働くだけで勝てる時代も、終わっているんです。

神津:サービス業もそうかもしれませんね。例えば「おもてなし」という言葉は、サービスをタダで与えようとしている側面があると思うんです。

本当に必要なサービスなら、むしろその分を適正に反映させて価格を上げなきゃいけないのに、我慢しちゃっている。

青野:スポーツもそうですよね。「我慢して何時間練習した」とか。それで体を壊して選手生命が終わっていたら意味がないと。

神津:海外と比べて、「練習」の意味合いがかなり違うような気がします。

アメリカの場合は、体に対するメンテナンスもきっちりするんですよ。メジャーリーグでは、超一流の選手でも休むときは休む。「連続出場が素晴らしい」という日本の文化とは真反対です。

青野:シリコンバレーの会社を見に行く機会があって、金曜日に訪問したんです。すると、社員が社内に家族を招き入れて、バーベキューやバスケットボールをして楽しんでいる。

「僕たちはこういった人たちに負けているのか」と感じてしまいますよね(笑)。歯を食いしばって勝とうと思っている時点で、何かがおかしいというか。

神津:たしかに。

青野:いつまでも歯をくいしばって同じことをやっていても勝てるわけがないんです。

もっと僕たちが潜在的に持っている個性やアイデアを生かして、価値として認めてもらうようなビジネスに変えていかないと。それを痛感しますね。

どんなに業績が良くても、社員が不幸せな会社は存在する必要がない

青野:最近、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているかもしれない。』という本を出したんです。

「日本人は会社が大好きで、会社のために働こうとするけど、一度頭を冷やしたほうがいい」という趣旨のことを書いています。

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青野:本当は「カイシャ」というものは存在しないのに、カイシャのために一生懸命働く。それは、経営者のために一生懸命働いていることにほかなりません。

今は人手不足で転職しやすく、働きやすい会社もいっぱい出てきています。それなのに、歯を食いしばって今の環境にしがみつくことは、結果的に悪徳経営者を増やし続けることにもなる。そんなことを訴えています。

神津:会社は本来、世の中に受け入れられる価値ある製品やサービスを送り出す仕組みを作り、そこで働いている人がいきいきと過ごすためにあるのだと思います。

経営側は「事業をどう発展させるか」を先に考えてしまいがちですが、そこばかりに目を向けても実現しないんですよね。

青野:そうだと思います。

神津:大前提として、働いている人がいきいきと目的に向かって良い働き方を実践し、より良い生活を送れるようにすることが必要です。

青野:まさに「生産性とは何なのか」という議論ですよね。

企業の生産性が下がっている大きな要因は、幸福度を置き去りにしたから

青野:企業の生産性が下がっている大きな要因は、幸福度を置き去りにしたからだと考えています。

以前からサイボウズの変化を見てきた人は、「いずれこの会社は失敗するんじゃないか」と感じていたと思うんですよ。聞いたこともないような制度ができて、どんどんゆるくなっているように見えるから。

神津:そう見る向きもたしかにあったでしょうね。

青野:でも、実際はそうじゃないんです。一人ひとりの個性を重視し、幸福に働けるようにすることでおもしろい会社になりました。

働く人が多様になれば、いろいろと制限を抱える人も出てきます。午前中しか働けない人もいる。そんな状況をチームで乗り越えたことで、情報共有や事業の全体最適化も進んでいきました。

神津:なるほど。一人ひとりの幸福度を重視した結果、失敗するどころか、逆に会社の成長につながっていったんですね。

青野:はい。そんな経験を踏まえて経営者には、「生産性の向上を考える前に幸福度の向上を考えるべき」と言いたいですね。

神津:生産性という言葉が誤解されている部分があると思います。何かにつけて「効率化を図る」とか「コスト削減する」とか。

そうではないと思うんです。生み出した価値に見合うリターンをしっかり得ていかなければ、本当の意味での生産性なんて上がるはずがありませんからね。

青野:そこにつなげるためにも、日本人はもっとわがままになって、我慢せずに生きるようにしないといけませんね。

神津:共感します。その上で労働組合も活動していかなければいけません。

「連合の社外役員になってほしいです」「すごくうるさい役員になりますよ(笑)」

青野:私も社長になって十数年経ちますが、最初はなかなかうまくいきませんでした。そんな中で「カイシャって何のためにあるんだろう?」と考えるようになったんです。

先ほど神津さんがおっしゃっていたように、「人間が幸せに生きるため」に生み出した仕組みがカイシャですよね。

人間を幸せにするために生み出したはずなのに、カイシャのせいで辛い思いをし、カイシャがあるせいで命を落としてしまう人もいる。

神津:これではまったくもって本末転倒ですよね。

青野:はい。経営者は儲かるとか儲からないとかよりもずっと前の段階で、「カイシャという仕組みによって人を幸せにする」ということを考えるべきです。

株価を上げることが経営者の仕事だと思いがちですが、働いている人たちが「幸せだよね」と思えるようにすることがいちばん大切。

どんなに業績が良くても社員が不幸せだとしたら、そんな会社は存在する必要がないんですよ。

逆に、「大して儲かっていないけどみんなが楽しい」という会社を増やした方が、社会はハッピーになると思っています。

神津:今日の話を聞いて、率直に素晴らしいと思いました。

高度成長期にできたいろいろな概念が、今もなお「唯一最大の価値」だととらえられています。その中で私たち一人ひとりが、会社が何のためにあるのかを、もう一度ゼロから考えなければいけないのでしょう。

青野:そうですね。

神津:青野さんには連合の社外取締役ならぬ組織外役員になってほしいくらいです(笑)。

青野:私ですか。すごくうるさい役員になると思いますよ(笑)。

神津:一方ではサイボウズで労働組合を作り、カイシャという仕組みで人を幸せにすることを追求していけば、とても大きな発信になりますよ。

青野:そうかもしれませんね。

経営者がこんなことを言うのは変かもしれませんが、もしサイボウズに労働組合ができたら、私も組合員になりたいくらいです(笑)。それも「いちばんうるさい組合員」に。

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構成・執筆:多田 慎介/撮影:秋葉 康至

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」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。本記事は、2018年5月9日のサイボウズ式掲載記事
より転載しました。