ゼレンスキー大統領とは何者か。コメディー俳優から祖国を守る指導者になるまで

元コメディー俳優という型破りな経歴を持つゼレンスキー大統領。いかにしてテレビドラマの「大統領役」から本物の大統領、そして戦時下のリーダーとなったのか。
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ウクライナのゼレンスキー大統領(2022年2月22日)
Ukrainian Presidential Press Service/Handout via REUTERS

長年にわたり、西側諸国のリーダーたちは、ロシアのプーチン大統領に立ち向かうことを避けてきた。そんな中、1人の男がその役を受けて立った。

敵からは「ただの面白い男」と揶揄されてきた元コメディー俳優が、ウクライナの抵抗の象徴となったのだ。

ウクライナ人ジャーナリスト、オルガ・ルデンコ氏が2月末にNew York Timesに寄稿したエッセイには「大統領に転身した元コメディアンには手に負えない」という見出しがつけられた。

しかし、ロシアの残酷な侵略が加速する中、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、リーダーシップの象徴として称賛されている。

 

「私たちはウクライナを守る」

彼は、外交やソーシャルメディア、反抗的なスピーチや明快な口調で、プーチン大統領の軍事力に対抗するため、国民と西側諸国を結集させた。

掩蔽壕で軍服に身を包んでいようと、スーツとブーツ姿で世界に向けて演説していようと、ゼレンスキー大統領はロシアの巨人に立ち向かうウクライナの小さな戦士となった。

国外に逃亡したという噂が流れる中、ゼレンスキー氏は2月25日、国民と共にいることを証明する動画を公開した。

「私たちはここにいる。私たちはウクライナを守る」。首都キエフの路上で最高顧問らと共に撮影された映像でゼレンスキー氏はこう述べた。

イギリスの外交委員会のトム・トゥーゲンハット委員長は、ゼレンスキー氏は戦時中のイギリス首相以来の「勇気と決意」を示したと述べた。

また、ボリス・ジョンソン首相はゼレンスキー氏との電話の後、側近に向かい「彼はなんて勇敢なんだ」と話したという。

ゼレンスキー氏が大統領から戦時下リーダーとみなされたのは、アメリカからの退避勧告を拒否し、「必要なのは(退避のための)乗り物ではない、銃弾だ」と言ってからだ。

イギリスのThe Times紙は2月28日、400人以上の傭兵が、モスクワが支配権を握るための地ならしのため、ゼレンスキー氏と彼の政府を暗殺する命令を受けてキエフで活動していると報じた。

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キエフで声明を発表するゼレンスキー大統領(2022年2月26日)
Ukrainian Presidential Press Service/Handout via REUTERS

死と向き合い、国民を奮い立たせ、秘密の地下壕で世界のリーダーたちに電話をかけることは、ゼレンスキー氏のかつてのエンターテイナーとしての生活とはかけ離れたものだ。

しかし、彼のこれまでの経験が天職への道を切り開く手助けをしたと見る人もいる。

ドラマの「大統領役」から本物の大統領へ

ゼレンスキー氏は、テレビドラマ『国民のしもべ』の高校教師役で最もよく知られていた。ドラマでは、ゼレンスキー氏演じる高校教師が政治汚職に対して怒鳴り散らす動画が話題になり、大統領に選出され、思いがけず政界のスターとなる。

そして2019年、そのフィクションが現実となった。ゼレンスキー氏は自分の出演したテレビドラマにちなんで命名した政党を結成し、選挙で勝利を収めた。

イギリスのシンクタンクのウクライナフォーラム責任者であるOrysia Lutsevych氏は、ゼレンスキー氏がこれほど反抗的な戦時下のリーダーになるとは殆ど誰も予想していなかったと指摘する。

彼女はBBCのラジオ番組で、「全く予想外です。ゼレンスキー大統領は、降伏拒否、反抗、勇気、勇敢さの象徴になりつつあります」と語った。「彼はエンターテイナーから大統領になり、今や戦時下のリーダーになったのです」。

約3年前に大統領に選ばれた時、ゼレンスキー氏には政治の経験がなかった。しかし今や、多くの西側諸国が残忍なものになるだろうと恐れている紛争の中で、祖国を率いている。

転機となったのは、アメリカからの退避勧告を拒否した時だとLutsevych氏は話す。「市民社会や野党からの彼への批判は多かったのです。でも今や、みんなが国旗や建物の周りに集結し、最新世論調査では90%がゼレンスキー大統領と彼の戦時下でのリーダーシップを支持しています」

ロシア語を話すウクライナ南東部出身のゼレンスキー氏は、演説の中でロシアの人々に直接語りかけることができる。

そして、彼の運命がどうであれ、2月24日、侵攻前夜にゼレンスキー氏がロシア国民に向けて行った瀬戸際での感情的な懇願は、歴史に残るだろう。

「ロシア国家は私の演説をロシアのテレビで放映しないだろう。でも、ロシア国民は見る必要がある」と彼は語った。

彼は、ロシア人は「真実を知る」必要があり、「手遅れになる前に」いますぐ止めるべきだと述べた。

同じ日、彼はEUの首脳たちに「これが生きている私の姿を見る最後かもしれない」と話した。

 

急速に高まっているゼレンスキー大統領への支持

しかし、世界は耳を傾けている。

イギリス、アメリカ、EU、カナダは、ロシアの一部の銀行を世界的な決済システムSWIFTから排除することに合意した。

そしてドイツは、紛争地域への武器提供を阻止する「歴史的責任」があると言っていたが、ウクライナに対戦車兵器とミサイルを提供することを発表した。

Lutsevych氏は、ゼレンスキー氏が俳優だったことを忘れてはならない、と言う。「彼は大統領を演じた経験があり、いろんな脚本に適応する方法を知っています。そして、2月24日以降にウクライナで起こっていることは、明らかに全く異なる現実です」

彼女のコメントは、2019年の大統領選挙における、ゼレンスキー氏の立候補に対して一部のウクライナ人が抱いていた懐疑的な見方を浮き彫りにしている。

多くの人が、この国で最も有名なコメディー俳優の1人が大統領選に出馬したいだなんて、冗談だと思っていた。

ニュースサイト「Novoye Vremya」の編集長、Yulia McGuffieは、ゼレンスキー氏が当選した時、彼に政権を率いる能力があるとは思えず、憤慨したとBBCに話した。

しかし、ウクライナ人はこの1週間で、急速に大統領に好意を持ち始めているという。「ロシアが戦争を始めた後、全てのウクライナ人がゼレンスキー大統領と結束を固め、支持し、尊敬するようになったのです。彼は自身を手本に、団結と鼓舞を促す役割を担っています。政府はプーチン大統領の軍隊を撃退していて、多くの人が心から彼を称賛し尊敬しています」。

ゼレンスキー大統領がかつて映画『パディントン』のウクライナ語版で主人公のくまパディントンの声を演じたことに敬意を表し、インターネットでミームまで誕生した。小柄だが勇敢なくまは、ロシア軍に殺害命令が出ているとの報道があるにも関わらずウクライナから去ろうとしない大統領にピッタリな比喩だったのだ。

また、ダンス・リアリティー番組に出演した際のゼレンスキー大統領のパフォーマンスも話題になった。

 

【生い立ち】

ゼレンスキー大統領は1978年1月、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国のロシア語圏の大都市、クリヴィー・リフで生まれた。ソビエト連邦が崩壊し、ウクライナが独立したのは彼が12歳の時だった。

父親は同国の経済学研究所のコンピューターサイエンスの教授、母親は元エンジニア。ユダヤ系の家系であり、祖父はソ連軍でナチスと戦い、親戚の多くがホロコーストで殺されたという。

彼の当選により、ウクライナはイスラエル以外で唯一、大統領と首相が共にユダヤ人である国となった。

昔、イギリスのロックが好きで、ギターを弾いていたという。その後、法学部を卒業している。

17歳の時、地元のコメディ劇団に入り、ロシアのテレビ番組で寸劇や即興を披露した。

その後、友人たちと劇団を結成し、テレビ番組制作会社「Kvartal 95」を設立。ライブショーやテレビのバラエティ番組、映画で成功を収めた。

2003年には妻Olenaと結婚し、17歳の娘と9歳の息子がいる。

2019年、大統領選で73%という驚異的な得票率で勝利した。

【大統領就任、その後】

2019年5月20日、大統領に就任。

しかし、汚職への取り組みの失敗やプーチンから甘く見られているのではないかという懸念から、彼の求心力は廃れていった。

『国民のしもべ』を放映したテレビ局「1+1」の株式の70%を保有する億万長者イーホル・コロモイスキー氏とのつながりも精査された。

大統領就任からわずか2カ月で、ドナルド・トランプ前米大統領を弾劾裁判にかけるようなスキャンダルに巻き込まれ、汚職の疑惑に直面した。

これとは別に、パンドラ文書では、彼と彼の親しいアドバイザー2人がイギリス領バージン諸島、キプロス、ベリーズにまたがるオフショア企業のネットワークを持っていることが明らかになった。

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汚職撲滅に失敗したと批判されながらも、プーチンの軍事侵攻が差し迫る状況下でゼレンスキー氏の過去は大目にみられている。

ゼレンスキー大統領の元財務・防衛大臣のOleksandr Danyliuk氏はSky Newsに、「彼に対する批判はたくさんあったが、今はもう意味がないため、どんどん少なくなっている」と語った。「我々は団結し、国を守る必要がある。多くの人が政治的メッセージに耳を貸さなくなり、自分の住む場所を守ることを考えていると思う」

ゼレンスキー大統領をどう見るかは別として、彼が困難に立ち向かう威厳の象徴となったことは間違いない。

ハフポストUK版の記事を翻訳・編集しました。