2015年度のノーベル医学生理学賞を受賞した北里大特別栄誉教授の大村智さん(80)は、熱帯で寄生虫が引き起こす「河川盲目症」や「リンパ管フィラリア症」の特効薬となる抗生物質「エバーメクチン」の開発が評価された。定時制高校の教師から研究者に転身した、異色の経歴の持ち主でもある。
大村さんは山梨県出身。山梨大学を卒業し、東京都立墨田工業高校定時制の教師として5年間勤めた。
(山梨)県内の教師募集がなく、3カ所受けた中で一番難しい東京だけ受かった。今思うと暗記ではなく考えさせる問題だったおかげ。1年目はほわんと過ごした。貧しい中、生徒が一生懸命勉強しているのをみて、俺もやらねばと思った。
教師としての力不足が自分で分かり、当時の東京教育大の聴講生になり、東京理科大の大学院に進み、研究者の道を歩んだ。教師と研究の両立のため、効率的に仕事することが身についた。(朝日新聞2014年4月9日付朝刊・山梨版より)
29歳で北里研究所に入り、36歳でアメリカに留学したが、帰国前に「戻っても研究費はない」と言われたため、アメリカで製薬会社を回って共同研究を打診した。帰国前、アメリカの製薬会社メルクから、1年で2500万円の破格の研究費提供を受け、動物薬の研究に打ち込んだ。
北里研究所に復帰後は、研究員とポリ袋やスプーンを持ち歩いて、各地の土を集め、培養して有望な菌を探し出す、地道な作業を続けた。1974年、静岡県伊東市の川奈ゴルフ場の近くの土から採取したカビに似た放線菌が、試験管の中でこれまでにない色や性質を示していた。
米国留学から戻り、米製薬大手メルクと3年契約で共同研究を始めて1年が過ぎたが、まだ成果は出ていなかった。有望な菌の一つとして、メルクに送った。
しばらくして返事が来た。忘れもしない。「菌がつくる物質は寄生虫を退治する効果が高い」。マウスに飲ませると、感染していた寄生虫が激減したというのだ。
当時、家畜の薬は人の薬を転用することが多く、効果はあまり期待できなかった。家畜の栄養を奪う寄生虫を退治できれば、食肉や羊毛の増産につながる。
化学物質の分子構造を決定し、「エバーメクチン」と名付けた。とくに牛や馬、羊などの腸管に寄生する線虫類に効いた。線虫の神経に働き、まひを起こして死滅させることがわかった。(朝日新聞2013年6月24日付朝刊より)
より効果を高めた「イベルメクチン」は1981年にメルクから発売された。もともとは家畜用の抗寄生虫薬として売り出されたが、アフリカや中南米でブヨに嚙まれて失明する「河川盲目症」にも効果があるとわかった。メルクは人間用の「メクチザン」として1987年に無償提供を始め、1995年には世界保健機関(WHO)の制圧プログラムが始まった。年間4万人を失明から救っているという。
その後、北里研究所長を経て、北里大特別栄誉教授。文化功労者(2012年)に選ばれたほか、医学の世界的な功労者に贈られるガードナー賞(2014年)、朝日賞(2014年度)など数々の賞を受賞している。
2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学 iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、NHKニュースのインタビューで、大村さんの研究が世界に与えたインパクト、意義について、以下のように述べた。
「人類の歴史、医学の中で感染症との戦いはものすごく大切なものです。今年もエボラ出血熱などの感染症の流行がありましたが、その中で大村先生は、一つの病気ではなくて、いろんな感染症、寄生虫に対する薬を何十と次々に作られました。本当に凄いお仕事だなあ、と思いました。
私たちがやっているような、細胞のわからないことをこれから明らかにして治療法をつくろうという研究とは全然レベルが違いまして、いろんな感染症で苦しんでおられる方の命を億単位で救われたものすごい業績ですので、私たちも大村先生を見習って、これから、同じように何億人とはなかなかいかないでしょうが、それでもたくさんの方のお役に立ちたいと、そういう思いを改めて強くしました」
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