トランプの「本物感」とは何か?

日本でトランプ関連のニュースを見ていると、「なぜ、あんな人が支持されているんだろう?」と不思議になりませんか?
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Entrepreneur Donald Trump, host of the NBC television reality series
Fred Prouser / Reuters

「音楽は好き?」と聞かれて「ええ、No music, No life」と答えるのがヒラリーだとしたら、「音楽なんてクソくらえ!」と言うのが共和党のドナルド・トランプ。

トランプは「不動産王」の名を持つ実業家であり、超富裕層。45億ドル(約5000億円!)もの資産を持ち、世界長者番付の上位に入っています。今まで何度も「立候補する」と言っては取りやめ、満を持して2016年の大統領選に出馬しました。

日本でトランプ関連のニュースを見ていると、「なぜ、あんな人が支持されているんだろう?」と不思議になりませんか? 僕もその一人ですが、同時に、日本人には理解しづらい彼の強みもよくわかります。彼の政策(そんなものがあるとしたら)や発言内容そのものには何の価値もありません。でも、その「話術」を分析することは決してムダではないです。

まずは背景から。1980年以降、トランプは不動産王のほか、ご意見番のセレブやリアリティTVのタレント(リアリティだから本人のまま出るわけですが)として知名度を上げてきました。今回が初挑戦と思われていますが、実は1988年の大統領選に出馬しようかと迷ったこともあって、2000年には第三党の指名争いに少しだけ参加しました。

本格的な出馬となった今回は、立候補後すぐ「トランプスタイル」を確立します。アメリカで大事にされてきた「ポリティカル・コレクトネス(political correctness 政治的に中立で、差別を生まない表現や配慮のこと)」を足蹴にし、放言を繰り返す。差別、妄言、なんでもあり。そして、批判されても絶対に謝罪しない――。この姿勢が、正しく美しいことを言うだけで一向に生活をよくしてくれない政治家たちに怒っていた国民に、ズバリ刺さったんです(彼の支持者層は、低所得のブルーカラーと言われています)。

他にも、「政治献金をもらわない」と宣言したことも大きかった。これまでは「選挙はカネ次第」と言われ、超お金持ちから資金を集めなければ当選は難しい――いや、選挙戦をまっとうすることすら難しいものでした。たとえば、ヒラリー・クリントンは関連の政治活動委員会の出費を含めると、16年5月までに3億ドル以上もの大金を選挙にかけているといいます。

もちろん献金してくれた個人や企業はヒラリーが当選した場合、彼女の政策でそれなりに得する見込み。はっきりした「見返り」がなくても政治家にドナーの顔色を窺わせる「影響力」はあるでしょう。

でも、トランプには莫大な財産があるから、自分の資産でまかなえる。政治献金は不要です。加えて「政治家はお金で買えるもの。オレも何人も買っている。だが、オレは買えない」という主張ができます。実際に共和党のディベートでこのような発言をしたところ、ライバルの候補は誰も否定できませんでした。みんなトランプからお金をもらったことがあったから。

唯一もらっていなかったのはジョン・ケーシック候補ですが、彼はそこで何と言ったと思います? 「僕にも下さい」だって! こんな環境で政治献金を受け付けない候補の魅力、わからなくはないですよね。

では、候補者はお金を集めて何をするか? 用途は多岐にわたりますが、大きな割合を占めるのが広報宣伝費。候補者は自身のCMを打ち、マスメディアを使い、宣伝活動にかなりの力を入れます。まずはメディアを通して有権者との接触を増やさなくては、存在感を示すことができないからです。

でもトランプの場合、実際に広報宣伝にお金を使う必要があまりなかった。というのは過激な発言をすれば、勝手にメディアが取り上げてくれたから。失言と暴言を口にするたび、どのチャンネルのニュースにしてもトランプが映っている! その露出を広報費として換算すると20億ドル以上になるという試算もあります。しかも、トランプがニュースになるということはその分、他の候補者が取り上げられる時間が奪われてしまうということになる。トランプからしたら、一粒で二度おいしいわけです。

トランプは、たくさんの矛盾を抱えている人でもあります。移民に反対していますが、お母さんは移民。お父さんの方のおじいちゃんも移民。過去3回結婚した奥さんは、3人中2人が移民。成功者として名を上げ、自分のことを「最高のビジネスマン」と連呼していますが、4回も会社を破産させている。

でも、どれだけ整合性のない言動をしても、パフォーマンスでごまかしてしまう。トランプは、政策や組織力ではなく話術で大統領選を戦ったのは間違いありません。

(角川新書『大統領の演説』より抜粋)

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