源流はドラゴンボール?「ウェアラブル」で未来を見るイノベーターたちの挑戦

広瀬竜史「今年はVR元年と言ってもいい。今期は億単位のビジネスに狙いたいですね」
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高知県桂浜の上空で撮影された360度動画=UEIソリューションズ提供

上の写真をご覧いただきたい。普通の空撮写真のようだが、雲やさざ波の形が少し曲がっているようにも見える。実はこれ、ドローン(小型無人飛行機)で撮影した360度の仮想現実(VR)動画を写真にしたもので、景色が少しゆがんだように見えるのだ。

だがこの動画をゴーグル型のヘッドマウントディスプレー(HMD)「オキュラスリフト」で見てみると、信じられないほどの臨場感を感じる。

約100メートルの上空を浮く感覚。周りを見渡すと、見たことのない高さからの島々、大海原に白い砂浜や海岸沿いの道路を走る車を見下ろす風景が広がる。頭上にはこの映像を撮影したドローンのプロペラが、「ブーン」という音をたてながら回っている。まるでドラえもんのタケコプターを頭につけて空を飛んでみたような体験だ。

こんな空中散歩を実現させてくれるのは、UEIソリューションズ社。同社は、8Kまでの高画質VR映像をスムーズに再生するソフトウェアを開発した。これまでは、人が頭を動かす速さと映像の動きがずれて船酔いのような状態になることがあったが、ゲーム開発で培ったノウハウでこの問題を克服した。

「おもしろいからやってきました」と同社のイノベーションビジネス担当取締役の広瀬竜史さんは取り組みを振り返る。同社がVRのプロジェクトに取り組むきっかけは、アプリ開発などを受託する技術者のモチベーションを高めることだった。

「受託」はどうしても受け身になりやすい仕事だが、技術者も、VRのような新しい試みなら意欲を持って取り組める。採算をあまり考えない人材育成的なプロジェクトだったが、VR市場に動きが出てきたため1年前からビジネス化。高知県の観光誘致用やカラオケボックスで歌手と一緒に歌える映像などを手がける。

「今年はVR元年と言ってもいい。今期は億単位のビジネスに狙いたいですね」と広瀬さんはワクワク感をビジネスにする取り組みに自信を見せる。

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4K画質の360度動画がスムーズに再生され、本物に近い臨場感を体験できる=スマートフォン&モバイルEXPOで

■VR元年とゆるやかな成長のスマートグラス市場

矢野経済研究所によると、HMDの出荷台数は2016年度、前年比4.8倍増の約420万台と大幅に伸びる見通しだ。牽引役は、10月にプレイステーションVRを発売したソニー・インタラクティブエンタテインメントやスマートフォン機器メーカーで、ゲームなどのエンターテインメント映像が楽しめる機器が続々登場しそうだ。前述のオキュラスリフトも春に一般販売が始まった。今年が「VR元年」と呼ばれるのはそんなわけだ。

一方で、普通のメガネのような形のウェアラブル端末「スマートグラス」も伸びが見込まれるが、前年比1.6倍増の約130万台とやや緩やか。この市場は、米グーグルが「グーグルグラス」の一般向け市販を取りやめた経緯もあり、本格的な普及には時間がかかりそうだ。

同じウェアラブル端末といっても、もともとゲーム用途から始まり、視野を完全に遮って没入感・臨場感を売り物にするHMDと、常時装着を前提に視野に情報を付加的に表示するスマートグラスでは発想が全く異なる。この記事では、後者の現状を報告したい。

■15年にわたる取り組み

スマートグラスの用途は、大きく分けて二つあると言われている。一つは、倉庫や工場など作業現場での利用。もう一つは、日々の生活の中で身につけてスマホの代わりにするというものだ。普及が早いと思われているのは作業用だが、従来の製品は目の近くに小さな液晶画面があって文字が読みにくかったり、目線のやりようによっては画面に映る内容が見えづらかったりした。作業性を高める以前に、使いこなすまでに調整や慣れが必要だった。

だが、コニカミノルタが開発した製品は、目から1メートル先に17インチのくっきりとした画面が浮かび、とても見やすい。画面の向こう側の様子も透過して見えるから作業の妨げにもならない。グラスのレンズの中に特殊なフィルムが入っており、そこに画像を映し出す仕組みだ。液晶ディスプレイを使ったグラスとは違い、部品が少ないことから軽量化が図れ、発熱が抑えられたという。長時間の作業では従来型よりも負担が少なさそうだ。

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管理者から作業者へ、ネット経由で指示を出せる=コニカミノルタ提供

同社が、このグラスを使い、棚から品物を取り出し、荷台に載せるピッキング作業の効率改善を検証してみたところ、従来に比べて効率が3割ほど向上したという。通常、作業内容が書かれた書類を手で持ちながら作業するが、グラスを使えば画面を見ながら両手が使えて仕事がはかどるらしい。

この製品のプロジェクトは2000年ごろに始まった。人気漫画「ドラゴンボール」に出てくる機器がヒントとなって社員2人が取り組みを始め、粘り強く研究を続けたという。グーグルグラスの登場でプロジェクトは本格的に進み、今や30人ほどが関わる。今秋から様々な現場で活用される計画がある。

事業開発本部第2推進グループ部長の鹿取健太郎さんは「うちはおもしろいことをやる社員を大事にしてボトムアップで取り組みます。どこにもない商品を生まないと企業は存続できません」と話す。15年以上、研究投資し続けた結果、時代が追いついてきた。「チームには、3年で結果を出そうと話しています。来期から資金を回収していきますよ」と笑う。

■ウェアラブルで究極の地図を開発

スマートグラスの中で一番普及が難しいとされる一般向け市場に挑戦するのがゼンリンデータコムだ。同社は、主力商品である地図データを使ったスマートグラス用アプリ「いつもNAVI for Wearable」を開発した。スマホと連動しており、グラスを身につけると行きたい方向の矢印や距離が画面に表示される。指示に従って歩くだけで目的地に到着する。

さらに、グラスをつけてぐるりと周囲を見渡してみると、写真や文字情報が浮かんで表示される。これがあれば知らない土地に行っても簡単に興味のある名勝を見つけて、直感的に行きたい場所にたどり着ける。5言語に対応しており、宿泊施設でのインバウンド向け貸し出しも想定できそうだ。

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いつもNAVI for Androidが動作するエプソンのスマートグラス=スマートフォン&モバイルEXPOで

ゼンリンデータコムのプロジェクトリーダーである石川和明さんは「何度も改良し続けた結果、シンプルなナビアプリができた。矢印だけで目的地にたどり着ける究極の地図ができたと思います」と話す。グラス型以外にも時計型のナビゲーションアプリ「いつもNAVI for Android Wear β」もあり、画面の見え方や雰囲気は、こちらも「ドラゴンボール」に出てくるドラゴンレーダーのようだ。

石川さんは「どんな場所にいても遠くの場所の情報をその場で俯瞰して知ることができるのがウェアラブル端末の良さ。未来をイメージしてきましたが、形になるのが本当に楽しい」と目を輝かせる。

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コンビニや駅など行きたい場所がドラゴンレーダーのように表示された=スマートフォン&モバイルEXPOで

■まずは海に出ないと始まらない。波はきている。

メーカーでもない同社が地図情報を使って、これほどの先進的なサービスを形にしているのは驚きだ。スマートグラスを身につけて街を歩くような時代がくるには、まだ時間がかかりそうだが、あえて困難な市場を切り開こうとする決定はどのような考えでなされているのか。

ウェアラブルのプロジェクトを進めるゼンリンデータコム取締役の奥正喜さんに話を聞いた。

――ウェアラブル市場はまだ未成熟ですが、よく切り込みましたね。

ウェアラブル市場は、携帯電話が普及していく流れに似ていると思っています。初期の頃の携帯電話はGPSもなく、アプリも確か10KBほどでメモリも少ない非力な端末でした。私は当時、そんな端末に地図を乗せるという発想がなかったのですが、当時の役員が「奥、携帯電話用に地図アプリを作るんだろ?」と言われて、はっとしました。

そこから苦労してなんとか地図アプリを開発しました。携帯市場が拡大していく中でGPSも付き、地図アプリはうまく機能してビジネスも成功しました。誰も予想してませんでしたが、時代の流れに乗れたんです。

――過去の経験からのご判断だと思いますが、普及するか心配じゃないですか?

レコンJETというスマートグラスを使ってもらえれば、ウェアラブルの良さが見えてきますよ。私は自転車に乗るのですが、このグラスがあると心拍数や自転車の情報などが走りながらわかるんです。時速30キロで走っている中で情報を得るのはスマホではなく、ウェアラブルが最適です。

これにナビゲーションがつけば便利だし、例えばバイクなら地図を燃料タンクの上に貼り付けて走らなくても良いわけです。ヘルメットに機能が搭載される時がくるでしょう。つまり、プロジェクトを進める上で直感も大事かもしれませんが、自分で調べて使って確かめるのが大事なんです。机上で判断してないんです。

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ゼンリンデータコム取締役の奥正喜さん

――でも、奥さんは取締役です。調査などは現場の仕事ではないでしょうか?

私がいくら偉くても新サービスの開発や新市場の開拓については不安なんです。だからこそ、一つ一つ確認しながら確信をもって判断しながら進んでいかなくてはいけないと思っています。現場のメンバーともお互い理解し合うためにも自身の目で見て確かめて楽しむんです。多くの知見があった方が間違いも減りますから。

――では、役員からの指示でプロジェクトを進めるのでしょうか?

現場が「やりたい」とネタを持ってきて、私もワクワクするから「じゃあ、やろうよ!」となるんです。やりたい人がいるからこそチームは頑張れるわけで、私の意向から始まったものではありません。色々と言いたくなるんですけど我慢しています。やらされ仕事はよくないですし、評論もしない方がプロジェクトはどんどん進む。

待ってると「奥さん、これを付けて一緒に行きましょう」とメンバーから声がかかり、街に出るんです。ナビに言われるまま歩いたらある場所に着く。「奥さん正解です!」っていうんです。体感しながら確信を得る。いける!と。荒削りだけど一歩一歩ずつ形にしながら進んできました。

――結果はいつまでに出れば良いとお考えですか?

最先端のサービスは、自分たちだけで結果を出すものではないと思っています。時代の流れが必要なんです。だからこそ、早めに手をつけて投資して育てて時代が追いつてきた時に離陸できるのがいい。今はまだ、サーファーで言うとパドリングして海に出始めた状況ですね。ビッグウェーブがきたら乗ればいい。小さな波が来てる手応えは感じてますよ。

――すでに手応えがあるんですか?

はい、ウェアラブルを研究したいと検討している企業から相談をうけています。まだ、利益は出てませんが、売り上げは立ちますね。ウェアラブルに強い会社と連携が出てきてますからどんどん広がってます。「本当にウェアラブル市場はくるのか?」というような3年前とは明らかに違います。

――早いですね。3年前にある程度のプロトタイプがあったんですか?

いえ、3年前は何もなかったんです。当時、あったのは「未来はこうなる」と考えて作ったコセンプトビデオ1本だけでした(笑)。

――それでよく、夢のようなウェアラブル案件を社内で通しましたね

私は、いつも新しいことばかりやって成功も失敗もしてきました。また、奥は何かやると会社は見守ってくれてる。デモを見せて社内で理解してもらえるようチームのために頑張る。良いもんだから。でも、これは私の話ではなくて、こういう先端の活動をやっていこう!という意思をうちの会社は持っているということなんです。イベントがあったら大きく出展していこうと社が判断しているわけですから。

――どのようにチームを編成されたのですか?

皆に共通の世界観があったんです。ドラゴンボールですよ。ウェアラブルに取り組みたい社員が自然と集まった。私の場合は子どものころ、夏休みに家の手伝いをさせられました。友達と遊べなくて、手伝いが終わったら一緒に遊びたいけど皆がどこにいるかわからない。ドラゴンボールのスカウターがあれば居場所がわかるのにと思うわけです。一日、寂しい思いをしなくていいわけですよ。そんなサービスを作れる時代がきたなんて幸せでしょ。だから、やるしかないと。

――あの、それって仕事ですかね?楽しんでるだけじゃないですか?

言いかたは悪いけど、そうだよね(笑)。でもさ、自分がワクワクしながら使えて納得できないものはサービスとしてもダメだと思うんです。だから実際にサービスを持って街に出て、地図が使えるか検証する。ログまで可視化して使えるか研究するわけですよ。

――確かに使えないサービスは普及しませんね。

私は、情報収集癖もあって自分の生体情報も知りたいんです。ウェアラブルをつけてると数字を見ながら酒の飲み過ぎかなとか、テンションが下がっている理由はこれかなとか、自身のインサイトが数字になってわかるのがおもしろい。健康診断が毎日できるサービスって良いですよね。

――将来的に事業規模は、どのぐらいになりますか?

売り上げ目標は、厳密に設定してません。先行投資していくための予算を確保しているだけです。重要なUI/UXの検証やアプリの開発に費用もそこまで大きくなくてもいいんです。地図情報のデータは、既存の配信サーバーを使ってます。小さくても良いので形にすることが大事です。

――ウェアラブル市場は今後、どうなっていくのでしょうか?

本格普及する壁はまだまだ、越えてないでしょうね。だからこそ今なら色々と楽しみながら試せるわけです。まだ、答えが出てないから。観光案内のサービスも、その場でいかにユーザーに楽しんでもらえるかを考える。旅行から帰って「あそこに行っておけばよかった」と後悔させたくないですから。ゴルフだったらウェアラブルのカメラを使ってボールが何ヤード飛んで、どこに落ちたかがわかると楽しいでしょうね。スコアもカウントしてくれれば、初心者も打つことに集中できる。実現したいことが色々と出てきますよね。

いくつもの案件で相談がきてます。チームは自信をもってきてるし、何より楽しくやってくれているのが嬉しいです。市場の先行きが不安なら、まずは作って試しながら進めばいいんです。

やらない理由よりもやれない理由を探して、課題をつぶして進むだけですよ。人のせいにして前に進めないということは、自分の問題だと思ってます。やれない理由なんて誰でも言えますからね。

今回の取材で見えたことは、市場を作ろうとするのではなく、世の中の方向性をゆるやかに捉えながら、夢や想いを形にしていく技術者の姿だった。偶然かもしれないが、コニカミノルタでもゼンリンデータコムでも、プロジェクトのきっかけは「ドラゴンボール」。このアニメの「先見性」に刺激され、コンセプトを共有する仲間が集まった。そして今、製品が世に出ていこうとしている。

2020年のウェアラブル市場は、世界で約3億2千万台の規模になると予想されている。もちろん、グーグルグラスの失敗のような「逆風」や「想定外」もあるに違いないし、まったくの不発に終わる可能性もある。だが、挑戦し続けるイノベーターたちのことは記憶に焼き付けておきたい。