ケヴィン・ケリー氏が語る、VRとAIがもたらす「必ず来る未来」

VRのテクノロジーは私たちの未来をどのように変えていくのだろうか?
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7月20日、朝日新聞メディアラボ渋谷分室で「2050年未来のメディア」と題したトークイベントが開催され、「WIRED」創刊編集長をつとめたケヴィン・ケリー氏らがこれからのテクノロジーとそれがもたらす変化について講演をした。

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講演をするケヴィン・ケリー氏。

ケリー氏は、「WIRED」創刊編集長のほか伝説のヒッピー向け雑誌「Whole Earth Catalog」の編集者として知られる。23日に発売される新刊「<インターネット>の次に来るものー未来を決める12の法則」(ケヴィン・ケリー(著)、服部桂(著、翻訳)、NHK出版)では、インターネットが私たちの生活を大きく変えたように、今後、テクノロジーが私たちの未来に何をもたらすのかを論じている。

新刊の原題は「Inevitable」。避けられない、不可避な、必ず起こる、いった意味だ。ケリー氏は「テクノロジーには、ある方向に向かっていく趨勢していくというバイアスがある」としたうえで、このバイアスを見極めれば、「必ず来る未来」が予測できると言う。ただ、ある程度の方向性は予測できても、厳密にはできない。例えば、電話というテクノロジーは必ず来る未来として避けられないものだったが、iPhoneの出現は予測できない。また、電話が使えるようになったらインターネットは避けられないものだが、Twitterの出現は予測できない。

「必ず来る未来」の例として、ケリー氏は、「インタラクション」と「コグニファイ(認知化するの意、ケリー氏の造語)」という2つの方向性を紹介した。「インタラクション」の代表的なテクノロジーはバーチャルリアリティ(VR)、「コグニファイ」の代表的なテクノロジーは人工知能(AI)だ。

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司会は、翻訳者で朝日新聞社の服部桂氏。

低コスト化で、再びVRがブームに

最近のテクノロジーのトレンドのひとつがVRだ。これは、「必ず来る未来」の傾向のひとつである、コンピュータを使ってインタラクションをするテクノロジーだとケリー氏は言う。

今年はVR元年とも言われるが、1990年代にもVRブームがあった。1989年にコンピュータ科学者で音楽家のジャロン・ラニアー氏によってVRという言葉が初めて使われた。1989年当時、ラニアー氏を取材していたケリー氏は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)と手の動きをセンシングする手袋(データグローブ)を装着している自身とラニアー氏との写真を示して言う。

「当時すでにいいVRができていた。当時の概念が今でも残っている。私の予想では、それから5年でVRは普及すると考えていたが、それは大きな間違いだった」

その間違いの大きな原因は、コストだ。当時の装置などは、現在の価値に換算すると100万ドル相当かかっていたという。ところが、今になって、コストが格段と安くなった。スマートフォンのおかげだ。スマートフォンには、VRを実現するための3つのテクノロジーが含まれている。人の動きを追従するための加速度センサー、ディスプレイ、データ処理のためのコンピュータチップだ。

「VRの技術が進んだというよりも、装置が小型化した上、コストがかからなくなったのが、現在のVRブームをもたらした」(ケリー氏)

VRというと何を思い浮かべるだろうか。VRには2種類あるとケリー氏は言う。ひとつはHTC Vive Pre、Oculus Rift VR 、PlayStation VRといったHMDを使うタイプのVRだ。HMDを使うことで、ここではない別の世界にある現実を感じることができる。

もうひとつは、マイクロソフト社のHoloLensのように透明のゴーグルを使うタイプで、これはMR(Mixed Reality)と呼ばれる。MRではGoogleが支援する米企業Magic Leap社の技術が有名だ。現実の空間に、情報を重ね合わせることで、実際にはないものや情報があたかもそこにあるように感じられる。HMDを使うタイプと比べて技術的なハードルは高いが、実現することで製品の設計をしたり、図形を動かしながら教えたり、オフィスでバーチャルなスクリーン上で議論や仕事ができるようになったりできる。

なお、欧米でリリースされ話題になっているスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」は、これら2種類のVRの中間のタイプだとケリー氏は言う。

VRがもたらす「必ず起こる未来」

では、これらVRのテクノロジーは私たちの未来をどのように変えていくのだろうか?

「VRで起こっていることは、それまでの情報や知識のインターネットの世界から、『経験のインターネットの世界』へと私たちを移しつつあるということだ。『ものを知る』から、『ものを感じる、経験する』という世界になる」(ケリー氏)

VRによって、単なる情報や知識だけではなく、経験や体験、感情といったものを私たちはコミュニケーションできるようになる。デジタルの世界は、情報を単位としてやりとりをしてきたが、「経験のインターネットの世界」では、経験がデジタルの世界の取引通貨になる。経験そのものをダウンロードしたりシェアしたりするようになる。つまり、経験こそが新しい知識となり、データとなるということだ。

新しいもののデモを体験する、他に隣にいてもらうという状態、それらありとあらゆる経験を、VRによってコミュニケーションしていくようになる。そのためのVRのプラットフォームができることで、ほかの人と全く同じ経験もできるようになるという。

「つまり、VRはソーシャルメディアの中でもっともソーシャルなものになる。ソーシャルなものはVRが占めるようになる」(ケリー氏)。

一方で、VRがプラットフォームになり、私たちの生活に欠かせなくなった未来には、懸念もある。個人情報の管理と、監視社会の問題だ。VRでは、私たちの行動や振舞い、身体の状態、コミュニケーション活動といったあらゆる情報がデジタル化されデータ化される。(今後出てくるであろう)VR大手の会社がこれらのデータを収集し管理することになる。

もっとも、ケリー氏は楽観的だ。「今後10〜15年の間に出てくるVRの会社こそが、世界大手の企業になると予想している」(ケリー氏)

AIは人とは異なる知能で、私たちを助けるもの

インタラクションのテクノロジー、VRと同様にブームになっているのが、ものをよりスマートに賢くしていくテクノロジーであるAIだ。ケリー氏はAIの働きを、「コグニファイ」と呼ぶ。これもまた、「必ず来る未来」だ。

そもそもAIとは何か。あたかも人の知能のように機能するコンピュータだが、その定義はあいまいだ。「Siri」や「Google Now」といったサービスは、数十年前ならAIと呼ばれていただろうが、今ではAIとは呼ばない。

「AIは、今の定義ではすべてまだ実現していないものを指す。実現してしまうと、もはやAIとはみなされず『機械学習』『エキスパートシステム』といった名称がつけられる」(ケリー氏)

AIはここ2-30年間大きな飛躍がなかったが、ここ数年で潮目が変わった。「ここ3年の間に主要な技術が進み、そのためにいまはパーフェクトストームと言えるほど重要な時期にある」とケリー氏は強調する。3つの技術とは「ニューラルネットワーク」「GUP」「ビッグデータ」だ。これら進み、統合してきたことで、AIは急速に進化することになった。その一例として、今年3月に開催された囲碁の大会では韓国のトッププロ棋士が、Google傘下のDeep Mind社のAI「アルファ碁」に敗れるという「事件」となった。

それだけではない。画像から、そのキャプションを自動生成するAI、ゲームの遊び方から学習するAIといったものも登場してきた。だが、ケリー氏は言う。

「強調したいのは、これらはAI(artificial intelligence)と呼ぶべきではなく、artificial smartnessと呼ぶべきかもしれないということだ。コンピュータの知能は、決して人間らしくはない。例えば自動運転車に搭載するAIに、『人間らしく』振る舞ってほしくはないだろう。『人間らしく』振る舞うことで、気が散って事故を起こす自動運転車では困るわけだ」

そもそも、知性とは、直線的にひとつの次元で見るものではないとケリー氏は言う。「感情的情緒的な思考から、論理的な推測、空間的な理由付けにいたるまで、あらゆる次元の思考が合わさったものが我々の知性だ」(ケリー氏)。

一方、コンピュータによるAIは、特定の領域で極端に高い能力を持つ。例えば囲碁のように特定の領域で人よりも優れて能力を発揮できる。AIでバラエティに富んだたくさんの種類の思考、知性を作り出すことができるが、それらはどれひとつとして人間のような思考を持つことはない。

「それらのAIはAlien intelligenceと呼べるかもしれない。違う思考を持つ、違う発想を持つということは、新しい経済における富の源泉になると考えている。その意味で、AIは私たちが違う思考を持つことの助けになる」(ケリー氏)

AIが第二の産業革命を引き起こす

AIがもたらす未来はなぜ重要なのか?

それは、第二の産業革命を引き起こすからだとケリー氏は言う。

私たちがすでに経験をした第一の産業革命は、蒸気機関や内燃機関といった人工的な動力が発明されたおかげで、人や動物が行ってきた労働が、機械によって可能になったうえ、その効率や規模も飛躍的に大きくなった。さらに、それらの動力はコモディティ化してコストが安くなり、誰にでも使えるようになり、富の源泉になったりイノベーションを生み出したりしてきた。

それと同じ変化が、AIによって引き起こされるとケリー氏は言う。

「(最初の産業革命で)250馬力の自動車ができたように、(第二の産業革命では)250知能のAIによって自動運転車が誕生する。AIはコモディティ化してサービスになる。クラウドを介してお金を払えば誰でも使えるような、あたかも電気のように流れるものになっていく。そのようになったときの、新しい会社のビジネスモデルは非常にシンプルだ。X(これは何でもいい)にAIを付け加えるだけだ」(ケリー氏)

X+AIが新ビジネスを生み出すーー。この変化はすでに起こっている。たとえばXにタクシーを入れれば、タクシー+AIでできたのが、Uberだ。

こうした社会で、私たちはどのようにAIと付き合っていけば良いのだろうか。AIに対する脅威論もあるが、ケリー氏は、1997年にIBMが開発した「Deep Blue」と対戦して負けた、チェスの世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ氏の在り方が参考になるという。

「カスパロフはDeep Blueに負けた時に、自分もAIと同じデータベースにアクセスできれば勝てると考えた。そこで、AIと人が協働してチェスをやる『ケンタウロス』というチームを立ち上げた。」

『ケンタウロス』とは、ギリシャ神話に出てくる半人半馬の種族のことだ。コンピュータと人が協働することを指している。このように、AIと人が協働していくことが、今後さらに重要になっていくとケリー氏は強調をした。

講演の最後に、ケリー氏は、「これから20~30年間は驚くべきわくわくすることが起こってくる。不可能と思っていることを可能であると信じる能力を身に着けていく必要がある」とまとめた。

「必ず起こる未来」に、人はどのようにあるべきか?

講演後には、翻訳者で朝日新聞社の服部桂氏の司会のもと、メディアアーティストで筑波大助教の落合陽一氏を迎えてトークが行われた。

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左からケリー氏、落合氏、服部氏。

テクノロジーは、社会や私たち人間を常に変化させてきた。一方で、新しいテクノロジーへの懸念を持つ人も多い。コンピュータサイエンスの研究者でもある落合氏は、テクノロジー嫌いな人たちの反応が気になると言う。それに対してケリー氏はこう言う。

「私はテクノロジーに対して楽観的だが、過去をさかのぼってみてそう思うからだ。テクノロジーによって人間はずっとよくなってきた。もっとも、新しいテクノロジーによって新しい問題は出てくるし、テクノロジーがパワフルになればなるほど、その問題も大きくなる。怖がるのも当然だ。実際、今私たちが直面している問題はほとんどが過去の人間が発明したテクノロジーによって引き起こされている。20年後に起きる大きな問題は、今発明されつつあるテクノロジーが原因になるかもしれない。楽観的であるというのは、テクノロジーを減らすのではなく、よりよいテクノロジーを作っていくことがカギを握る」

また、今後必ず起こる未来として、「未来の仮説を考える、ストーリーを考えて作っていく能力が人には重要になると考えている。どのように、そのような能力を身に着けるのか」という落合氏の質問に対して、ケリー氏は言う。

「質問をし続けること、疑問を持ち続けること。こうした習慣が、人の最も基本的な価値になる。すでに答えがわかっていることは、機械に聞けばいいことだ。人間の価値は、答えがわかっていないこと、新しいことを作っていくところにある。疑問を持つこと、これが人の仕事になる」

テクノロジーがいくら進んでも、私たち人間とはなんなのか、といったことは依然としてわからないままだ。答えがあることは機械がやってくれる未来には、人はもっと考えて、人間らしく生きることができそうだ。