音声の誤認識で7000人の留学ビザが取り消された?

舞台となったのは、外国人留学生へのビザ発給の条件となる英語能力検定試験「TOEIC」だ。

英国で留学生が3万件近くビザの発給を取り消され、5000人近くが国外退去処分になるという事件があった。

舞台となったのは、外国人留学生へのビザ発給の条件となる英語能力検定試験「TOEIC」。

そこで組織的な「替え玉受験」疑惑が持ち上がった。その検証のために使われたのが音声認識だ。スピーキングの試験で録音してあった音声ファイルから同一人物をあぶり出した、はずだった。

だが、英語が堪能にもかかわらず、音声認識で「替え玉」とされた留学生らから、相次いで異議申し立てが行われる。

そして、音声認識の精度には疑問が指摘され、7000人規模の「冤罪」が生じている可能性もあるという。

問題発生から4年が過ぎても、なお解決の道筋は見えていないようだ。

●発端はBBCの調査報道

フィナンシャル・タイムズガーディアンの報道によると、発端は2014年2月に公開されたBBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」の調査報道だった。

英国では毎年10万人程度のEU圏外の留学生がビザの発給を受けているという。

調査報道では潜入取材によって、その発給に必要な「TOEIC」の「替え玉」受験を請け負う専門業者が、500ポンド(約7万円)の料金で、英語の堪能な別人を用意し、スピーキングの試験を通過させ、筆記試験でも正解を教えるなどの不正を行っていた実態を明らかにした。

英内務省はBBCの報道を受け、ビザ申請での英語能力の資格証明として、TOEICの受け入れを停止。不正受験の実態調査に乗り出した。

この疑惑はその後、事件化され、関係者が有罪判決を受けている。

だが、その過程で、思わぬ余波を引き起こした。

●音声認識による「不正」探し

英内務省によるTOEIC証明書の受け入れ停止という措置に、TOEICを運営する米国のイングリッシュ・テスティング・サービス(ETS)が内部検証に動き出す。

検証の対象となったのが、受験生たちのスピーキングの音声ファイルだった。

音声認識機能を使って、受験生の音声ファイルから同一人物の音声を割り出す。複数の音声ファイルが同一人物のものと認定されれば、替え玉受験の可能性が高い、との見立てだった。

その結果、約3万4000件の受験を替え玉による無効と認定。加えて2万2000件以上を替え玉の疑いがあるとした。

この調査結果に基づいて、英内務省は2万8000件を超すビザの発給拒否や取り消しを行い、4600人以上が国外退去となった。その7割がインド人。そして当時の内務相が2016年から首相を務めるテリーザ・メイ氏だった。

だがこの中には、替え玉受験が必要ない英語の堪能な留学生も含まれており、抗議の声が上がり始める。

●音声認識の精度は

そして、ビザ取り消しを不服とした留学生らが、英移民不服申立審判所に申し立てを行う

審理の中で、音声認識の専門家が誤判定の可能性を指摘。2016年11月に、審判所は留学生の申し立てを認める決定を出す。

これに続き、数百件規模の不服申し立てが相次ぐ。

また同年4月から、英議会の内務特別委員会でも調査が始まった

そして、不服申立審判の中では、ETSが使った音声認識の精度は80%程度にすぎなかった、との指摘が示されている、という。

つまり、無効とされた3万4000件のうち、7000件程度は誤判定の疑いがあるということになる。

ただ、ETSは十分な情報を開示していないため、音声認識の精度を見極めることはできない、との専門家の証言もあるという。

●問題発生から4年

問題発生から4年になるが、なお解決への道筋は見えていない。

ロンドンの移民支援団体「ミグラント・ボイス」は今年7月に、騒動の現状について報告書をまとめ、早期解決を訴えている。

AIなどによる自動判定の精度に問題があると、社会で何が起こるのか。

それを考える、一つの手がかりになりそうだ。

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(2018年12月15日「新聞紙学的」より転載)