オンラインのニュースメディア市場は変革の嵐が吹き荒れている。バイラル重視で台頭してきた新興メディアの攻勢に、伝統メディアが守勢に回されているのだが・・・。
検索からソーシャルへの流れに乗って、新興ニュースメディアが飛躍
ほんの数年前までは、米国では新聞や雑誌、テレビ(ケーブル)の伝統メディアが手がけるニュースサイトが圧倒的に優位に立っていた。デジタル版に特化した新興メディア・サイトも成長し続けていたが、まだまだ伝統メディアのサイトを脅かす存在には至らなかった。
ところがFacebookなどのソーシャル系サイトが浸透するに伴い風向きが変わり、新興のメディアサイトが勢い付いてきた。comScoreの調査結果でも次第に、新興メディアサイトが伝統メディアサイトを月間訪問者数で抜く場面が目立ってきた。そして4年前についに、新興メディアのHuffingtonPost.comが新聞サイト・トップのNYTimes.comを抜き去るという衝撃的な変曲点を迎えた。伝統メディアも新興メディアを競合相手として無視できなくなってきたのだ。
新興メディアが飛躍できた背景として、ユーザーのニュースメディア接触の流れが変わってきたことが見逃せない。かつては、ブックマークやRSSリーダーを用いて、ユーザーがニュースサイトのホームページに直接訪れてくれていた。それが次第に、ポータル/ニュースアグリゲーターや検索エンジン、それにソーシャル系の外部サイトを介してユーザーが訪れることが増えてきた。中でも検索サイトとソーシャルサイトが、ニュースサイトと接する仲介の場として大きな役割を果たしてきている。
そして最近では、メディア端末のモバイルシフトが追い風となって、ニュースサイトへの流入トラフィックでソーシャルサイトからの割合が一段と増え続けている。米国の主要なニュース/メディア・サイトへのトラフィックを米トラフィック解析会社Parse.lyが調べているが、その結果を見ても、昨年の夏あたりからFacebookからのトラフィックがGoogleサイトからを追い抜いてきている(図1)。つまり、検索サイトよりもソーシャルサイトからの参照トラフィックが主流になってきているのだ。
図1 米国ニュース/メディア・サイトへのトラフィック流入元のトップはどこか。FacebookからのトラフィックがGoogleサイトからのトラフィックを追い抜いてきた。Parse.lyが米国の代表的なメディアサイト(400サイト超)を対象に計数した調査より
ソーシャルサイトからメディアサイトへの流入トラフィックが増えてきているのだが、米国の場合、そのほとんどがFacebookからとなっている。Shareaholicの調査でも、メディアサイトへのソーシャルサイトからの参照トラフィックのうち8割近くをFacebookが占めている。そこで、新興メディアの多くは、Facebook対策に絞って力を入れ始めた。Facebook内で話題になりそう記事、つまり拡散しそうな記事を多発するようになった。そのうちに、HuffingtonPost.comとBuzzFeed.comの2サイトが抜け出し、有力な伝統メディア・サイトを量的(ユニークビジター数やページビュー数)に凌ぐまでの存在になってきた。特にBuzzFeedは、記事のバイラル重視をシステマティックに徹底して貫き、次々と変革をもたらしニュースメディア市場で台風の眼になっていった。
このBuzzFeedの手法を踏襲して、2~3年前から数多く出現してきたのが、いわゆるバイラルメディア・サイトである。当初のサイトは、旬の話題を興味深くまとめた記事や、可愛い動物や世界の絶景の写真、お涙ちょうだい話といった、感情的に読みたくなる記事が主流であった。ほとんどがニュースサイトという代物ではなくて、他愛もないエンターテイメント・サイトであった。ネット上の情報をまとめたリスト記事中心のバイラルメディアだと、少人数でも短期間にサイトを立ち上げることができるため、雨後のタケノコごとく乱立した。中には、20歳の青年が立ち上げたDistractifyのように、わずか1か月間で月間ユニーク数が2000万人を超える離れ業を成し遂げたサイトも現れた。100年以上の歴史を誇る有力新聞のメディアサイトのいくつかを、わずか1カ月間で集客数で上回ったのだから衝撃が走ったのも無理がない。またバイラルメディアのスターとして持てはやされたUpworthy.comでは一時、月間訪問者数が1億人を突破した。
こうしたバイラルメディアの驚異的な集客効果を見て、ニュースメディアはバイラル化に一段と力を入れだした。新興メディアは当然として、伝統メディアの多くも昨年あたりから本格的にバイラル記事を頻繁に提供し始めていた。そこで、米国におけるバイラルメディア狂騒のピーク時期(2013年後半)から2年近くが経った今、この間に新興ニュースサイトや伝統ニュースサイトのバイラル度がどう変わったきたかを眺めてみた。
バイラルメディアは失速か
アイルランドのメディア分析会社NewsWhipは、記事のバイラル性の指標としてFacebookのアクティビティーであるInteraction数(=Comment数+Share数+Like数)を用い、各パブリッシャーサイトについて1か月間に投稿した全記事のInteraction総数(図2のTotalFB)をはじき出している。それを基に同社は定期的に、Interaction総数の多いパブリッシャーサイト・ランキングを公表している。図2に、2013年12月版と2015年9月版のそれぞれのランキング表トップ10サイトを掲げた。
図2 Facebookで人気の高い(バイラル性の高い)パブリッシャー。2013年12月と2015年9月のトップ10のパブリッシャー。橙色で囲んだパブリッシャーはバイラルメディアを含む新興メディア。 NewsWhipの調査より
上の二つのトップ10サイトのInteraction総数(図のTotal Facebook)を比べても明らかに、この2年弱の間に、米パブリッシャーが記事のバイラル化を一段と進めていたことが分かる。平均すればInteraction総数が1.5倍以上に増えた。ところが不思議にも、2013年後半から急浮上していたバイラルメディア・サイトは、逆に勢いを失ってきていたのだ。バイラルメディア・ブームが真っ只中の時(2013年後半以降から2014年前半)には、BuzzFeedやHuffingtonPostを除いても、トップ10内に2~3サイト前後のバイラルメディア・サイトが常に選ばれていた。それが最近では、トップ10だけではなくてトップ25にも、2年前に大騒ぎしたバイラルメディアの姿が見当たらない。いずれもInteraction総数を大きく減らしているので、Facebookからの参照トラフィックもしぼんでいるに違いない。
そこでQuantcastのデータをいくつか覗いてみた。やはりバイラルメディアの代表格のUpworthyでも、図3のように月間ユニーク数を激減させていた。
図3 Upworthy.comの月間ユニーク数(グローバル)の推移。Quantcastのデータ
また、Y世代向けHuffingtonPostとして話題になったElitedailyまでも、この1年間、図4のように月間ユニーク数が減り続けている。
図4 Elitedaily.comの月間ユニーク数(米国)の推移。Quantcastのデータ
どうもこの1年間で、バイラルメディアのいくつかが失速しているようだ。comScoreが測定したデータでも、多くのバイラルメディアの月間訪問者数が下降線を辿っていた。Upworthy、Viral Nova、Distractify、IJReviewといった有力サイトも揃って今年4月には2000万人台を割っている。
失速気味になった要因は、過当競争のためだったかもしれないが、似たり寄ったりのバイラル記事が氾濫しユーザーに飽きられてきたせいかもしれない。ただバイラルメディア・ブームが完全に終わったかと言えば、かならずしもそうとは言い切れない。今でも驚異的な月間訪問者数を一気に獲得するバイラルメディアが突如生まれたりしているからだ。例えば今年6月にも、LittleThingsという無名のサイトが、NewsWhipのFacebook人気パブリッシャーランキングで突然6位に現れた。このサイトの月間訪問者数は、comScoreの調査によると、今年の3月から4月までの2か月間で1000万人から3500万人に急増したという。
このように一発屋的なバイラルメディア・サイトは今後も時々現れそうだが、2年前あたりに登場したようなバイラルメディアは総じて影が薄くなってきた。ただ、バイラルメディア・サイトが培ったバイラル記事制作ノウハウは重宝がられている。そのためViralNovaが新興メディアの Zealot Networksに1億ドルで売却されたり、Elitedailyが新聞系のDaily Mailに5000万ドルで売却されたりした。ある大手新聞が有力バイラルメディア・サイトを物色中という話も出ている。
伝統ニュースメディアもバイラル重視へ
2年前に急浮上したバイラルメディアに陰りが見られるのだが、ニュースメディアのバイラル重視の動きはより活発になっている。新興メディアの2強であるHuffingtonPostとBuzzFeedは、もともと記事のバイラル化に力を入れていたが、今では質の高いオリジナルのバイラル記事を充実させている。さらに本格的なニュースサイトとしての体制も整え、一般のバイラルメディアと一線を画する存在になってきた。伝統メディアまでもバイラル記事に傾斜するのは、ソーシャルサイトで若い読者を獲得したいからだ。ユーザーの高齢化が進み、これからの社会の中核を担うミレニアム(1980年代から2000年代初頭に生まれた)世代などの若年層ユーザーをあまり取り込めていないのが、伝統メディアの大きな悩みとなっていた。
そこで新興および伝統メディアの代表的なニュースサイトを対象に、それぞれのサイトの記事がどれくらいFacebookでシェアされているかを追ってみた。ニュースサイトが提供している全記事のシェア回数総計をNewsWhipが月単位で発表しているので、そのデータの推移を見ていけば、各ニュースサイトの記事がFacebookでどれくらい拡散しているかのレベルが読み取れる。ここでは、今年6月~9月および昨年6月~9月の各月のシェア総数(単位はM Share=百万シェア)の推移をグラフ化した。
取り上げたニュースサイトは、新興メディアのHuffingtonPost.comとBuzzfeed.com(図5)、高級新聞系伝統メディアのNYTimes.comとGuardian.com(図6)、それにTV(ケーブル)系伝統メディアのFoxNews.comとNBC.com(図7)である。
意外にも、HuffingtonPost.comとBuzzfeed.comが共に、この1年の間にFacebookのシェア回数総計をかなり減らしていた。最近の4か月だけを見ても、低迷ぶりが気になる。逆に、伝統新聞のNYTimesとGuardianはともにシェア回数総計を伸ばしており、高級新聞の記事もFacebookで拡散し始めているようだ。伝統TVのFoxNewsやNBCもシェア回数総計を増やしている。
図5 新興メディアのニュースサイト。Facebookのシェア数が減り気味なのが気になる。NewsWhipのデータ
図6 高級新聞系のニュースサイト。狙い撃ちしたバイラル記事も増え、Facebookのシェア数も増えてきている。NewsWhipのデータ
図7 TV系伝統メディアのニュースサイト。Facebookのシェア数は増えてきている。今後動画ニュースが強力な武器になりそう。NewsWhipのデータ
やはり気になったのは、HuffingtonPostとBuzzfeedが、記事のシェア数を減らしている流れである。それを反映してか、今年に入ってBuzzfeedの訪問者数も米国では、図8のように下降している。両サイトとも本格的なニュースサイトとして変身しようとしているため、確実に拡散する記事に絞って発信するだけではなくて、あまり拡散しそうもない硬いニュース記事も重要なら提供するようになったためかもしれない。
図8 BuzzFeed.comの月間ユニーク数(米国)の推移。Quantcastのデータ
伝統メディアの有力ニュースサイトはシェア数が増えたことにより、今まで接点の少なかった若年層にリーチできるようになってきたといえる。NYタイムズはさらに”go viral"を加速化させるために、このほど編集室に “Express Team”を新設し、記事がネット上でもっと拡散するように、投稿前のブレイキング・ニュースのリライトを手掛けている。FacebookにポストされたNYタイムズの記事のバイラル度推移をPriceonomicsがまとめていたので、そのグラフを図9に掲げておく。ここでは年度別に投稿された全記事のバイラル度(Share数+Like数)の中央値の推移を示している。2015年にこれまで投稿された記事の中央値が約1000件で平均値が約3000件となっており、記事のバイラル度が昨年に比べ約2倍になっている。
図9 Facebookに投稿されたNYタイムズ記事の(Share数+Like数)の中央値。Priceonomicsより
分散型メディアの浸透でトラフィックの流れが変わる
このように米国のニュースメディアは、自前のニュースサイトへのトラフィックを増やすために、Facebookで記事が拡散することに努めてきているのだが、それ一辺倒の施策に見直しが必要となりそうだ。昨年あたりから話題になっている分散型メディアが立ち上がってきたからだ。ニュースサイトへのトラフィックだけではなくて、外部プラットフォームに置いたニュース記事へのトラフィックも勘案しなけらばならなってきた。
その分散型メディアの本命と目されているFacebookの「Instant Articles(インスタント・アーティクルズ)」が先週から、参加パブリッシャーを増やして離陸し始めている。これまでのFacebookでユーザーが目にするニュース記事はあくまでリンク情報で、その記事本文を読むためにはニュースサイトに飛ばなければならなかった。でもInstant Articlesでは記事本文がFacebook内にホストされるため、サクサクとニュース記事が読めるようになる。このため、リンク情報の記事よりも、Instant Articlesの記事のほうが、より多く閲覧されるようになる可能性が高い。さらにInstant Articlesの記事のほうがシェア数なども多くなると、Facebookは主張する。つまり同じ記事でも、リンク情報記事よりもInstant Articlesの記事のほうが、Facebookで拡散しやすいということだ。Instant Articlesはバイラル記事を後押しするというわけだ。実は動画コンテンツの配信では、分散型メディがすでに浸透している。ニュースメディアもFacebookやYouTubeに動画ニュースを置くようになってきているが、それらの外部プラットフォームに置いた動画ニュースでも多くのシェア数を得ていることは実証されている。
そこでメディア分析会社NewsWhipは、リンク情報記事のシェア数とかInteraction数(=Comment数+Share数+Like数)を計数するだけではなくて、これからは分散型メディアでプラットフォームに置いた記事のシェア数なども計数しようとしている。すでにFacebook内に置いた動画ニュースについては公表し始めている。近いうちに、Instant Articlesの記事のシェア数も報告されそうである。
先行して分散型メディアを活用して飛躍したのがBuzzFeedである。同社CEOのJonah Peretti氏はブログで、3年前に自前のWebサイトとアプリで発信していた時には、月間コンテンツビュー数が1億件であったのが、今や30以上の外部プラットフォームで分散発信させることにより50億件に達したと、分散型メディアの有効性を語る。ともかく分散型メディア時代に突入しても、バイラル記事の重要性は変わらないだろう。
過度のバイラル重視に批判も
このようにオンラインのニュースメディアは、バイラルな記事をテコにページビュー数や訪問者数を増やすそうと、躍起になってきた。ただページビュー/訪問者数至上主義に走りがちな状況に対して批判の声も少なくない。ページ数を稼げるバイラル性の高い記事がもてはやされる一方で、質の高い記事が埋没しがちなためだ。ソーシャルサイトでは、共感や感動が得られるような記事とかエンターテイメント性の高い記事だと拡散しやすいが、政治や経済分野の硬い記事となると質が高くても拡散しにくい。FacebookにポストされたNYタイムズの記事も、クッキングやスタイル、ヘルスのようなライフスタイル関連の身近な話となるとシェア数が多いが、政治や経済、海外の最新ニュースはシェア数が少なくなる。
伝統新聞のGuardianは、Facebookでバズること狙い撃ちしたような記事を制作していた。今年の夏の観光シーズンが始まる7月初旬に、Want To Help Greece? Go There On Holidayという見出しの記事を発信した。ギリシャ観光案内の記事だがギリシャ救済の見出しが効いたのか、この記事1本だけでシェア数を38万件も獲得した。政治記事でもエンターテイメント性が高かったりすると、大いに拡散する場合がある。最近では、共和党大統領候補の人気投票でトップを走っていた不動産王ドナルド・トランプ氏が、参加した討論会の記事はどれも、Facebookでものすごく拡散していた。図10の動画ニュースもそうだ。シェア数が23万件を超え、再生回数も1290万回以上なのだが、質の高いニュースとはとても思えない。
図10 ネットで拡散するバイラル記事の例
若い世代に無視されがちなマスメディアとしては、このようなバイラル記事を用いてでも若者に目を向けさせたいようだ。
◇参考
・Notes from the Platform's Edge(The AWL)
・Get me rewrite: How The New York Times is building out the Express Team, its new breaking news desk(NiemanLab)
・How an entrepreneur turned his pet food startup into a viral website with more than a million visitors a day(Business Insider)
・A Cross-Platform, Global Network(BF BLOG)
・Instant Articles get shared more than old-fashioned links, plus more details from Facebook’s news push(NiemanLab)
・What New York Times Content Is Popular on Facebook?(Priceonomics)
(2015年10月29日「メディア・パブ」より転載)