2014年アジア大会(韓国・仁川)でU-21日本代表がパレスチナを下してベスト8進出を決めた翌26日、男子の決勝トーナメント1回戦のベトナム対UAEのゲームが華城競技場で行われた。ベトナム代表の指揮を執るのは今年5月に就任した日本人の三浦俊也監督。Jリーグでは大宮アルディージャを皮切りに、コンサドーレ札幌、ヴィッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府を率いた指揮官だ。その彼が初めてチャレンジする東南アジアの代表チームをどのようにマネージメントするのか。それは非常に興味深い点だった。
今大会のベトナムは、1次リーグ初戦で強豪イランを4-1で撃破。一気に波に乗った。続くキルギスタン戦を1-0で確実に勝ち、2連勝でH組を1位通過してきた。スパルタ・プラハのセカンドチームでプレーしていたチェコ育ちのFWマック・ホン・クアンらを筆頭に、スピードと得点力のある選手は数人いる。彼らの出来がUAE戦を左右すると見られた。「ベトナムでのサッカー人気はすごい。自分もザッケローニ監督のような扱い」と三浦監督が冗談交じりに話す通り、スタジアムにベトナム人サポーターが大挙して訪れる中、始まったこの試合。注目のマック・ホン・クアンがいきなり相手守備陣の背後に抜け出して決定機を迎える。が、エースはこれを外してしまう。その後も彼ともう1人のFWブー・ミン・トゥアンが続けて相手ゴール前へ迫るが、決めるべきところで決められない。その状況下でUAEにロングボールを出されて1点を決められてしまい、前半は1点をリードされた状態で折り返すことになった。
後半もベトナムは攻撃姿勢を鮮明にしたが、一瞬の隙を突かれて2点目を献上する。それでもこの追加点の直後にUAEに退場者が出て、数的優位に立ったベトナムは最終ラインの選手も前に上げて攻め立てる。再三再四、ゴールチャンスを迎えるが、残り5分というところで1点を返すのが精一杯。逆に後半ロスタイムに手薄になった守備陣の裏を突かれて3点目を決められ、万事休す。「イラン戦では先制点が取れたから勝てた。今日も点が取れていたら違っていた。実際、前半から沢山のチャンスを作ったが、最後のところで我々のプレーのクオリティが足りなかった。ボールを簡単に失いすぎたし、個々の判断力や経験、ゴール前のテクニックも不足していた」と三浦監督は悔しさを吐露した。Jリーグ時代は強固な守備組織を作ることに長けていた指揮官も、ベトナムではリスクマネージメントの意識を植えつける時間がまだまだ足りないようだ。
それでも8月から1カ月超の代表合宿の間に選手たちは目覚ましい成長を遂げたようだ。「30人の代表候補はベトナムサッカー協会に選んでもらう形で合宿を始めたが、最初は選手間のばらつきが大きかった。Vリーグを見ても無駄な時間稼ぎが多すぎるんで、最後までフェアプレー精神を持って戦うようにとまずは伝えた。日本人より体が小さいためフィジカルコンタクトを苦手としている部分があったので、そこは強調して指導したし、オフ・ザ・ボールの部分でもハードワークするように繰り返し言った。暑いハノイで練習してきたこともプラスに働き、韓国ではよく走れたんじゃないかと思います。ベトナム人は日本以上に農耕民族なのか集団行動を好むんで、長期間の合宿をやっても選手たちは文句1つ言わなかった。そういう中で1か月間合宿を繰り返したら、選手たちのレベルが目に見えて上がり、若い彼らの可能性を大いに感じましたね」と試合後、日本人メディアに囲まれた三浦監督はベトナムサッカーの現状をこのように語っていた。
今回のU-23代表の中から何人かをピックアップしてA代表に合流させ、9月28日から10月16日まで日本で強化合宿を行うという。ベトナム代表のターゲットは今年11月末にシンガポールとベトナムで共同開催されるAFFスズキカップ2014(東南アジアサッカー選手権)と来年6月にシンガポールで行われるSEAGames(東南アジア競技大会)の2つ。協会は2大会の結果を何よりも重視しており、三浦監督の手腕もそこで問われることになる。
攻撃ではマック・ホン・クアンを筆頭に魅力あるタレントが多いだけに、いかに守備組織を固め、攻守のバランスを取っていくかが、今後のベトナム躍進ポイントになりそうだ。今回のUAE戦では一瞬の隙を突かれて背後に走られたり、不用意なボールの失い方でカウンターを受けるケースが目立ち過ぎた。こうした課題を克服していけば、アジアの台風の目になれるかもしれない。未来への可能性を秘めたベトナムの飛躍と三浦監督のチーム作りに期待したい。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。
(2014年9月29日「元川悦子コラム」より転載)