反米国家ながらもベースボール大国。それでいて大統領はアルゼンチン人のマラドーナと大の仲良し。選挙に駆り出したり、自国の代表監督に推薦したりと、べったりだ。そんな不思議の国ベネズエラを試合前に少しだけ予習してみよう。
◆大統領の一言で国旗の馬も逆を向く
ベネズエラという国名は、「小さなベネチア」という意味がある。水上家屋に住む先住民を見たスペイン人が付けた地名らしい。ベネズエラが建国されたのは1830年。宗主国スペインへの抵抗運動の中で生まれた大国家「グランコロンビア共和国」から分離独立した。現在のベネズエラ国旗のベースにある「三色旗」は、もともと反スペインの反乱軍が使用していたもので、グランコロンビアに受け継がれた。さらに、そこから分離したベネズエラ、エクアドル、コロンビアも引き継ぐことになる。ベネズエラは三色旗に星と紋章を加えた。
紋章の中の馬に注目してみて欲しい。左が古いもので右がリニューアルされたものだ。馬の走っている方向が違う。これを変えたのは前大統領、故ウゴ・チャベス氏だ。「右を向いて走るより、左を向いて走りたい」という政治的なことかと思いきや、そのあたりはまるで関係ないらしい。「この馬は無理やり走っているのを止められている。ベネズエラにふさわしくない」という意見だったとか。というわけで、2006年に全力疾走している今の物に変更された。まさに、鶴の一声だったのである。
◆ベネズエラ・ボリバル共和国国歌
では、いつものように対戦国国歌の内容を見てみよう。ベネズエラ国歌も、先日対戦したウルグアイと同じように長い。これはもう南米国歌の特徴だ。作られた時期が同じなので、「流行」としか言いようがない。
この国歌も独立戦争中に書き上げられた詩であり、スペインへの闘志と、自国への愛と誇りに満ちている。国歌の作詞者、作曲者の両者とも、独立運動の英雄シモン・ボリーバルの反乱軍に属しており、後にスペイン軍に捕まり処刑されている。それもあって、ベネズエラ国歌は『ベネズエラのラ・マルセイエーズ』と呼ばれる。
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ベネズエラ国歌『勇敢なる民に栄光を』
徳と名誉を尊びつつ
自らくびきを打ち捨てた
勇敢なる民に栄光あれ
鎖を断ち切れ 主に叫び求めよ
貧しき者たちはあばらや屋で
主に自由を願った
神聖なる主の名の前では
かつては勝利を収めた卑劣な独裁者も
恐れ震えるのだ
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◆政治とサッカー
前述したように、チャベス前大統領とマラドーナとは親友と呼び合う仲だった。政治的思考や哲学が似ていたのだという。「利用し合っている」のは周知の事実だったが、なにより馬が合ったのであろう。ともにアメリカが大嫌いで、サッカーが大好きだった。二人が同じピッチ上でボールと戯れる貴重な動画が残されている。
★Hugo Chávez 'juega' con Messi y manda mensaje a Maradona
そんなチャベス氏が亡くなると、氏の右腕だった現大統領ニコラス・マドゥロ氏が登場する。彼もまたマラドーナと懇意にしている。何十万もの支持者が集まる選挙演説には、必ずマラドーナの応援がある。
彼もまたサッカーが好きだ。好き過ぎて、やや行過ぎたことをしてしまうこともある。FIFAがウルグアイ代表FWルイス・スアレスに対して科した処分について、「同じ南米人」として不満を示したのである。例の『噛みつき事件』についてのペナルティは、「イングランドとイタリアを負かしたウルグアイへの不当な罰だ」と切り捨てている。
★El Presidente Nicolás Maduro se refirió al caso de Luis Suárez
それだけならばともかく、マドゥロ大統領はマラドーナにベネズエラ代表監督になるよう勧めたのだ。マラドーナは悪い気はしなかっただろうが、ベネズエラサッカー協会は冷や汗をかいたにちがいない。今回来日する監督名を見たら、マラドーナの名ではなかった。近い将来、どうなるかはわからない。
がんばれアギーレジャパン☆
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◆いとうやまね
ライターユニット(いとうみほ+山根誠司)。著書には、『フットボールde国歌大合唱!』『サッカー誰かに話したいちょっといい話』(東邦出版)、『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)、『蹴りたい言葉~サッカーファンに捧げる101人の名言』(電波実験社)、他がある。サッカー専門誌、フィギュアスケート専門誌のコラムニストとして、またサッカー専門TV 番組、海外サッカー実況中継のリサーチャーとしても活動。スポーツ以外の執筆も多数。