ベネズエラが、まるで暗黒時代に逆戻りしたかのような様相を呈しています。
同国はウゴ・チャベス前大統領の下で、ポピュリズム政策を推し進めてきました。そのコアになる考え方は「大きな政府」です。
政府の方が、市場経済に任せるより、フェアに富を分配できる……そういう触れ込みのもとにチャベス大統領は通信、銀行、鉄鋼、セメント、酪農業、スーパーマーケットなどを次々に収用しました。
そして「フェアに商品を分配していない」という疑いをかけられたら、製薬会社の社員だろうが誰だろうが、次々に豚箱に放り込んだのです。
経済に占める政府の割合が大きくなると、政治家の影響力は増し、それは為政者が政権に居座ることを容易にします。なぜなら平等を声高に主張する一方で、こっそりと自分の支持者に「便宜をはかる」ことで買票することができるからです。
外国企業はベネズエラ政府に自分の資産を接収されるリスクにおびえ、追加投資をしなくなりました。
こうしてベネズエラの民間セクターは、だんだん非効率で情実や裏取引に満ちた公的セクターに駆逐されてゆき、それがどんどん経済全体の活力を奪っていったのです。
2014年夏以降の原油価格下落局面ではベネズエラ政府が石油を販売することで得られる外貨収入の減少を招きました。政府の収入は4割近くも落ち込む可能性があります。
ベネズエラには世界最大の原油が眠っています。その大半はヘビー・オイルです。産油国という信用があるので、ベネズエラは政治が腐っているにもかかわらず、これまで比較的容易に借金することができました。現在、同国は1,200億ドルの対外債務を抱えています。
しかし政府収入の減少で、ことし償還がくる対外債務の返済が、あやしくなっています。金額は70億ドルです。
返済期限は第4四半期に集中しています。
もしベネズエラがデフォルトすると、アルゼンチンが経験したように、長期に渡って国際金融市場から実質的に締め出されるリスクがあります。
ベネズエラ政府はおカネを節約するために、かつてどんどん国有化していった企業ならびにサービスを「一週間に二日だけ営業します」という風に「間引き運行」しています。
お役所が開くのは週に二日だけ、裁判所も殆どの日が休業、水道水も給水制限の対象ですし、電気ですら停電が常態化しています。学校ですら、運営資金が足らないので週休三日制になりました。
ベネズエラ政府は外貨を温存するため、食糧の輸入禁止措置を講じました。このため深刻な食糧不足とインフレ(年率500%+)が起きています。
スーパーの棚から食品が蒸発しているので、市民はパニックを起こしています。スーパーの焼き討ちなど、暴徒化する市民も居ます。
マドゥロ大統領は非常事態宣言を発し、軍隊を動員していますが、兵隊さんも十分に食糧が回ってこないので、兵隊さんがヤギを盗んで軍法会議にかけられるとか、そういう事態にまで発展しています。
かつてベネズエラは南米の中でも豊かな国で、確固としたミドルクラス(中産階級)が存在し、洗練されたアーバン・ライフというものが存在しました。しかし、それらの「中流」の人々は、いま貧困の中に放り込まれているのです。
ベネズエラの通貨、ボリバルは暴落しており、ベネズエラの電話会社は外国の電話会社と電話料金の決済ができないため、ベネズエラ市民は国際電話すらかけられない状況に陥っています。
プロクター&ギャンブル、キンバリー・クラーク、コカコーラ、ペプシコーラ、モンデリーズなどの多国籍企業は、商売にならないので、ベネズエラの事業を閉鎖しています。現地法人を売却しようにも、そもそも買い手すらいないので、「全損」というカタチで撤退しているわけです。
もしベネズエラがデフォルトした場合、国営石油会社PDVSAは操業に必要なドリルビットや、ヘビー・オイルを生産する際、欠かせない希釈剤(diluent)すら買えなくなるリスクもあります。
ベネズエラ政府はいま政府が準備として保有しているゴールドを、どんどん市場で売却し、食いつないでいます。第1四半期だけで137万オンスを売却しました。国際通貨基金の試算するベネズエラのゴールドの持ち高は740万オンスとなっています。
ベネズエラの石油産業の弱点は、精油所の多くがトリニダードなどの外国にある点です。
これはベネズエラで石油が発見された当初、石油開発に乗り出した海外の石油会社が、ベネズエラ政府を信用せず、莫大な先行投資を必要とする精油所をベネズエラ本土に建設せず、カリブ海の島国や米国本土(CITGO=シトゴ)で精製するやり方を選んだことの名残です。
つまりベネズエラがデフォルトした際は、それらの国外にある精製施設が債権者により差し押さえられる可能性が高いのです。
(2016年5月29日「Market Hack」より転載)