北朝鮮は9月15日に中距離弾道ミサイル「火星12」を日本列島越えで発射して以来、ミサイル発射などの目立った軍事挑発は控えていたが、11月29日、75日ぶりに新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星15」の発射を強行した。
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は10月28日付で、核・ミサイル開発について「すでに最終完成のための目標達成がすべて成し遂げられた段階にある」と、国家核武力の完成ともとれる論評を掲載したが、その後は「国家核武力完成の終着点に向けて嵐怒濤のように進む主体朝鮮」(11月6日付『労働新聞』)というように、国家核武力建設がまだ進行形であるという表現に戻っていた。
一方、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長は、9月22日の国務委員長声明でドナルド・トランプ米大統領の国連演説を非難し、「私は朝鮮民主主義人民共和国を代表する人として、わが国家と人民の尊厳と名誉、そして私自身の全てをかけて、わが共和国の絶滅について吐いた米国統帥権者の妄言の代価を必ず払わせるであろう」と述べ、「トランプが世界の面前で私と国家の存在自体を否定し、侮辱し、わが共和国をなくすという歴代最も暴悪な宣戦布告をした以上、われわれもそれに相応する史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に考慮するであろう」と威嚇した。
金正恩党委員長はこの振り上げた拳を、新型ICBM「火星15」の発射で振り下ろしたように見える。
「沈黙の北朝鮮」の真意
北朝鮮にとっては、国家核武力を完成させてから対話に入る、というのが基本的な戦略だ。そう考えると、この間の沈黙は技術開発のための時間稼ぎという可能性が高い。北朝鮮はもうそう頻繁に核実験やICBMの実験はできない。国家核武力の完成のために、最後の努力を傾けているとみるべきであろう。
これに対する米国の出方次第では、北朝鮮の今後の軍事挑発の仕方も、様々な選択があり得る。
米政府系の『自由アジア放送(RFA)』は11月24日、平壌の事情に精通した中国の消息筋が、朝鮮人民軍幹部から北朝鮮が核武力完成のための最後の核実験を行うという話を直接聞いた、と報じた。同消息筋によると、最後の核実験は最も強力な実験になるという。さらにこの幹部は、成功すれば、金正恩党委員長は農業発展に投資を集中する、という話を何度も繰り返したという。
また『RFA』は別の消息筋が、インドとパキスタンが6回の核実験で核開発を完成させたことを考えると、北朝鮮が7回の核実験で核開発を完成させるというのはある程度説得力があると指摘した、と報じた。
さらに気になるのは、党機関紙『労働新聞』が最近、宇宙開発の記事を時々掲載していることだ。例えば10月20日付「わが共和国の宇宙開発は国際法に認められた主権国家の堂々たる自主的権利だ」、10月30日付「防ぐことのできない世界的趨勢――宇宙開発事業」、11月23日付「朝鮮宇宙科学者たちの矜恃と自負心」、と題された記事が掲載されている。
また、北朝鮮は11月28日から12月1日まで、平壌の科学技術殿堂で朝鮮科学技術総連盟中央委員会の主催による「宇宙科学技術討論会―2017」を開催した。金日成総合大学をはじめとする各研究機関の研究者が参加し、約280の論文が発表された、とした。
北朝鮮が、ミサイルの発射実験に対する国際社会の非難が高まっている中で、宇宙の平和利用という名目で事実上のミサイル発射である人工衛星発射を行う可能性もある。韓国の情報機関・国家情報院も最近の国会への報告で、北朝鮮が人工衛星を打ち上げる可能性を指摘している。
さらなる「発射強行」も
また、北朝鮮は9月15日以降も、ミサイルエンジンの燃焼実験や固体燃料の燃焼実験も行っている。
米ジョンズ・ホプキンズ大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」は12月1日、北朝鮮の黄海側の南浦(ナムポ)港で、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の水中発射試験台として使われるとみられる新たな「はしけ船」が運用間近だ、との分析を明らかにした。北朝鮮のSLBMは、これまでは日本海側の新浦を拠点に開発が進められてきたが、この分析が正しければ、北朝鮮は日本海側の新浦、黄海側の南浦の2拠点でSLBM開発を続けることになる。
こうした兆候は、固体燃料を使うSLBM「北極星3」の発射実験の可能性を示唆している。
北朝鮮は「火星14」や、今回発射した「火星15」を、意図的に高度を上げて飛距離を短くするロフテッド軌道でしか打ち上げていない。これを通常角度で発射するのでは、という見方もある。米『CNNテレビ』は12月2日、北朝鮮が発射した「火星15」が、大気圏再突入時に弾頭部分が複数に分解したとみられると報じた。
北朝鮮の「国家核武力」はまだ「完成」していないとの根拠だが、この大気圏再突入技術を検証するためには通常角度で発射する必要があり、北朝鮮が今後、これを強行する可能性がある。
過去最大「米韓演習」で圧迫
米韓空軍は12月4日から8日まで、両軍の航空機230機が参加する過去最大規模の演習「ビジラント・エース」を始めた。この演習には、米軍の最新鋭ステルスF22戦闘機6機や、F35A戦闘機6機、F35B12機、電子戦機EA-18G6機など米軍機約80機、韓国軍機約150機が参加した。戦略爆撃機B1Bはグアムから出撃して訓練に参加するが、韓国には着陸せずにグアムに戻る予定という
この演習自体は、北朝鮮が「火星15」を発射する以前から計画されていたものだが、北朝鮮のICBM発射実験で、北朝鮮への威嚇をより強めた内容になる可能性がある。
韓国メディアによると、演習では北朝鮮の核・ミサイル基地、移動発射台などへの攻撃訓練を行う。さらに、有事の際の初期に核ミサイル関連の主要目標約700カ所、38度線に沿って北朝鮮が展開している長距離砲などを攻撃する訓練を行う。
これに対し、北朝鮮外務省は12月2日に報道官声明を発表し、この演習は「一触即発の現朝鮮半島の情勢を爆発に追い込もうとしている」とし、「米国の無分別な核戦争ヒステリーによって、朝鮮半島と全世界が核戦争のるつぼの中に巻き込まれるなら、その全責任は米国が負わなければならないであろう」と非難した。
また、対南機関の祖国平和統一委員会も同3日に報道官談話を発表し、米韓が挑発を強めれば「報復の火薬が強化される」と警告した。
朝鮮半島の軍事情勢はかなり際どい情勢になりつつある。
在韓米軍の「家族退避」
ハーバート・マクマスター米国家安全保障問題担当大統領補佐官は12月2日、カリフォルニア州で開かれたフォーラムで、金正恩政権が「米国にとって最大の差し迫った脅威」であり、「この問題を解決できるかどうか、我々は今レースの最中だ」と語った。また、「武力紛争以外の道もあるが、残された時間はあまりない」として、北朝鮮が韓国のソウルを狙って通常兵器を配備していることから「リスクは避けられない」との認識を示した。
同氏は12月3日には『FOXニュース』とのインタビューで、北朝鮮の核は「中国やロシア、全世界にとって大いに危険だ」と指摘。北朝鮮の核開発がこのまま続けば「日本や韓国などが核を保有する可能性がある」とした上で、「そうしたことは中ロ両国の国益にならない」と訴えた。
さらに、米共和党のリンゼー・グラム上院議員は12月3日に『CBSテレビ』のインタビューで、北朝鮮が新型ICBM「火星15」を発射したことで「軍事衝突が近づいている」と警告し、在韓米軍の兵士らの家族を韓国から退避させるべきだと訴えた。
年末年始が「分水嶺」
トランプ大統領のアジア歴訪の結果を見ると、北朝鮮への軍事行動などについて深い協議が行われたという感触はない。その意味で、危機は少し先送りになったのではという感じはあるが、状況は次第に煮詰まりつつある。
来年は北朝鮮建国70周年の年であり、金正恩党委員長が来年元日の「新年の辞」で改めて「国家核武力の完成」を大々的に宣言する可能性が高い。
金正恩党委員長がもし同時に、核実験や長距離ミサイル発射実験の発射中止といった「モラトリアム宣言」を行えば、米国はともかく、中国やロシアの経済制裁圧力は緩和の方向に向かうだろう。そういう状況を作って米国との長期戦に入る、というシナリオもあり得る。
一方で、米国が経済制裁や武力的な威圧を強めれば、北朝鮮が国際社会に「国家核武力の強化、発展」を誇示するような核実験やミサイル発射、人工衛星の発射などを強行する可能性もある。
韓国では来年2月に平昌冬季五輪が開催される。2020年夏期五輪の開催国は日本であり、2022年冬期五輪の開催国は中国だ。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は安倍晋三首相、習近平国家主席の平昌訪問を要請するだろう。
もし、北朝鮮が参加を決めれば、国家体育指導委員長の崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長が訪韓する可能性もあり、興味深い外交戦が演じられるかもしれない。だが現況では、北朝鮮が平昌五輪に参加するには、様々な障害物がある。時間は切迫しているが、米国が対話に出てくる可能性が低い以上、米国を「主敵」とする北朝鮮は、そういう状況下で韓国との和解、対話には出づらい。
韓国の『聯合ニュース』は11月23日、青瓦台関係者の話として、来年2~3月の平昌冬季五輪・パラリンピックの期間に、韓国政府が米韓合同軍事演習を実施しないことを検討している、と報じた。米国はこうした報道を否定、青瓦台も公式には検討されていないとしているが、内部でそういう議論があることはあり得る。
平昌五輪は2月9日から25日、パラリンピックは3月9日から18日までだ。米韓両国は、例年3月から4月にかけて野外機動訓練「フォール・イーグル」と指揮所演習「キー・リゾルブ」を行っているが、これはパラリンピックの日程と重なる。
北朝鮮が孤立路線に固執して平昌五輪をボイコットすれば、軍事挑発の危険性が生まれ、参加すれば、来春は平昌を舞台に複雑なスポーツ外交が展開される可能性がある。
当面の焦点は、北朝鮮が年内にさらなる軍事挑発をするのかどうかということと、金正恩党委員長の来年元日の「新年の辞」の内容だ。この年末年始は、米朝が対決に向かうのか、対話に向かうのかの分水嶺になるように思える。
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。