日本の大学が生き残る道。アメリカの大学をコピーできないし、コピーする必要も無い。

いま、日本の大学は文科省指導の下、改革されようとしています。日本の大学はアメリカの大学のやり方をコピーしただけでは機能するはずもなく、かといってこのままでは良くないのも明らかで、今野先生の本には深く考えさせられました。
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Mark Miller via Getty Images

年末年始は今野浩先生の"工学部ヒラノ教授シリーズ"を読みました。ビジネスと工学の境界で仕事をされていること、スタンフォード大学と東大の学科の大先輩であること、中大の理工学部の教員としても大先輩であることと、今野先生とは共通点がたくさんあるのに、読むのが遅すぎたくらいです。

今野先生はアメリカで学び博士号を取られただけでなく、アメリカのビジネススクールで教えられていたこともあります。

その今野先生が書かれている日本とアメリカの大学の比較は、教えられるところがたくさんありました。

いま、日本の大学は文科省指導の下、改革されようとしています。日本の大学はアメリカの大学のやり方をコピーしただけでは機能するはずもなく、かといってこのままでは良くないのも明らかで、今野先生の本には深く考えさせられました。

工学部ヒラノ教授のアメリカ武者修行」によると、スタンフォードやハーバード、イェール、プリンストンのようなトップ大学では自己資金は一兆円以上。日本で最もお金がある大学の自己資金はその十分の一以下。

スタンフォード大学が100周年記念で集めた寄付金は1500億円、東大が100周年記念で集めた寄付金は40億円。

寄付金の差は税制の違いとよく言われますが、他にもカラクリもあるでしょうね。

アメリカの私立大学はいわゆるAO入試もやっていて、多様な経験をエッセーに書かせます。

私のスタンフォードの同級生は子供が生まれた時から、大学に寄付をしていました。18年後、子供が大きくなって入学試験を受ける時に有利になるからだそうです。本当に有利かどうかは知りませんが、こういった事情もあるでしょう。

私の同級生のように、「親のおなかの中に授かった時にはスタンフォード大学内に住んでいて、スタンフォード大学病院で生まれ、以後ずっと大学に寄付を続けている」とエッセーに書けば、確かに多少は入試に有利になりそうです。

本に書かれていた一部(182ページ)を引用すると、

「アメリカが世界に誇る産業である"大学"のキャンパスに足を踏み入れるたびに、ヒラノ教授はアンビバレントな気持ちになる。とてもかなうはずがないという絶望。日本の大学(工学部)は、貧しい割には良く頑張っているという感慨。そして、自分がかつてこの素晴らしいコミュニティの一員として過ごした、という誇らしい気持ちが交錯するのである。政治家や官僚たちは、日米大学の資金格差を知っているはずである(知らなければ怠慢である)。それにも拘わらず政府は、大学に対する投資を減らしているのである。」

この複雑な気持ちというのは、私も共感するところです。

スタンフォードで学んだ誇りと、日米の環境のあまりにもの差の絶望感、でも劣悪な環境でも頑張っているという意地。

世界の一流の大学だからこそ、そこに来ると得である、とお金も人も集まるのでしょうね。お金も人も集まるから、更に金も人も集まるという、好循環。

大学はいわばアメリカの基幹産業で、好循環で強いものが益々強くなる世界。グローバル***とか、卓越した***などと、名前だけは凄い制度が日本でもできまていますが、日本の大学にちょっとしたお金を入れただけでは駄目でしょう。

財政難で日本の大学に投資できるお金は益々減る一方で、このまま何も変わらなければ、ジリ貧というのも間違いない。

私も日本の大学全体への処方箋など持ち合わせていませんが、少なくとも工学部を考えると、日本の社会、産業を強みとする部分に貢献して行く研究・教育を強化する方向にもう少し変わった方が良いと感じています。

アメリカの大学とは比べ物にならないくらい日本の大学はインフラは貧弱ですが、人はそれなりのレベルでしょう。それが活かされていないのは、もったいない。

何が将来役に立つかわからない、目先のことばかりで良いのか、という側面も確かにありますが、今までの大学は社会の問題やニーズからかけ離れていたのかもしれません。

論文も大切ですが、より直接的に社会に貢献することが求められているのではないでしょうか。

例えば私はフラッシュメモリやSSDといった新しい半導体メモリを使ったコンピュータシステムの研究をしています。

このような高速、低電力、小型なメモリがコンピュータアーキテクチャ、ITシステム全体に変革をもたらすと期待されています。

こうした技術の編曲点を予感して、韓国やアメリカ、台湾では革新的なハードウエアを活かすためのソフトやコンピュータ・アーキテクチャの研究が非常に盛んになっています。

しかし、残念ながら日本の大学でやっている人はとても少ない。

フラッシュメモリは日本で生まれた技術で、いわばお家芸です。ハードの産業は強いのに、ハードウエアに留まっていてはとてももったいない。

大学の研究としては「流行にとらわれない」ことも大切ですが、「機を見るに敏である」ことももう少しあっても良いと感じています。

最後にもう一つ、今野先生は金融工学がご専門なので、ビジネススクールやウォールストリートとも深く関係されていて、行き過ぎた金儲け至上主義についてもこの本で書かれています。

「工学部ヒラノ教授のアメリカ武者修行」の200ページから引用です。

「ウォール街の住民は何をしたのか。彼らは"Gread is good(強欲は善)"の合言葉を口に、"私の利益は私の物、私の損失はあなたの物"とばかり、強欲の限りを尽くしたのである。金融工学の入り口を勉強した彼らは、専門家の警告を無視して、格付け不能なCDSやCDOなどの金融商品を売りまくって、リーマン・ショックを引き起こしたのである。この事件のあと、ハーバード・ビジネス・スクールは、自分たちの教育方針が間違ったことを率直に認め、これから先二度とこのような事件が起こらないように、教育方針を改めると宣言した。そしてこのことを世界にアピールするため、サンデル教授の白熱授業を、その証拠物件として世界に売り込んだのである(とヒラノ教授は考えている)。さすがは、クレバーで抜け目がないハーバードである。」

特に最後の一文は笑ってしまいました。さすがと言うか、到底、日本の大学、日本人では太刀打ちできないし、真似する必要もないと思います。

重ねて言いますが、日本の産業、社会には世界レベルで強い部分はたくさんありますし、日本の大学も貧しい割には頑張っているのではないでしょうか。

ただ、両者の距離が遠く、活かしきれていないのはもったいないことです。

日本の強みを活かすための大学、という側面で、日本の大学のあり方を考えてはいかがでしょうか。

(2015年1月4日「Takeuchi Laboratory」より転載)