多様化する「患者ニーズ」「サービス」に対応する「医師養成システム」改革を--上昌広

大学病院の不祥事が止まらない。どうして、こんなことになるのだろう。

 大学病院の不祥事が止まらない。東京医科大学、昭和大学では男女差別などの入試不正が発覚した。医療事故も、群馬大学の腹腔鏡事件、千葉大学や慈恵医科大学のCT(コンピューター断層撮影)検査見落とし事件、東京女子医科大学の麻酔死亡事故など、後を絶たない。

 さらに最近、東京大学病院循環器内科で、カテーテルを用いた心臓手術での医療ミスの隠蔽疑惑が指摘された。どうして、こんなことになるのだろう。

「時代遅れ」「競争力低下」の大学病院

 私は、大学病院の在り方が時代と合わなくなり、競争力が低下しているためと考えている。意外かもしれないが、患者は大学病院を見放し始めている。特に都心部でその傾向が強い。

 2016年度の全国のDPC病院を対象とした調査結果を用いて議論しよう。厚生労働省が発表したデータをもとに解析したものだ。

 DPC病院とは、診療行為の出来高ではなく、疾病や重症度などに応じた定額支払が認められている病院だ。厚労省が認定し、高度な医療水準を満たしていることが求められる。つまり、一流病院の証しだ。

 ではDPC病院で、循環器疾患の患者数が多かったのはどこだろうか。小倉記念病院(8769件)、千葉西総合病院(7616件)、仙台厚生病院(6375件)、新東京病院(5830件)、湘南鎌倉総合病院(5345件)と続く。すべて民間の循環器疾患を中心とした病院だ。大学病院の名前はない。

 大学病院は高度医療機関だ。先端医療では、いまでも優位を保っているとお考えの方が多いだろう。ところが、実態は違う。

 例えば、最先端の医療技術である大動脈弁のカテーテル治療(TAVI手術)の実施数は、『朝日新聞出版』が独自の調査でまとめた『手術数でわかるいい病院 2018』(2018年2月刊)によれば、仙台厚生病院(162件)、小倉記念病院(112件)、榊原記念病院(107件)、新東京病院(76件)、湘南鎌倉総合病院(72件)となる。すべて専門病院である。

 消化器疾患はどうだろう。患者数は、倉敷中央病院(5634件)、東京大学医学部附属病院(5574件)、仙台オープン病院(5520件)、国立がん研究センター中央病院(5381件)、仙台厚生病院(5273件)と続く。大学病院でランクインしているのは、東大病院だけだ。

 高度医療の代表的存在である胃がんの内視鏡手術の場合、トップは県立静岡がんセンター(492件)、がん研究会有明病院(420件)、国立がん研究センター中央病院(380件)、大阪国際がんセンター(342件)、仙台厚生病院(290件)と続く。

 ちなみに、東京医大の胃がんの手術数は内視鏡手術が99件で、開腹・腹腔鏡手術を合計して80件だ。前者は関東地方で28位、後者は49位である。

 東京医大は入試で男性を優先的に合格させていたことに対し、「外科医が不足するのに、女性は外科勤務を嫌がるから」と説明していたが、このような事情を知ると見方は変わってくる。外科志望者が少ないのは、専門病院との競争に負けて、患者が少ないからだ。

示唆に富む「仙台厚生病院」

 前述したように、東大病院でも医療事故があった。循環器内科に入院し、マイトラクリップというカテーテルを使った手術を受けた患者が医療事故で死亡した。ところが、そのことを遺族に正確に説明せず、第三者機関である「医療事故調査・支援センター」にも報告しなかった。この患者については、心機能が悪く、マイトラクリップ手術の適格基準も満たしていなかったことがわかっている。「医療界でのプレゼンスを高めるため、マイトラクリップ手術で症例数を稼ぐ必要があった(東大循環器内科医局員)」ことが影響したようだ。専門病院との競争に負けた東大病院が、先進医療の実績を上げるために無理をしたとみるのが妥当だ。

 ところで、ここまでご紹介したすべてのランキングで仙台厚生病院が入っていた。この病院は、これからの高度医療の在り方を考える上で示唆に富む存在だ。循環器・呼吸器・消化器疾患に特化した専門病院である。今回、取り上げなかったが、呼吸器疾患の患者数は全国1位である。

 筆者はご縁があって、目黒泰一郎理事長と知りあった。その経営方針に共鳴し、非常勤職員として勤務している。

 仙台厚生病院における患者の平均在院日数は9.1日で、年間の退院患者数が1万5000人以上の大規模病院の中で最短だ。病床稼動率は99.6%で、これも全国で最も高い。専門とする3領域に関しては、「救急や開業医からの紹介は絶対に断らない」と表明している。そして、それ以外の疾病については他の専門施設に紹介する。

 医師に対する労務管理も徹底しており、目黒理事長は「(部下にサービス残業を強いて)時間外まで診療を行い、収入を上げるような部長は断じて評価しない」と明言している。

 当然かもしれないが、このようなやり方をすれば、医師も患者も集まる。量は質に転化する。手術数は多いのに、医療事故は起こらない。合併症も減るため、在院日数は短縮し、病床稼動率は高まる。収益性も高まり、それが再投資へ向かう好循環を生んでいる。

 大学病院は対照的だ。高度医療機関だが、専門病院ではない。この状況は簡単には変わらない。なぜなら、医学部は附属病院を設置することが、法令で義務づけられているからだ。この結果、「どんな診療科もやっているけど、すべて中途半端(元国立大学医学部長)」な状況になる。経営は苦しくなり、医療安全などへの投資は削減せざるを得ない。

大学病院延命のための新機構設立

 私は、今後の大学病院を考える上で、流通業界の変遷が参考になると考えている。

 かつて、「三越伊勢丹」「そごう・西武」などの総合百貨店は、わが国の流通業界をリードしてきた。しかしながら1990年代以降、総合百貨店は衰退する。ピークの1991年に12兆円だった売上は、2017年は6兆円を割った。以降、合従連衡を繰り返すことになる。

 百貨店の衰退とは対照的に、「洋服の青山」などの紳士服専門店、「ビックカメラ」などの家電量販店が台頭した。専門店が、顧客のニーズに合う多様な商品を提供したのに対し、総合百貨店は「どの店も同じような商品が並ぶ『同質化』に陥った(大西洋・前三越伊勢丹ホールディングス社長)」のだ。高級品は売るが専門店ではないあたり、現在の大学病院と酷似する。

 溺れる者は藁をも掴む。困難に直面した大学病院が頼ったのが、専門医制度の「改革」だった。従来、専門医制度の認定が各学会に委ねられて質が保証されないことを問題視し、第三者機関が認定するように制度を変更した。こうやって立ち上がったのが、一般社団法人日本専門医機構だ。

 厚労省も支援した。今年の通常国会で成立した改正医療法では、厚労省や都道府県は日本専門医機構と連携して、地域や診療科毎の医師の配分を決めることになった。

 一見、国民にとって有り難い話だが、利害関係者だけが密室で決めると、国民不在の結論になる。今回の場合、「日本専門医機構が研修病院を認定し、地方の病院にはそこから若手医師を派遣する」ことで合意した。勿論、研修病院の多くは大学病院だ。この制度では、大学病院は労せずして若手医師を確保でき、低賃金で雇用できる。例えば、東京医大の後期研修医の月給は20万円だ。更に医師不足の地域に派遣することで、大きな権限を得る。

 これは時代に合わなくなった大学病院の延命策に他ならない。ゾンビ企業を規制で守るのと同じだ。

 このような結論になるのは、日本専門医機構の構成をみれば一目瞭然だ。28人の幹部(理事長・副理事長・理事・監事)のうち、23人は医師で、このうち14人は医学部教授かその経験者だ。7人が東大医学部を卒業している。この中には、世間を騒がせた東京医大、昭和大学の教授および教授経験者もいる。

 大学教授たちは当然、自らの所属する組織の延命を第一に考える。更に、彼らの多くが「いまでも大学病院が一番」と信じ込んでいる。情況が変わってしまったことを認識していない。

 症例数の多い専門病院には、大勢の若手医師が勤務を希望する。大学医局からの派遣に頼る必要はない。経験を積みたければ、大学に入局せず、いきなり専門病院に就職した方がいい。ところが、新専門医制度ができてしまった。「専門医資格」にこだわらず、真の専門家を目指すか、「肩書き」にこだわるか、二者択一を迫られるケースが続出している。

 若手医師が辛いのは、腹を据えて専門病院での研修を選択しても、その将来がバラ色ではないことだ。それは、専門病院で研修してもその後の就職口がないからだ。専門病院には大勢の患者が受診する。医師1人あたりの経験数は増え、技量は向上するが、わが国で必要とされる専門医の数自体は減少する。企業が合併することで、リストラされる社員が出ることと同じだ。日本の医療費を抑制すべく、「選択と集中」という合理的な経営がなされれば、専門医も「リストラ」の対象となる。

「コンビニクリニック」の登場

 若手医師が生き残るには、ニーズが高まる分野に進まなければならない。高齢化が進むわが国で、ニーズが高まるのはプライマリケア(身近にある、何でも相談可能な総合的医療)や慢性期医療の領域だ。IT技術の進歩もあり、この領域の在り方が変わってきている。

 この点でも、流通業界の変遷は参考になる。多様化したニーズに合わせて、コンビニ、宅配サービス、ネットビジネスが発達した。医療界でも同様の動きが生まれつつある。

 例えば、コンビニだ。代表的存在は、立川・川崎・新宿の駅ナカで診療する「ナビタスクリニック」だ。私も毎週月曜日に新宿で診察している。

 ナビタス新宿の場合、平日は午後9時まで(皮膚科は除く)、土曜は午後2時、日曜祝日は午後5時まで受け付けている。会社帰りのサラリーマンやOL、さらに新宿の駅ナカで働く人たちが受診する。受診者の平均年齢は約30歳で、7割は女性だ。

 受診する患者の多くは、風邪や花粉症だ。高血圧や糖尿病でかかりつけの患者は多くはない。むしろ、若年女性特有の問題として、貧血、性感染症、緊急避妊などで受診する患者の方が多い。風疹や麻疹や子宮頸がんワクチンの接種を希望する人も多い。彼らは「名医」や「丁寧なサービス」以上に「便利さ」を追求する。ナビタスクリニックは、このニーズを捉えている。

 この状況はわが国に限った話ではない。米国ではオバマケア(医療保険制度改革)施行後、薬局やスーパーに併設されるリテール・クリニックが急成長した。オバマケアにより中間層が医療にアクセスしやすくなったからだ。流通業界で起こった変化が、日米の医療界で生じている。世界共通の現象といっていい。

 ナビタスクリニック新宿で勤務する山本佳奈医師(29)は、新専門医制度のプログラムに参加せず、独自に女性を総合的に診ることが出来る医師を目指してトレーニングを始めた。山本医師は、「新しいタイプの専門家を目指す。そのためには、ナビタスクリニックで研修するのが一番経験を積める」と言う。すでに幾つかの臨床研究に参画し、2本の英文論文を筆頭著者として発表した。

医療の「宅配サービス」も

 Amazonのような「宅配サービス」も出現した。日本各地で増加している在宅医療専門クリニックだ。筆者が注目しているのは、「オレンジホームケアクリニック」(福井市)や「おひさま会」(神戸市)だ。 オレンジホームケアクリニック(福井市)については、当欄で以前にも報告した(2018年2月1日「福井市『在宅専門クリニック』で再認識した『教育』の地域格差」)。

 約300人の在宅患者をフォローし、毎年100人程度を看取る。さらに障害児施設(オレンジキッズケアラボ)や 地域住民の交流の場(みんなの保健室)も設けている。

 理事長を務める紅谷浩之医師(42)は、救急専門医から、この分野に転進した。「在宅医療が『病気』をみるツールだとすると これらの場所や仕組みは、『生活』そのものを支え、つながりを創るものだと考えています」と言う。

 紅谷医師のグループの総勢は60人で、医師不足の中、常勤医は5人だ。全国からやる気のある若手が集まっている。

 おひさま会は、兵庫県と神奈川県で5つの在宅クリニックを経営する。理事長の山口高秀医師(44)も紅谷医師同様、救急専門医から転進した。

 山口医師が重視するのは、地域の医療や介護サービスの連携を深めることだ。これまで在宅医療・介護も「縦割り」だった。医療はクリニックと病院、介護は介護支援事業所、看護は訪問看護ステーション、薬は薬局が提供し、利用者からアプローチしなければならなかった。これは高齢者には負担が大きい。

 一方で、サービス提供者の多くは零細業者で、ITを導入したり、大勢の事務職員を抱えることは出来ない。

 山口医師は、自ら事務職員を養成し、情報システムを整備し、別会社(グローバルメディック、神奈川県海老名市)から周辺施設へ提供している。山口医師は「地域に適合した情報基盤と人的サービス提供システムを確立させ、高品質で高効率な在宅医療ネットワークを創出したい」と言う。

 最近、生活の場での看取りは、居宅よりも介護施設が増えている。「介護施設に対するサポートを更に強化することは喫緊の課題(山口医師)」らしい。

 現在、おひさまグループは、5つの在宅クリニックで地域の住民約2300人をフォローする。3分の2は介護施設に入所しており、残りは自宅で暮らしている。毎年450人程度を看取るが、300人程度は自宅で亡くなる。常勤医は9名、非常勤医師20人で、スタッフは総勢130人である。彼らが、患者に合わせて、周辺の医療・看護サービスの利用プログラムを作成している。

 繰り返すが、紅谷医師、山口医師のもとには、全国から多くの若者が集う。彼らは、自らの試みを学術発表しており、英文論文としても投稿中だ。紅谷医師、山口医師ともに、「医師の学びの拠点をつくる」べく、研究機関との共同研究にも投資している。私は、大学病院が今のまま無策を続ければ、このような組織が医局を代替していくと考えている。

さまざまな形の「オンライン診療」

 最後は、オンラインを用いた遠隔診療だ。従来、医師法で診療は対面で行うことが規定されていた。

 2017年7月、厚労省は局長通知で、「テレビ電話や、電子メール、ソーシャルネットワーキングサービス等の情報通信機器を組み合わせた遠隔診療」について、「直接の対面診療に代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合」には認められると規制を緩和した。

 ところが、今年4月の診療報酬改定では、対象は再診の患者に限定され、3カ月に1度は対面診療を組み合わせることが要件となった。日本医師会の反発に配慮したためだろう。「メドレー」社や「MRT」社など複数の企業がオンライン診療のシステムを販売しているが、普及は進んでいない。

 このような医師・患者間の遠隔診療は、万が一のリスクを考えれば、厚労省は規制緩和に二の足を踏む。日本医師会が圧力をかければ尚更だ。

 遠隔診療が進んでいるのは、医師・医療のコンサルテーションだ。筆者が注目しているのは北村直幸医師だ。情報誌『選択』2018年9月号で、「グーグルが支配を狙う日本の医療 クラウドとAIの『黒船』は目前に」という記事を掲載し、北村医師をキーマンとして紹介した。以下、この記事をベースに、幾つかの事実を追加する。

 北村医師は放射線診断専門医で、広島市内に「霞クリニック」という放射線画像診断の専門施設を運営する。一方、同じビル内で遠隔画像診断をサポートする「エムネス」という会社も経営している(2018年7月27日「遠隔医療『画像診断』サービスの未来」=「MRICの部屋」参照)。

 エムネスの読影システムでは、契約する医療機関で撮影されたCTやMRI(磁気共鳴画像)がクラウドにアップされ、エムネスと契約する放射線診断専門医が読影する。結果は、画像に読影レポートをつけ、クラウドを介して医療機関に戻される。

 エムネスの売りは料金が安いことだ。医療機関が負担する費用はMRIやCT1台あたり月額3万円で、読影は1件で3000円だ。画像情報のやりとりには、インターネット回線を使うので、医療機関は初期費用を負担する必要がない。

 これは破格の安さだ。放射線科の常勤医がいない医療機関では大学病院などに専用回線を引いて、読影を依頼している。知人の病院経営者は「専用回線費用は月額150万円、読影料は1件あたり4000円程度」という。

グーグルも参入

 エムネスが価格を安く出来るのは、グーグルクラウドプラットフォームを利用し、画像データをクラウドに集約しているからだ。

 それが新たな付加価値を生む。エムネスはクラウドに蓄積された画像と読影データを用いて、東京大学発のベンチャーであるAI(人工知能)画像解析クラウドサービス会社「エルピクセル」と共同で、AI診断システムも開発した。すでに臨床現場に導入されている。エムネスでは、専門医がダブルチェックしているにもかかわらず、AI診断システムにより、過去に3人の見落としを発見したそうだ。AI診断システムの導入が、すでに医療ミスを減らしていることがわかる。

 前出の『選択』によれば、グーグルがエムネスに目をつけたのは、「グーグルが日本の電子カルテ市場への進出を考えているから(グーグル関係者)」らしい。

 グーグルはエムネスを「テクノロジーパートナー」に認定し、今年の7月に米国サンフランシスコで開催された「グーグルネクスト2018」に招聘し、グーグルクラウドのアリエ・マイヤー氏と50分にわたり対談するセッションを設けた。破格の扱いだ。

 知人のグーグル関係者は「北村医師は遠隔診断で世界の最先端を行く」と言う。グーグルは東京大学のような権威や厚労省のお墨付きではなく、自らがリーチ出来ない現場のリアルなノウハウを有する企業を重視しているのがわかる。

 グーグルは、グーグルクラウドに大量の検索履歴やGメールのデータを保管している。やがてクラウド上に蓄積された日常情報と、診療情報やゲノム情報を併せてAIが分析し、医師・患者の双方に適切な治療法を提示するようになるだろう。

 現在、電子カルテのクラウド化が急速に進んでいる。研究や商業利用では、個人情報保護がネックとなり、このような利用は難しい。ところが、患者視点に立てば、診療記録もメールデータもいずれも自分のものだ。AIが解析し、自ら適切な提案をしてくれることを有り難いと感じる人もいるだろう。終末期医療の意思確認など、患者や家族の意思決定のサポートになるかもしれない。患者の選択肢を増やすことになる。

旧態依然の医師養成システム

 大学病院の苦境を尻目に、コンビニクリニック、在宅診療、遠隔診療は急成長している。これは、高齢化社会で高度医療からプライマリケアにウェイトが移っていることを反映したものだ。従来、もっぱら開業医が担っていた「主治医」の在り方を、ITを用いた若い医師たちが変えようとしている。

 問題は、現在の医師養成システムが、このような仕組みに対応していないことだ。若手医師は大学医局に属し、消化器外科や呼吸器内科など臓器別の専門トレーニングを受ける。トレーニングを終えると、地域の総合病院に就職する。首都圏などでは、高度医療は一部の専門病院に集約化が進み、大学病院すら競争力を失っている。多くの自治体病院は慢性的赤字に悩むし、聖路加国際病院、三井記念病院、亀田総合病院のような名門病院ですら、経営難であることが知られている。このような病院は、早晩、総合病院の看板を掲げ続けるためだけに、不採算な診療科を維持出来なくなるだろう。

 一方、患者が集中する専門病院は、独自に若手医師を育成するため、医局に人材を求めない。この結果、若手医師は、折角、高度技術を身に付けても、実力を発揮できない。専門医のニーズは低下する。

 少なからぬ若手医師は、新しいプライマリケアに参入したいと考えている。ところが、前述した新専門医制度が、その障壁となっている。新専門医制度については、日本専門医機構を巡る数々の不祥事が表面化している。規制が利権を生み、利権が腐敗を招く典型例だ。

 日本の医療に必要なのは、患者視点での議論だ。社会の変化に合わせ、医療提供体制は柔軟に変わらねばならない。いまこそ、オープンに議論すべきである。

上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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(2018年12月13日
より転載)