「結果を出せば30分労働でもOK」ユニリーバの「幸せ」改革・島田由香さんが語る

「WAA」で労働時間や残業時間が減りましたが、そのためにやったわけではありません。
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ある日「いつでもどこでも働いていい」と言われたら、どう働くだろうか。

あなたがマネージャーだったら、そんな社員をどうマネジメントするだろうか。

世界的な消費財メーカーの日本法人、ユニリーバ・ジャパンは2016年7月、働く時間・場所を社員が自由に選べる新人事制度「WAA」をスタートさせた。

政府が働き方改革を掲げ、日本の働き方は大きな転換期を迎えている。

「WAA」の目的は? 社員の働き方はどう変わったのか。日本企業の課題は?

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社取締役、人事総務本部長の島田由香さんと、ジャーナリストで働き方改革実現会議の民間議員を務める白河桃子さんに、ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎が聞いた。

竹下:「WAA」がどんな制度なのか、まずは教えてください。

島田:「WAA」は「Work from Anywhere and Anytime」の略で、働く場所も働く時間も、社員が自由に選べる制度です。つまり、結果をしっかり出せば、オフィスに来なくても、30分しか働かない日があっても良いんです。

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島田由香さん
Kaori Sasagawa

実は「WAA」という名称には、他にも意味を込めています。1つはうれしい驚きがあったときの「ワー!」という歓声。もう1つはこういう新しい働き方が「わ~!」っと日本中に広まって欲しいという願いです。

導入から1年以上経ちましたが、様々な成果が出ています。例えば、「生産性が平均で30%上がっている」、「社員の75%が生産性が上がったと感じている」といったデータも出ています。労働時間も、29%の社員が短くなったと感じていて、実際に10~15%ほど減っています。

白河:すごい数字ですね。

島田:いくつかデータはありますが、数字を出すためとか、何かの問題解決のためにやったんじゃないということを強調したいですね。

竹下:なるほど。

島田:WAAの導入に先立ち、新しい働き方のビジョンをつくりました。「よりいきいきと働き、健康で、それぞれのライフスタイルを継続して楽しみ、豊かな人生を送る」というものです。WAAは、このビジョンを達成するためのツールなんです。結果的に労働時間や残業時間が減りましたが、そのためにやったわけではありません。

竹下:会社のためではなく、社員のために?

島田: そうですね。結論じみたことを言ってしまうと、「幸せかどうか」ですべてが変わると思っています。「生きていて幸せ」「働いていて幸せ」。そういう社員、そういう人を増やしたいと思って始めたのが「WAA」です。

白河:幸せって本当に重要だと思っていて、(コンサルティング大手の)アクセンチュアが1年半(働き方改革を)頑張って、もちろん労働時間も変わったし、働く場所や時間も変わったんですが、なによりマインドが変わったと江川社長がおっしゃっていた。

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(左)島田由香さん(右)白河桃子さん
Kaori Sasagawa

「夜徹夜しないのはコンサルじゃない」とか、「週末に仕事持ち帰らないとコンサルじゃない」といわれるいわゆる高機能集団です。その人たちの労働時間が短くなって、今は月の残業時間が平均20時間まで減ったそうです。平均ではありますが、頑張っていますよね。

竹下:すごいですね。20時間ですか。

白河:もちろん部署によって違いもありますが、私が一番気になったのは、社長が「副産物として、社員が優しくなったんですよね」といったことです。

アクセンチュアの女性もたくさん知っていますが、以前はみんな「本当忙しい」「彼氏と向き合うヒマもない」と。ワークライフバランスが悪すぎて、途中で辞めていくんですよね。

一同:(笑)

白河:そういう会社であっても、改革前よりも社員が優しくなって、クリスマスパーティに感謝のメッセージを募集したら、今までは忙しくてそんなのやってらんないよという社風だったのに、1000通来たそうです。

一同:へぇ~!

白河:関係の質が上がると、思考の質が上がって、行動の質が上がって、成果の質が上がるというマサチューセッツ工科大学の(ダニエル・キム)教授が提唱している成功循環モデルがあるんですが、まさにそれが起きていると思いました。Googleも、生産性の高い職場は、心理的な安定性が高いといっていますよね。

島田:Googleの「プロジェクト・アリストテレス」ですね。

白河:ここが働き方改革の本質だと思います。目に見えないところで何かが起きているんだけど、人間はなかなか数字を見ないと納得しないですよね。単に「労働時間を削減すればいいんでしょ?」とか、「テレワークの制度を作って何%か使えばいいんでしょ?」ということだけが注目されていて、すごくもったいないと思います。

島田:「WAA」導入後、他社の方々からご質問やご相談をいただいたり、社内外の声を聞いたりするなかで、働き方改革の3大悩み」が見えてきたんです。それは、「どうすればマインドセットが変わるのか」、「どうすれば人、リーダーを巻き込めるのか」、「制度や仕組みを作った後、どうやって定着させるのか」。もちろん、3つ全部互いに関連しあっています。

島田:悩みと望みは表裏一体。経営者に寄り添って、ときには苦言を呈しながらも、こうしたいという望みをかたちにしていく。これが人事の一番の醍醐味であり、価値だと思うんです。

竹下:日本では、人事は怖いとか、話しにくい部署というイメージがあると思います。どういうふうに変わるといい思いますか?

島田:怖い、話しにくいと思われるならまだ良い方で、「何をしているかわからない」「存在の意味がない」と完全にネガティブな印象を持っている人もいますよね。そういうことを聞くにつけ、とってももったいないと思います。人事って最高の仕事なんですよ。いろんな人に光を当て、元気づけられる。人をもっと幸せにし、会社をもっと成長できるようにしていける仕事なんです。

白河:そこが難しいところで、島田さんのいう人事の機能を持っていない会社が多い。島田さんは経営者と一体でやっている。だけど人事の機能がそうなっていないところが実はすごく多いんです。実際には日本の会社は縦割りですから。

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Kaori Sasagawa

島田:「WAA」は人事だけで導入した制度ではないんです。私はたまたま人事の人間だけれども、同時に経営者の一人として導入・推進することができた。それは大きな鍵でしたね。

白河:人事の権限の中でやろうとすると、すごく悩むんですよね。

島田:人事は本来、どう売上を上げるか、どう利益を出していくかを最も考えていかなくてはならない部署だと思います。人事は製品を作ることも、売ることもできないけれど、それをやっている人たちを一番知っている。そこに対して、人事が何を発信し、どんな価値を提供できるかが大事だと思います。

竹下:人事の人の地位や給料を上げたほうが良いと思います。今だとどうしても言い方が悪いですけど、「WAA」みたいな最新の制度を知らなかったり、会社に閉じこもっている。そこを一度見直さないといけないと思うんです。

白河:名前変えちゃっても、いいですよね。もともと人事だけど、今はダイバーシティ推進室にいて経営者との連携がうまくいっている会社もありますし、実質が伴えば、形はどうでもいいわけです。

島田:人事という部署だけの仕事と考えるのではなく、どの部署の人でも、経営陣と一緒に会社をより良くしていくことにパッションを感じている人が、変えていけばいいんです。

白河:私、『御社の働き方改革、ここが間違ってます!』で一番言いたかったことは、働き方改革というのは、昭和の経営を辞めること。

結局、日本の成功の足元を支えてたのは、違法残業とかサービス残業であることが多かった。ビジネスモデルや経営自体を変えなきゃいけない。だから、ただ「残業を削減すればいいでしょ」とか「テレワークの制度をつくりました」で終わって欲しくない。もっと大きなことで経営者の覚悟が必要です。

ダイバーシティというと、「ダイバーシティ推進室をつくりました」「ダイバーシティ100選をとります」と目的化しちゃうことがすごく多い。そうじゃなくて、働き方改革は、その先の何を解決したいのかというビジョンが問われることなんですね。

島田:結局、目的と手段がこんがらがっちゃう。むしろ手段が目的に変わってしまい、どんどん本当の目的から遠ざかっていくことが多いのかなと思います。当たり前の思い込みに対して「それって本当にそうですか?」「目的は何ですか?」とゼロベースで見直すことが大事ですよね。

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Kaori Sasagawa

島田:経営者の話になりますが、役員会で売上や戦略の話だけではなく、「一体何のために会社があるのか」、「何をしたくて社長をしているのか」、「このメンバーと同じ船に乗ってどこに行きたいのか」といったことが、どれほど話されているでしょうか。

役員会に安心、安全の場があるかはすべてに関わります。その場を作っていける人は必ずいます。会社を一緒に変えていけるパートナーは誰かを見極めて、その人とともに役員会から変えていくのが、社長の大切な役割だと感じています。

竹下:それは、日本の経営者に足りないところですか? 日本では、役員会が安心、安全の場っていうイメージがないです。

島田:足りないと思いますよ。もちろん、ある人もいるけれど。

白河:たぶん、「半沢直樹」みたいな感じになると思うんですけど。

竹下:自由に発言できてないと思います。日本は。

島田:そもそもそれがおかしいですよね。日本では、基本的に人前で話をするときには、自由な発言よりも正しい答えを期待されてしまう。ちょっと違うこととか、新しいアイデアが出ると「何言っちゃってるの?」とみんなが思うわけです。だから余計言わなくなる。そのマインドセットを、私は働き方改革をきっかけに変えていきたいんです。

島田:本当のイノベーションって、ちょっとした思いつきからはじまるわけで。(経営学者の)入山章栄先生もおっしゃってますけど、結局イノベーションは、近くの知と遠くの知が結びついたときに生まれる。

いかに自分と関係ない人と話すか、いつもやらないことをやるか。そこから「それ!」というのが生まれてくるわけじゃないですか。だから、どんどん出ていく、どんどん人と話す。これをやらないとダメですよね。

白河:会社にこもってずっと仕事をしているとできないですよね。「長時間労働をやめましょう」というのは、「仕事をするな」じゃなくて、目の前の仕事だけに向かい合っていても今後はダメだよってことです。

島田:私は、誤解を恐れずにいえば、長時間労働は全部ダメと思っているわけじゃないんです。もちろん、腑に落ちず、やらされ感を持ったまま、長い時間働くのは絶対にダメです。

でも、本当に夢中になっていて、気がついたら時間が経ってしまっていたということはありますよね。いわゆるフローやゾーンと呼ばれる状態なら、疲れることなく、むしろエネルギーが湧いてきて、自分の中に眠っていた能力が出てくることもあります。問題は時間の長さじゃないんです。とにかく時間を短くすればいいんだという考えで、働き方改革をしてほしくないですね。

竹下:たしかに、そうですね。

白河:ただ日本の会社は、まだ自律的に働けるようになってないので、自分で望んでゾーンで入るほどの長時間労働をしている人がどのくらいいるのか。そこが一番の問題なところです。

最終的に働き方改革は自由な働き方に向かっていくと思いますが、今まで社員の時間を有限じゃないと思っていた経営者が多すぎるので、まずは一回、「時間は有限なんだ」というのに向き合って欲しいんですね。

働き方に関しても、今はどうしても女性が活躍できないのは、24時間休みなく働けるいつでもどこでも転勤できる人材が偉い、となっているのがネック。いろんな働き方の人でもそれぞれ活躍できる場があるというように、一律から多様に変わっていく。

島田:私は、働き方改革は生き方を決めることだと思うんですよね。

「しん"ぱ"い(心配)」を「しん"ら"い(信頼)に変えること。これが本当の"ぱら"ダイムシフトだと思います。皆さん余計な心配をしてしまうんですよ(笑)。自由にさせたら社員がちゃんと仕事をしないんじゃないかと心配するから、必要以上にルールを作って縛ってしまう。そうではなくて、みんなやってくれると信頼してみる。能力を信頼する。「"ぱ"から"ら"へ」ということを、常日頃から言っています。

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