両手を上げて抗議を行う香港のデモには、「暴力には訴えない、撃つな」という意思表示があるようだ。
そして、このスタイルには何らかの見覚えがある。
米ミズーリ州ファーガソンで起きた警官による黒人少年射殺事件への抗議のデモだ。
数千キロ離れた場所で行われている二つのデモは、連鎖反応のように見える。
友人でジャーナリスト、米アリゾナ州立大ジャーナリズムスクール教授のダン・ギルモアさんは、香港のデモの写真とともに、こんなツイートをした。
香港の〝手を上げろ、撃つな〟というファーガソンを見習ったデモは、強く訴えかける映像だ。
ギルモアさんによるこの書き込みはその後、750回以上もリツイートされた。だが、二つのデモの関連を裏付けるデータは、今のところ出てきてはいないようだ。
因果関係と相関関係、そして偶然の一致。その特定は、見た目よりも難しい。
●「ファーガソンを見習う」への反応
ギルモアさんはシリコンバレーの地元紙、サンノゼ・マーキュリー・ニュースの元コラムニスト。
現在もサンフランシスコ湾岸地域(ベイエリア)在住だが、香港にもゆかりがある。
1999年から6年ほど、毎年秋には、香港大学で数週間の集中講義を持っていたという経歴の持ち主だ(この集中講義は今年から再開されるという)。
ギルモアさんが最初のツイートをしたのは米国時間の9月28日。
まずあった反応は、中国政府による弾圧を支持する立場からの投稿だったという。ギルモアさんはこれを無視する。
だがそれに続いて、ギルモアさんの投稿に対して、全くの〝間違い〟だとする指摘が寄せられ、中には〝間抜け〟呼ばわりするものもあったという。
そこでギルモアさんは、自分の投稿を読み返してみて、その〝問題〟に気づく。
●「両手を上げる」ことの関連
非暴力をアピールするための〝両手を上げる〟デモのスタイルは、ファーガソンと香港で確かに共通していた。
だが、香港のデモ参加者がファーガソンを参考にしたかどうか、ギルモアさんは知らなかったし、そのような情報も目にしたわけではなかった。
香港のデモを、ファーガソンのデモを「見習った」と関係づける根拠を持っていなかったのだ。
ギルモアさんに対し、そのことを具体的に指摘したのはガーディアンの記者だったという。
いくつかのニュース記事をチェックするが、両者の関連を示すような〝証拠〟は見あたらない。
ギルモアさんは、最初のツイートを取り消し、こんな風に表現を〝弱め〟ようかとも考えたという。
強く訴えかける映像だ。ファーガソンのデモとの関連はあるのだろうか。
これならば、両者の関連について、より中立的な表現になる。
だがその時すでに、最初のツイートは、投稿から数時間で751回もリツイートを繰り返されていたという。
●メディアが拡散する
ギルモアさんの投稿は、リツートされだけではなく、それを引用する形でメディアが拡散するという事態になっていた。
ニュース解説サイト「ヴォックス」は、「ファーガソンを見習った」というギルモアさんのツイートを引用。それをさらに、ワシントン・タイムズが孫引きする、といった具合に広がっていった。
これに対して、ニュースサイト「クォーツ」は香港発で、「両手を上げる」スタイルについて、香港のデモのリーダーの指導によるもので、参加者の大半はファーガソンのことを知らない、として両者の直接的な関係を否定する記事を掲載した。
これを受けて「ヴォックス」も記事をより中立的に修正したようだ。
ギルモアさん自身も、香港の友人に問い合わせをしてみる。友人からは次のような返信があったという。
私に言わせれば、ファーガソンとジェスチャーが似ているのは、全くの偶然だろう。香港では、ファーガソンのことは主要メディアでもソーシャルメディアでも、ほとんど報じられていないのだから。
●生徒に聞く
ギルモアさんは、ブログ草創期の1999年からブログを続けている古参のジャーナリストブロガーでもある。
ギルモアさんは、結果的に、このてん末を自らのブログでまとめることにする。
ギルモアさん本人の思いは、ファーガソンと香港のつながりよりも、香港の抗議活動に対する敬意を示すことにあったのだ、と。
それに先立ち、アリゾナ州立大ジャーナリズムスクールの生徒たちに、反面教師の教材として、そのブログ投稿を読んでもらった。
そこで生徒から寄せられたひと言の一つがこれだという。
これをたまたま目にしただけの人たちは、私の意図を理解できるだろうか?
ギルモアさんは、この問いを肝に銘じることにしたという。
●「アラブの春」と「オキュパイ」
地球の裏側で起きていることが、関連し合うというケースもこれまでにあった。
たとえば2011年初めの中東民主化運動「アラブの春」で、民衆によるエジプト・カイロのタハリール広場占拠とムバラク政権の崩壊は、同年9月に始まる「オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せよ)」に影響を与えたと指摘された。
それだけに、話は余計ややこしくなる。
すべてがつながっているわけではないが、つながっていることもある。
今回の香港のデモの中心組織である「オキュパイ・セントラル・ウィズ・ラブ・アンド・ピース(OCLP)」は、その名前からも「オキュパイ・ウォールストリート」のイメージが重なる。
「アトランティック」は、2011年の「オキュパイ・ウォールストリート」、それに呼応した当時の香港の「オキュパイ・セントラル」と、今の新たな「オキュパイ・セントラル・ウィズ・ラブ・アンド・ピース(OCLP)」について、それぞれ運動としての射程の違いなどをうまく整理している。
一方で、「ウォール・ストリート・ジャーナル」のブログによると、中国政府寄りの現地紙は、デモのリーダーの一人、弱冠17歳のジョシュア・ウォンさんについて、米政府とのつながりがある、と報じているという。
米国とつながるイメージは、宣伝戦の材料にされる側面もあるようだ。
因果関係と相関関係と偶然を見分け、〝そのデータでどこまで言えるのか〟をわきまえる――当たり前のことだが、やはり改めて肝に銘じておきたいと思う。
(2014年10月5日「新聞紙学的」より転載)