ウクライナ危機発生から約4ヶ月が経過し、日本に避難してきたウクライナ人は1400人を超えた。母国に戻れる見通しが立たないなか、避難民の「就労」が新たな課題として浮かび上がってきている。
避難者の就労をめぐる現状、そして「受け入れ側」となる日本企業の反応とは。
日本に来た難民の就職を支援する NPO法人WELgee(ウェルジー)の山本菜奈さんに話を聞いた。
手厚い衣食住の支援の一方、見えてきた「就労」の難しさ
ウェルジーでは5月頃から、日本で暮らすウクライナ避難者からの就職についての問い合わせや相談が目立ち始めた。6月末現在で41人の避難者の就労支援を進めているという。
「ロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月くらいまでは、当事者の方も緊急避難で精一杯で、私たちに来る問い合わせも『今すぐウクライナを離れたい。どうにか力になってくれませんか』というものがほとんどでした。ただ、最近は『働ける企業を探したい』という依頼が増えています。同じ避難者からのSNS投稿や口コミで連絡が来るケースが多いです」
ウクライナ避難者には、公的、民間の手厚い支援があり、多くの人が当面の衣食住や日本語教育などにはアクセスできている状態だ。一方で、支援がいつまで継続されるかは不透明で、1年ごとに更新する「特定活動」の在留資格が将来的に打ち切られる可能性もある。将来の経済的な不安から、そして精神的な拠り所を得るためにも、就職を希望する人が増えてきているという。
一方で、就労をめぐるトラブルも起き始めている。SNSやネット上にはウクライナ避難者向けの求人情報が多く公開されているが、情報が不透明なケースも多い。山本さんによると、悪質な職場で働くことになってしまったり、風俗営業など在留資格で許可されていない職に就いてしまったりするケースも報告され始めているという。
また、 ウクライナ避難者には、高学歴者や技能者、特にIT業界での職務経験を積んだ人も目立つが、日本語能力が重視される日本の求人市場では、本人の希望に合った就労先を見つけるのは難しい現実もある。
「日本語が堪能でない外国人をいわゆるホワイトカラーのポジションで、かつ難民という背景を十分に理解した上で採用してくれる企業は少ない。経営者が思いやビジョンを持っている一部の企業にとどまる状況です」
難民に「後ろ向き」だった企業にも変化が
一方で、ウクライナ危機への社会的な関心の高さから、避難者の雇用に関心を持ち始めた企業も少なくはない。
ウェルジーにはウクライナ危機が発生した2月24日以降、 50を超える企業から就労受け入れや住居支援等の申し出が届いた。
これまでは「政治的な印象を持たれるのが不安」などと難民人材の採用や取り組みの発信に後ろ向きだった企業にも、姿勢の変化が見られるという。
「良くも悪くも、日本では『周りがやっている』とか『政府が主導している』とか、機運が大事。かねてから社内で難民人材の採用を提案してくれていた方がいるのですが、これまでは『なんでウチがやらないといけないのか』と突っぱねられていたところ、ウクライナ危機後、雰囲気が変わったそうです。『今なら社内で通せそうです』と興奮したご連絡を頂きました」
しかしながら、企業と避難者とのマッチングには慎重さも求められる。戦火から逃れてまだ日も浅いため、精神的に不安定な避難者も多いからだ。
「夜に眠れない、サイレン音を聞くと固まってしまうという避難者の方もいます。また、SNSで遺体が無加工で載っているような投稿を目にしながら、国に残してきた家族や友人を心配する日々が続いています。そのため、実際はすぐにフルタイムの仕事を始められる精神状態ではない方も多く、まずはパートタイムから働き始める、職場でも本人のいる場所で戦争の話題を控えるなど、職場との調整や周知が必要です」
企業と避難者との間に立ち、コミュニケーションを仲介するといった現在ウェルジーが担っているような役割も、今後さらに必要となっていくことが予想されている。
難民への関心 ブームにとどめず、ターニングポイントに
紛争や迫害で家を追われた人は5月、史上初めて1億人の壁を超えた。難民受け入れはもはや、一次庇護国の政府や、周辺国の難民キャンプなどに逃れた難民を第三国が受け入れる第三国定住によるものだけでは間に合わなくなってきている現状がある。
そこで重要になってきているのが、政府だけではなく、企業や大学、市民団体などマルチセクターによる「難民の補完的な受け入れ」だ。例えば、教育や雇用などの機会を通じ、企業や大学が難民を「社員」や「留学生」として受け入れる方法がある。こうすることで、難民は、保護や自立に繋がる機会へのアクセスを得ることができる。
このように、社会全体で難民保護を推し進めていくことが求められているなか、日本社会はいまだかつてない規模の避難者の受け入れを経験することになる。
山本さんは、社会で高まった難民への関心を「ブームにとどめてはいけない」と強く訴える。
「難民の人たちに『日本に来てよかった』と思ってもらえる仕組みを社会全体で作っていくターニングポイントにしていかなければなりません。ウクライナ避難者に対して世の中の関心がしぼむ時期も必ずやって来ると思いますが、実際はそこからが正念場。避難者の人生を中長期的に再建していくという段階に社会をどれほど巻き込めるかが重要だと思っています。そして、アフガニスタンやシリアなど他の地域からの難民にも目を向けてもらう機会にしていかなければなりません」