政治報道をめぐってテレビ各局で”萎縮”が進むなか、見過ごせない事態が進みつつある。
自民党がテレビ局会社に「要請」という名の牽制を行ったとたん、ひるんでしまったように見えるテレビ局が出ているのだ。
テレビが政治にひるんでしまって、伝えるべきことを伝えていないとしたら、国民にとっては大きなマイナスだ。
どの番組か?
テレビ朝日「朝まで生テレビ!」だ。
11月28日(金)の深夜(厳密な日付としては29日未明)の「激論!総選挙直前!これでいいのか?!日本の政治」でのコメンテーターの直前の変更が起きた。
共同通信が報道している。
「朝生」で評論家出演中止 「質問偏る」とテレビ朝日(共同通信・11月28日)
衆院選をテーマにしたテレビ朝日系の討論番組「朝まで生テレビ!」(29日未明放送)で、パネリストとして出演予定だった評論家の荻上チキさんが「質問が一つの党に偏り公平性を担保できなくなる恐れがある」などとしてテレ朝側から出演を取り消されていたことが28日、荻上さんへの取材で分かった。
タレントの小島慶子さんの出演も取りやめになっており、パネリストは各党議員のみとなった。荻上さんは「議員だけでないと中立性を保てないというのでは、討論番組の幅を狭めてしまう」と疑問を呈している。
当事者である荻上チキ氏はツイッター上で前日の27日にこの件を報告している。
(1)明日の「朝まで生テレビ」。当初出演予定でしたが、前日に電話があり、急きょ出演がなくなりました。番組としては「各党議員+ゲスト数人」という構成を予定していたのですが、「ゲスト数人」の部分がなくなったとのことで、議員の方だけの議論になるそうです。
(2)出演がとりやめになった理由としては、ゲストの質問によっては「中立・公平性」を担保できなくなるかもしれない、というのものだと聞きました。「ゲストが僕だから」というのものではなくて、「文化人・知識人枠」を入れることそのものを取りやめたそうです。
(3)「朝生」ではこれまでも何度も「各党議員+ゲスト数人」の構成で選挙特集をやってきましたし、僕も何度か出演してきました。今回、そうした構成でできないというのは残念ですが、無理やり出るわけにもいきませんので、いち視聴者として見守りたいと思います。
(4)個人的には、議員の方はゲストの質問にも自由に答えられるので、応答の時間があれば問題ないのではなかとも思いますし、議員同士でないと「中立・公平性」の上で問題ありとなれば、討論番組の形式を縛ることになるとも思います。
(5)ちなみに、番組スタッフに「誰かが何か言ってきたりしたんですか?」と確認しましたが、あくまで局の方針と番組制作側の方針が一致しなかったため、とのことでした。番組スタッフも戸惑っていた模様です。この件については、当事者である荻上チキ氏がツイッターで説明している。
(6)自分が出られないのも残念ですが、自分とは関係なくとも、これを機に討論番組がやりづらくなったりするのが一番嫌だなーと思います。構成を変更する話も、急きょでてきた話とのことなので、今後の方針がどうなるかは気になります。
(7)この件については、番組スタッフの方に、話すことやツイートすることは問題ないと仰っていただいたので、簡単に報告させていただきました。以上。
荻上チキ 11月27日
荻上氏がテレビ朝日から受けた説明によると、出演がなくなったのはゲストが荻上氏だから、という理由ではなく、そもそもゲストを政治家に統一し、「文化人・知識人枠」をなくしたから、という理由だという。
当日の『朝まで生テレビ!』を見た。
自民党・武見敬三、公明党・西田実仁、民主党・大塚耕平、維新の党・藤巻健史、次世代の党・松沢成文、共産党・大門実紀史、生活の党・松崎哲久、社民党・福島みずほなど各政党の代表の他はテレビ朝日コメンテーター・川村晃司、それに司会者として田原総一朗が登場した。
確かに「文化人・知識人枠」のゲストはいなかった。
ただ、一方で、気になるのは、荻上氏のツイッターの(5)にある
「局の方針」と「番組制作側の方針」が一致しなかったため
という部分だ。
つまり、「番組制作側の方針」ではこれまでの『朝生』でよくやっていたように、「文化人・知識人」などのゲストが政治家に質問する番組構成をイメージしていたことが分かる。
ところがそれが「局の方針」とは一致しなかったかった。
しかも、一度は出演依頼されて承諾していた荻上氏に伝えられたのは放送前日の11月27日だったという。
私もテレビ番組の制作現場にいたので分かるが、前日に出演者がきゅうきょ変更になる、というのはよほどの非常事態である。
よほど局の高いレベル(通常は社長クラス)から「局の方針」が伝えられるなどの「よほどの異変」がなければありえない。
テレビの番組制作というのは、出演者のブッキングも含めて、準備段階が命とも言ってよいからで、制作者は準備段階に手抜かりがないように配慮するのが通常だ。それをきゅうきょ変更させられた制作者側の苦渋は想像できる。
だとしたら何があったのか?
テレビ朝日が荻上氏にパネリストとしての出演依頼の取り消しを伝えた11月27日、新聞各社が報道したのが、自民党が主要な各テレビ局に選挙報道で細かい公平性を要請した、という事実だった。
衆院選:自民 テレビ局の選挙報道で細かく公平性要請(毎日新聞・11月27日)
自民党がNHKと在京民放テレビ局に対し、選挙報道の公平中立などを求める要望書を渡していたことが27日分かった。街頭インタビューの集め方など、番組の構成について細かに注意を求める内容は異例。編集権への介入に当たると懸念の声もあがっている。
要望書は、解散前日の20日付。萩生田光一・自民党筆頭副幹事長、福井照・報道局長の両衆院議員の連名。それによると、出演者の発言回数や時間▽ゲスト出演者の選定▽テーマ選び▽街頭インタビューや資料映像の使い方--の4項目について「公平中立、公正」を要望する内容になっている。街頭インタビューをめぐっては今月18日、TBSの報道番組に出演した安倍晋三首相が、アベノミクスへの市民の厳しい意見が相次いだ映像が流れた後、「これ全然、声が反映されてません。おかしいじゃありませんか」と不快感を示していた。
出典:毎日新聞
テレビ朝日から荻上氏への出演とりやめの連絡があったタイミングとあまりに一致するではないか。
自民党の要請そのものは「選挙報道では中立公正を」という「ごく当たり前のもの」に見える。
一般の人には分かりにくい面があるが、その「ごく当たり前のもの」が実際にテレビ報道の現場で徹底されるとどうなるか。
街頭インタビュー1つとっても、与党を評価する人、評価しない人などの割合をどう配分していくかを配慮しなければならない。
かといって、すべての政党が納得するような中立・公正の報道、厳密な意味での客観的な中立・公正など、不可能なことだ。
各政党で主張が違う以上、どこかの政党にとって「中立・公正」な報道は、別の政党にとっては「偏向報道」ということになる。
そうなると、テレビ局はそうした街頭インタビューなどは後で抗議されるおそれがあるなら、あえて使わないで放送しよう、ということになる。
そうやって「自粛」する空気が広がる。
消費増税、アベノミクスに庶民がどう感じているかという単純な「国民の声」さえ、ニュース報道に反映されなくなる。
あるいは、自分たちが独自に取材して実態を明らかにするような「独自の報道」や「調査報道」は後から政党からどんな抗議が来るかもしれないのでやらない方が無難ということになってしまう。
記者たちはアベノミクスや医療儀などの負担増で苦しむ年金生活者の老人の声を取材しようとはしなくなってしまう。
テレビ報道の変遷をウォッチしている私がこのニュースで真っ先に脳裏に浮かべたのが、昨年7月の参議院選挙直前に同じように自民党がTBSに対してニュース報道の内容が偏向しているとして「出演拒否」「取材拒否」を通告した事件だった。
くわしいことは当時ネット上に書いた記事に譲るが、発端になったTBSのニュース報道を学生たちに見せたところ、与党に有利な報道だと受け止める学生の方が多かった。
安倍自民党の「取材・出演拒否」で腰砕けのTBS。対象番組への大学生の評価は意外な結果
結果は、「与党に有利な報道だと感じた」が41%。「野党に有利な報道だと感じた」が38%。「どっちが有利とも言えない」が21%。
意外なことに一番多かったのが「与党に有利」だった。理由として学生たちが挙げたのは、「VTRの中で安倍首相はじめ自民党の映像が占める時間が長く、結果として自民のイメージが強い」という感想。それに「ねじれ国会で野党が出した問責決議が可決され、結果として重要法案が成立しなかった。ねじれをなくさないと大変だという印象を視聴者に抱かせた。自民党に有利に働いたニュース」という声も多数あった。
選挙選突入にタイミングを合わせ、釈明に行ったTBSを自民党が「許す」形になり、出演拒否、取材拒否は形だけで終わった格好になった。
この”TBSへの抗議事件”が、各民放やNHKなどテレビ報道を担う各社の幹部やデスク、記者たちに与えた影響は少なくなかった。
各社は選挙報道にあたっては「政策」を独自に評価する報道を手控える傾向を見せるようになり、むしろ、各政党がこう言っている、と「言い分」を横並びさせるばかりの「機械的な公平報道」に徹するようになった。
「次の標的はテレビ朝日だろう」
どちらかというと与党に批判的な報道姿勢のTBSを参院選前に標的にして、牽制に成功した後は、テレビ朝日もターゲットになると私は予想していた。
事実、今回、自民党がテレビ各社に送った要望書には、名指しこそしていないが、明らかにテレビ朝日の「椿問題」(1993年)を指す出来事に言及している。椿問題とは1993年の総選挙でテレビ朝日が当時の報道局長の椿貞良氏の号令の下、看板報道番組「ニュースステーション」などで非自民連立政権誕生を意図した報道を行ったとされる問題だ。
自民党が各テレビ会社に出した要望書には椿問題と思われる事件にも触れている。
また要望書では、「過去にはあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題になった事例も現実にあった」とも記し、1993年の総選挙報道が国会の証人喚問に発展したテレビ朝日の「椿問題」とみられる事例をあげ、各局の報道姿勢をけん制している。
出典:毎日新聞
私はニュース報道の研究者として、安倍首相による解散・総選挙が本決まりになって以来、各テレビ局のニュース報道を注視している。
アベノミクス、消費税、原発政策、TPP、憲法問題など、いろいろある政策や争点について、独自に関係者を取材して視聴者に材料を提供しようとする報道が目立つのは、テレビ朝日の『スーパーJチャンネル』と『報道ステーション』だ。
その他の局や番組は、NHKの『ニュースウォッチ9』を含めて、あえて「争点」「政策」に踏み込んだ報道をしていない。
つまり、安倍政権にとっては、今やテレビ朝日さえ、言うことを聞かせることができれば、ほぼ各テレビ局はコントロールできているというような状況が出来上がりつつある。
テレビ朝日をはじめ、テレビ各社は、自民党による『要請』を一種の脅しだと受け取って、すっかりひるんでしまったかのようだ。
こうした状況にメディアの中でも危機感が広がっている。
東京新聞は社説で『自民の「公正」要請 TV報道、萎縮させるな』という論陣を張っている。
『自民の「公正」要請 TV報道、萎縮させるな』(東京新聞 11月29日社説)
テレビの総選挙報道に「公正」を求める文書を、自民党が在京各局に出していた。形は公正中立の要請だが、街頭インタビューのあり方まで注文した内容は、圧力と受け止められてもしかたない。
文書が出されたのは衆院解散の前日の二十日で、在京キー局の編成局長と報道局長宛て。差出人は自民党の筆頭副幹事長、萩生田光一氏と同報道局長の福井照氏の連名になっている。
「お願い」の体裁をとっているが、プレッシャーを感じさせる内容だ。
衆院選について、選挙期間が短く報道の内容が大きく影響しかねない、とした上で「過去にあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道し、大きな社会問題となった」と、一九九三年に民放が放送法違反を問われた事件をあえて指摘。続けて出演者の発言回数や発言時間、ゲスト出演者やテーマの選定、街頭インタビューや資料映像まで四項目を列挙し、一方的な意見に偏ることがないよう求めている。
自民党がここまで神経質に、具体的に「要請」する狙いは何か。文書にはないが、行間には争点になっているアベノミクスや安全保障、原発再稼働などで自民党に対する批判的な識者、意見、街頭インタビューの露出を減らし、批判の広がりを抑えようとする意図がにじんでいる。
言うまでもないことだか、テレビや新聞などのジャーナリズムの役割は、権力をチェックすることが役割だ。
報道として伝えるべきことを伝える。
知らず知らずのうちに”脅し”に屈しているとしたら、各放送局はテレビ報道などという看板はおろしてしまうほかない。
(テレビ報道をめぐる様々な問題について『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)を出版した。
『内側から見たテレビ
やらせ・捏造・情報操作の構造』
水島 宏明
テレビはかつて「びっくり箱」だった。そこには驚きがあり、興奮があった。しかし、いまやテレビは捏造、ヤラセ、偏見のオンパレード。なぜ、かくもテレビは劣化してしまったのか? その構造的問題を浮き彫りにし、テレビに騙されないための知識を伝授。
出典:朝日新聞出版
昨年の参議院選挙直前にTBS「NEWS 23」に「偏向」だとして自民党が抗議した事件の顛末も記している。
テレビ報道の現状に興味がある人に読んでいただきたい。)
(2014年11月29日「Yahoo!個人」より転載)