和田毅のメジャー初完封を取り消したのは誰だ? コールドゲームが一転、再試合となる珍事

雨が降り出したのは五回表、カブスの和田毅が1死二塁のピンチの場面で投げている時だった。左投手に強い2番ペンスを右飛、同じく左が好きな3番ポージーを遊飛に仕留めると、雨はさらに―いや、実際には瞬く間に集中豪雨へと変わって、フィールドに降り注いだ。
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集中豪雨が来て、屋根から滝のように流れていた

雨が降り出したのは五回表、カブスの和田毅が1死二塁のピンチの場面で投げている時だった。左投手に強い2番ペンスを右飛、同じく左が好きな3番ポージーを遊飛に仕留めると、雨はさらに―いや、実際には瞬く間に集中豪雨へと変わって、フィールドに降り注いだ。

写真にもあるように、雨が屋根から滝のように流れ落ちていたぐらいだ。グラウンドクルーが防水シートを被せようとしたが、あまりの短時間で集中的に雨が落ちた為シートの上に雨が溜まって重くなったのだろう、クルーが何度挑戦してもシートが正しい角度、正しい形で広がらなかった。その間も雨は降り続き、ダイヤモンドの3分の1近くは完全に泥沼状態。結局、追加のシートを被せる形で応急処置が行われた。

正式に試合が中断したのは午後8時40分。雨が止んだ後も防水シートが被せられなかった部分のダメージが大きく、新しい砂を入れるなど、懸命の復旧作業が行われたにも関わらず試合はなかなか再開されなかった。その後も何度か審判団と両チームの監督がフィールドの状態を確認して訪れたが結論はなかなか出なかった。

ガラガラになった観客席に“What are F●▲K you waiting forrrrrrrrrrrr(いったい何を待ってやがるんだぁぁぁぁぁ)?”という枯れた声の情けない絶叫が響いて、記者席の我々を失笑させたのは午前1時過ぎのことである。審判団が再び姿を現し、五回表終了時点コールドゲームによる試合成立を告げた。試合時間は1時間35分で中断時間は4時間34分。合計6時間09分という異例の長さになった。

「ジャイアンツが優勝争いをしているのを考慮して、時間をかけてでも何とか9回をやり抜こうと努力しました。それでも(フィールドの)状態が良くならなかったのです」

と、カブスのジェッド・ホイヤーGMは言った。ルール上、「日を改めて五回裏から再開」というわけには行かないらしく、一度はカブスが「五回表終了時点のコールドゲームにより2-0の勝利」ということで試合が成立してしまった。これはナ・リーグ西地区の優勝争いをしているジャイアンツにとっては、許されないコールド負けである。

怒りのジャイアンツのブルース・ボウチー監督は試合後、地元の記者団に対してこうコメントしている。

「不満に決まっているだろう。今この時期には起こってはならないことだ」

ジャイアンツはすかさずメジャーリーグ機構に抗議。機構側も迅速に行動して翌20日には、一日置いて21日の夕方からの試合再開(五回裏のカブスの攻撃から)が決定した。

ここで再び、ホイヤーGM。

「ジャイアンツもMLBもビデオを見たし、見れば見るほど、防水シートが正しい形で被せられなかったことが分かったということ。それが(昨夜)起こったことなのですよ」

ホイヤーGMは、本拠地リグレーフィールドのグランドクルーについて「最善を尽くした」と言った。コールドゲームが再試合になった責任を押し付けることはなく、正しい形(アメリカの防水シートは内野全体を覆える巨大な正方形だ)で防水シートを被せられないほどの雨が降ったという事実を強調した。それは試合の続行か否かを決める審判団も同じで、コールドゲームを決めた夜、ウェンデルスタッド主任審判はこう言っている。

「レーダーにはあんな激しい雨が降るような雨雲なんて見当たりませんでした。誰ひとり、あんなことになるなんて思わなかったのです」

困ったのは我々、日本のメディアである。5回とはいえ、試合が成立した時点で和田のメジャー初完封勝利が記録されたからだ。カブスは試合後、選手の疲労を配慮して会見を開かなかったが、翌日の練習後にそれは開かれ、「自分には結果(が大事)なんで、5イニングを投げてチームに勝ちがついたのは、これ以上ない結果だった」という幻のコメントが残された。救いだったのは、和田自身がそれほど“完封勝利”のことを気にしていなかったことだ。彼は再試合の決定後に追加取材した時にも「まだ負けたわけじゃないんで、チームを応援します」という前向きなコメントを残してくれた。

コールドゲーム→ジャイアンツの抗議→残りのイニングの再試合決定の珍事。一番得をしたのは和田の好投を目撃し、最後まで声を枯らして試合続行を訴え続けた観客だったかも知れない。

和田の3勝目がかかっている注目の再試合(五回裏のカブスの攻撃から再開)は、21日の午後7時05分開始予定のナイトゲームの前(午後4時05分から)に行われる予定だが、19日の試合のチケット保有者は再試合はもちろん、21日の第2試合のほうも入場可能で、第2試合のチケット保有者も第1試合を観戦可能だという。おまけに21日の試合のどちらも見られない19日のチケット保有者は、平日の試合なら残り試合のいつでも観戦可能だという。もちろん観客を4時間34分も待たせたカブスの「お詫びのしるし」である。

ちなみに「いったい、何を待ってやがんだぁぁぁぁぁ?」と絶叫した男。普段ならF言葉を公然と吐いた観客は退場になるが、あの夜に限ってはそうはならず、コールドゲーム決定時にもう一度、悪態をついて悠然と帰っていった。

彼が21日の再試合に帰ってくるかどうかは分からないが、ガラガラになった観客席に響き続けた情けない絶叫も、どうやら無駄ではなかったようである―。

(文中敬称略)

ナガオ勝司

1965年京都生まれ。東京、長野を経て、1997年アメリカ合衆国アイオワ州に転居。1998年からマイナーリーグ、2001年からメジャーリーグ取材を本格化。2004年、東海岸ロードアイランド州在住時にレッドソックス86年ぶりの優勝を経験。翌年からはシカゴ郊外に転居して、ホワイトソックス88年ぶりの優勝を目撃。現在カブスの100+?年ぶりの優勝を体験するべく、地元を中心に米野球取材継続中。 訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員。