津端修一さんとクラインガルテン/反響を呼ぶ夫妻の心豊かな生活

クラインガルテンとは直訳すると「小さな庭」。

森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を発信しています。9月号の「時評」では、最近になってドキュメンタリー映画が公開されるなど関心を呼んでいる建築家の故津端修一さんの功績を、松下和夫・京都大学名誉教授が振り返っておられます。

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今から35年ほど前、私は環境庁の企画調整局(当時)で勤務していた。当時の環境庁は、産業公害対策がやや一段落したこともあり、広義の生活の質の向上、とりわけ快適環境(アメニティ)の施策に取り組もうとしていた。

その担当チームの一員であった私は、シンポジウムの開催、先進事例の収集・普及、そしてアメニティ・タウン構想に基づくモデル都市の計画作りへの補助などの業務に奔走していた。

そんなある日、飄々とした雰囲気で黒縁のロイド眼鏡をかけた風変わりな大学の先生が訪ねてきた。手渡された手書きの名刺には「つばた修一」と書かれていた。著名な建築家として知られていた津端修一さんであった。

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●庭の畑に立つ津端修一さん(左)と妻の英子さん=2009年1月、愛知県春日井市(朝日新聞)

津端さんは、ドイツで長年の歴史を持って定着していたクラインガルテンの考え方を日本に導入しようと、熱く語っていかれた。クラインガルテンとは直訳すると「小さな庭」となるが、「市民農園」とも言われている。

ドイツでは、貸し農園の設置を国で制度化したクラインガルテン法が1919年に制定され、貸し農園を「クラインガルテン協会」が管理し、希望者は区画を借りる。

利用者数は50万人を超え、利用者1人当たり平均面積は100坪ほどで、野菜や果樹、草花が育てられ、ラウベと呼ばれる小屋が併設されている。

都市周辺のクラインガルテンはまとまって緑地帯を形成し、都市部での緑地保全や子どもたちへの自然教育の場としても、大きな役割を果たしている。

その後、津端さんとは何度かシンポジウムや関連調査でご一緒する機会があったが、しばらくすると直接のお付き合いは途絶えた。それでも時々耳にする津端さんの活動には引き続き関心を持っていた。

そんな折、津端さんと妻の英子さんの生活を描いたドキュメンタリー映画『人生フルーツ』が公開され、反響を呼んでいることを知った。

津端ご夫妻の共著『キラリと、おしゃれ キッチンガーデンのある暮らし』も10年ぶりに重版され、評判になっているという。

津端さんは愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの計画・設計に携わり、本来の地形を活かし、町の中に雑木林を残して町の中を風が通り抜けるようなマスタープランを作った。

しかし、その意に反し、計画が進むにつれ、山を削って谷を埋め、平らな土地に団地が並ぶいわゆるニュータウンへと変わってしまった。

津端ご夫妻は1970年に高蔵寺ニュータウンの集合住宅に入居し、その5年後にはニュータウン内で300坪の土地を購入し、家を建てた。

そして「里山を取り戻す実験をする」ためにここで暮らし続けることを決意し、敷地内にキッチンガーデンを作った。

クラインガルテンの思想を自ら実践され、半自給自足で心豊かな人と人との関わりを大事にする生活を送ってこられたのである。津端さんは2年前に享年90歳で永眠された。