それでもトランプ大統領は負けない。なぜなら...

「トランプのアメリカ」は、分断を招く、人種・移民・難民・女性差別を声に出していいのだというネガティブな意識を解放してしまった。リベラルなニューヨークでも、人種差別的な発言に稀に出会う…
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 過去のこんな経験を、最近よく思い出す。

「寿司なんか食べないんだ」

「日本から来て、どんなステータスで、米国にいるの?」

 南部ノースカロライナ州の高級住宅地で、クリスマス・パーティに招かれた時だ。20人ほどの白人家族が集まり、ニューヨークで作ればあっという間になくなるちらし寿司を作っていった。そのお皿を持って回った際、白人の年配夫婦にそう言われた。

 一緒に行ったスペイン人(白人)科学者は、グリーンカードを取得した直後だった。

「どうして、グリーンカードが取れたのかな」

と同じ夫婦。私とスペイン人友人は、クリスマスのワインの酔いも覚め、身の危険のようなものを感じ、あとはキッチンを離れなかった。

 ニューヨーク・マンハッタンのマンションの洗濯室で、白人の中年女性が、「洗濯機の使い方を、この人に教えてあげてくれないかしら」と話しかけてきた。フィリピン人家政婦を連れている。私のことも、家政婦と思ったのだろうと察して、こう答えた。

「ノープロブレム。ここに住んで2年経ちますから」

「あら、ではここは好き?」

「安全で、いいご近所ばかりです」

「そう、あなたはその安全さを利用しているのね」

 記憶の中で封じ込めていた嫌な経験が思い出される。

 出張で南部のレストランに行って、10分以上も注文を取りに来ない。ウェイターを呼ぶと、彼はオーナーらしき白人女性を連れてきた。

「なぜ、ここにいるの?」

「出張中で、急いで食事がしたいんですけど」

「あら、履歴書を持ってきたのかと思ったわ」

 リベラルなニューヨークでも、人種差別的な発言に稀に出会う。

 映画館の入館の列に並んでいて、10代の白人の女の子が携帯で、友達と話をしていた。あまりに言葉に品がなく、声が大きかったので、後ろにいた黒人男性が、丁寧にこう言った。

「ちょっと、声が大きいと思うのですよ」

 すると、そのティーンズは、ちらっと彼を見て、電話口に向かってこう言った。

「聞いてよ。ここにいるニガーが、うるさいっていうのよ」

「ゴー・バック・トゥー・チャイナ」と言われたことは、かなり以前だが、2度ほどある。

 ニューヨークに住んでいる限り、こうした人種差別主義者は、米国では少数なのだと思っていた。南部や中西部に行かなければ、「何人も自由で平等」という米国人の方が「主流」なのだと思っていた。

 それは、今や間違った認識だったと言わざるを得ない。「トランプのアメリカ」は、分断を招く、人種・移民・難民・女性差別を声に出していいのだというネガティブな意識を解放してしまった。前述したような私の経験は、今後増え続けるだろう。

 実際に、ロイター通信などの世論調査によると、イスラム圏7カ国の市民の米国入国を禁止したトランプ氏の大統領令は、国民の半分の支持を得ている。具体的には、大統領令について「強く支持する」と「ある程度支持する」との回答は計49 %。「強く反対する」と「ある程度反対する」は計41%、「分からない」が10%だった。

 ここでは、民主党支持者では53%が「強く反対する」、共和党支持者では51%が「強く賛成する」と回答した。つまり、大統領選挙の結果を照らし合わせれば、トランピストは「入国禁止賛成」、反トランピストは「反対」ということだ。

 前述した移民・外国人嫌いの市民は、トランプ氏の大統領令に「よくやった」と溜飲を下げている。

 難民は病気と犯罪をもたらす。移民や外国人は、雇用を奪う。不法移民の子供は、米国人の税金を使って義務教育を受けている。不法移民や外国人は、税金が使われた社会インフラや社会福祉の恩恵を受けている。白人ばかりのマンションに住むアジア人ジャーナリストは、その安全性を利用し、享受している。

 そういった全てのことが、我慢ならない人々が、選挙日以降「主流」になった。

 この我慢ができない人たちは、私も含め、メディアや経済界、ワシントンの保守本流、そして海外の政界・メディアが「主流ではない」と思い込んでいた。しかし、その「主流ではない」と思われていた何百万人もの米国人にとって、トランプ大統領は、「救い主」「ヒーロー」「チャンピオン」だ。トランプ氏と、彼の首席戦略官スティーブン・バノン氏が運営していたオルト右翼サイト「ブライトバート・ニューズ」などは、背中を押してくれた。

「女性を、移民を、難民を、同性愛者を、差別してもいいんだよ。主流と思っている奴らに、そうではないと思い知らせてやれ」

 選挙の投開票日にもこう書いた。今は、これが米国の「真の姿」であると。非主流派となったリベラル派との接点や対話すらも生まれていない。非主流派は今、自治体の選挙でなんとか議席や首長の座を獲得し、2年後の中間選挙で、民主党が議会で多数派となるための努力をしている。

 入国禁止の大統領令は、ワシントン州の連邦地裁判事が全米で大統領令の即時停止を認め、対象国の渡航者の入国が再開した。同判事は、ブッシュ大統領が指名し、上院で99票の任命票(上院の定員は100名)を得た立派な人物だそうだ。

 トランプ大統領は、その彼を「いわゆる判事」とツイートした。それが、3万2000回リツイートされた。同様に、以下は2万4000回リツイートだ。

「あの判事は、潜在的なテロリストと、アメリカの最大の利益を考えていない人々に対し、国をオープンにした。悪い奴らは、ハッピーだ!」

 Twitterをしている人なら、この反響が何を物語るか分かるだろう。ちなみに、前述のロイター通信の調査に応じた人は、1201人だ。

 しばらくは、トランプ大統領は負けない。「主流派」がついている限りは。

筆者・津山恵子

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ニューヨーク在住。ハイテクやメディアを中心に、米国や世界での動きを幅広く執筆。「アエラ」にて、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOを単独インタビュー。元共同通信社記者。

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