ドナルド・トランプ大統領は、フェイスブック上で流布していた陰謀論などのデマニュースが生み出したのか?
今回の米大統領選では、ソーシャルメディア、中でもフェイスブックの果たした役割が様々に検証されている。
メディアとしての影響力を持ちながら、責任を果たしていない―。
フェイスブックはこの大統領選を通じて、その批判にさらされてきた。
特に注目を集めているのは、トランプ陣営にとって追い風となる、数々のデマニュースを拡散する舞台となっていた点だ。
だが、CEOのマーク・ザッカーバーグさんは、その責任を認める気はないようだ。それらの指摘に対して「バカげた考えだ」と批判を展開している。
その一方で、トランプ大統領誕生をめぐる、既存メディアの責任も問われている。
●フェイスブックの存在感
ネット調査会社「ニュースホイップ」によると、米大統領選の投開票までの直前1週間で、もっともエンゲージメント(「いいね」、共有、コメント)の多かったフェイスブックページは、トランプ氏の公式ページで、1240万件。
以下、フォックスニュース(950万件)、クリントン氏公式(700万件)だった。
前回2012年の大統領選当時、フェイスブックの月間アクティブユーザー数は10億人。それが今年9月末には17億9000万人だ。
フェイスブックの存在感は格段に大きくなっている。
米国の総人口3億2000万人のうち、2億人以上がフェイスブックのユーザーだ。
しかもピュー研究所の調査では、米国の成人の44%はフェイスブックを通じてニュースに接しているという。
フェイスブックは、世界最大のメディアとなった。だが、その存在感に見合う責任を果たしているか。それがこの数カ月、フェイスブックをめぐる批判の論点だった。
By Maurizio Pesce (CC BY 2.0)
トランプ氏当選は、この議論に新たな事例を加えた。
デマニュースが、フェイスブックを舞台に拡散し、それがトランプ氏への追い風となったのではないか、との批判だ。
●デマニュースの拡散
ニューヨーク・マガジンのマックス・リードさんは投開票の翌日、「ドナルド・トランプ氏はフェイスブックによって勝利した」との記事を掲載した。
フェイスブックがトランプ氏に勝利をもたらした最も明白なやり方は、デマ、あるいは偽のニュースの問題に対処できなかった(あるいはそれを拒否した)ことだ。偽ニュースはフェイスブック固有の問題ではない。ただ、膨大なユーザー、そして、共有への熱気、同じようなニュースを次から次へと見せていくニュースフィードのアリゴリズムなど、その配信のメカニズムが、フェイスブックをこの金のあふれる市場を支える唯一のサイトに仕立てたのだ。そこでは、怪しげなメディアがフェイスブックからトラフィックを抜き取り、人々を広告で飾り立てたサイトに呼び込む。そのために、真実とは縁もゆかりもない改竄、誤報、誇張、あるいはそのすべてを盛り込んだ記事を使うのだ。
フェイスブックを舞台に、デマニュースを量産する政治メディアが増大しているという問題はすでに8月、ニューヨーク・タイムズ・マガジンでジョン・ハーマンさんが指摘していた。
9月には、ガーディアンのアラン・ユハスさんが主だったデマニュースをまとめて検証している。
その多くはトランプ氏支持(クリントン氏・オバマ政権中傷)の内容だった。
ファクトチェックの専門家でバズフィード・カナダの創設者、クレイグ・シルバーマンさんの調査では、デマニュースは、事実のニュースよりも、広く、早く拡散し、フェイスブックでより多くのエンゲージメントを獲得することががわかっている。
これは今年7月に出回ったデマニュースだが、フェイスブック上での共有数は10万件近く。一方、このニュースをデマだとした検証サイト「スノープス」の記事の共有数は7万件程度だった。
この他にも、投開票日の3日前、"デンバー・ガーディアン"という実態のないニュースサイトが「クリントン氏流出メール担当のFBI捜査官、無理心中」のデマニュースを流した。
これには56万8000件のフェイスブックでの共有があったが、これがデマであることを指摘したスノープスの記事の共有は9400件にとどまっている。
●目的は広告収入
これらのデマニュースは、トランプ支持派として知られるネット上の活動グループ「オルタナ右翼」による、政治的な動機に基づくものも多いと見られる。
だがそれだけではないことも、わかっている。
マケドニアの10代の少年たちが、広告料収入獲得の目的で、大量のトランプ支持のデマニュースサイトを配信していることが、ガーディアンのダン・タイナンさんや、バズフィードのシルバーマンさんらの調査で明らかになった。
タイナンさんの調べでは、このようなドメインは判明しただけでも140にのぼるという。
コンテンツを"トランプ支持"の内容にしているのは、その方がトラフィックがかせげて金になるから、だという。
シルバーマンさんはこう述べている。
これらのサイトを運営している若者たちは、トラフィックを生み出す最善の方法は、政治ニュースをフェイスブック上で拡散させること、そしてフェイスブック上で共有を生み出す最善の方法は、トランプ支持者に迎合したセンセーショナルで、しばしばデマのコンテンツを配信することだ、ということを学んだのだという。
●メディアからの批判
大統領選の結果を受けて、改めてフェイスブックのデマニュース問題を追及する声は高まっている。
ニーマン・ジャーナリズムラボ所長のジョシュア・ベントンさんは、17億9000万人というユーザーを擁するフェイスブックが、デマに真剣に取り組む必要がある、と指摘する。
我々の民主主義は多くの問題を抱えている。しかし、フェイスブックが、そのユーザーたちが共有し、受け入れるニュースの真実性に取り組むこと、しかも本気で取り組むこと以上に、インパクトのある対策はあまりない。
フォーチュンのマシュー・イングラムさんもこう指摘する。
フェイスブックのような巨大メディアなら(そのレッテルを避けたがっているとしても)、その責任にしっかり向き合う義務がある。あるいはカーテンの裏にアルゴリズムを隠しておくだけじゃなく、協力を求める必要も。
英ガーディアン出身でコロンビア大学デジタルジャーナリズムセンター所長、エミリー・ベルさんも批判的だ。
フェイスブックは、真実よりも感覚が重視される環境を作り出す手助けをしてしまった。今度は、そのフェイスブック自体への社会の認識がもたらす結果に、同社は取り組む必要がある。
だが、フェイスブックに選挙結果への責任あり、とする見方には、否定的な意見もある。
ノースカロライナ大学チェペルヒル校准教授、ダニエル・クライスさんは、デマニュースの動きは、決してフェイスブックの登場が生み出したものではなく、戦後の保守派の系譜に位置づけられるものだ、と述べる。
インターネットが"事実の終焉(ポストファクト)""真実の終焉(ポストトゥルース)"時代をもたらしたのではないし、陰謀論や白人ナショナリズム、保守アイデンティティ、その敵役、さらにはジャーナリズムから科学にいたるまで、知識を生み出す組織への不信感を生み出したわけでもない。それを生み出しのは、第2次世界大戦後の保守派の運動であり、共和党であり、トークラジオショーからフォックスニュースにいたるメディアだ。ソーシャルメディアを取り込むことで、反移民感情、保守派アイデンティティ、ポピュリスト的レトリック、経済不安といった、2016年の大統領選の特徴をより可視化した、ということはあったかもしれないが、ソーシャルメディアがそれらを生み出したわけではない。
ニューヨーク大学教授のジェイ・ローゼンさんも、懐疑的な立場だ。
トランプ氏の勝利についてフェイスブックを責めるのはバカげている。ただ、フェイスブックに対して、さらなるデマ対策を要求することは、バカげているとは言えない。
ノースカロライナ大学准教授、ゼイネップ・トゥフェッキさんは、こう指摘する。
今日の世界では、フェイスブックのアリゴリズムこそが、ニュースと情報の消費の中心だ。いかなる歴史かも、それ抜きに2016年を記すことはないだろう。
●「バカげた考え」
そもそも、ザッカーバーグさんは、「フェイスブックはテクノロジー企業、メディア企業ではない」として、コンテンツの編集にかかわる責任には否定的な立場を貫いている。
ただ、それとは矛盾する態度も明らかになっている。
ウォールストリート・ジャーナルが報じたところによると、昨年末、フェイスブック社内で、「イスラム教徒の入国を禁止せよ」といったトランプ氏のフェイスブックへの書き込みはヘイトスピーチにあたり、削除すべきだ、との指摘が出たという。
だがこれに対してザッカーバーグ氏が、候補者を検閲することは不適切だ、として削除を認めなかったという。つまり、コンテンツの掲載の可否に、メディアの"編集長"として明確な編集判断を下していたことになる。
トランプ氏当選をめぐるフェイスブックへの批判について、ザッカーバーグさんは真っ向から否定しているという。
ネットメディアのヴァージが伝えている。
フェイスブック上のデマニュース(コンテンツのごく一部だが)が選挙に何らかの影響を与えた、というのは、個人的にはかなりバカげた考えだと思う。投票者は、生活実感にもとづいて判断をしているのだ。
さらにこうも述べている。
投票の唯一の理由がいくつかのデマニュースを見たからだと主張するのは、人の気持ちを理解するという点で、深刻な欠如があるのではないだろうか。もしそんなことを信じているとすれば、トランプ氏の支持者たちが、この選挙で伝えようとしたメッセージを、本当に理解できているとは思えない。
ザッカーバーグさんは13日、同趣旨の(多少穏やかな)説明をフェイスブック上に公開した。
この中で、「フェイスブックのすべてのコンテンツの中で、ユーザーの目に触れる99%以上は信頼できるものだ」と主張している。デマは表示される投稿の1%以下、というデータは、昨年5月に「サイエンス」に掲載された論文をもとにしているようだ。
ただ、フェイスブックの研究者らがまとめたこの論文の実験は、サンプルの数に偏りがあり、実験の再現性もないとして、様々な批判にさらされたいわくつきのものだった。
また、フェイスブックは、1日約1500件の投稿から、アルゴリズムで300件を選んでニュースフィードに表示させている、と明らかにしている。
つまり、わずか1%としても、1日3件はデマを目にしているという計算になる。
とは言え、デマ対策については改善の必要があることは、フェイスブック自身も認めている。
フェイスブックのプロダクトマネージメント担当副社長のアダム・モセリさんは、テッククランチにこうコメントしている。
我々はフェイスブック上のデマについて非常に深刻に受け止めている。我々は信頼できるコミュニケーションが価値あるものだと考えており、デマは見たくないというユーザーからの声に、常に耳を傾けている。(中略)その努力の上に、さらにやるべき多くのことがあると理解しており、デマを検知する機能の改善をし続けることが重要だと考えている。
●対策は?
対策はあるのか?
デマニュースの対策をすること自体が、フェイスブックの目指す、より多くのエンゲージメントと、それによる収入というモデルを損ねることにつながってしまう、との指摘もある。
ニューヨーク・マガジンのマックス・リードさんは、こう述べる。
フェイスブックはユーザー同士がエンゲージメントを深めるよう、そしてそのためのコンテンツをつくったユーザーには見返りがあるように作られている。うわさ話の間違いを指摘したり、注意を呼びかけたりといった取り組みの一つひとつが、このサイト全体のエンゲージメントを弱めることになるのだ。
フェイスブックがニュースの真偽を判断できるのか、という懐疑論と、改めて人間の編集者を介在させてニュースの真偽を判断すべきとの指摘...対策をめぐっては、いつくかの意見が出ている。
だが、オライリー・メディアCEOのティム・オライリーさんは、どちらにも否定的だ。「いずれも、GPSの指示に従って、すでに存在しない橋をわたろうとするようなもの。時代遅れの世界地図をもとにした議論だ」
オライリーさんは、グーグルが5年前、低品質なコンテンツを大量生産するいわゆる"コンテンツファーム"の台頭に対して、アルゴリズムの大幅改修"パンダ"を実施し、排除に乗り出した例をあげる。
"パンダ"による対策は、コンテンツの品質や真偽を直接判断するのではなく、メタデータからその"シグナル"を判断したものだ、とオライリーさん。
無限の情報と限られたアテンションの世界の中で、21世紀の企業が編集キュレーションの問題にどう取り組むかを理解したければ、グーグルの検索品質チームの歴史と成功事例を学ぶといいだろう。
●「対策は用意されていた」
ネットメディアのギズモードのマイケル・ヌネズさんは今月14日、この問題の別の側面を指摘する記事を掲載した。
フェイスブックは、すでに春先からデマニュース排除のためのアルゴリズムの改修を準備していたが、保守派からの反発を恐れ、実装は中止したのだ、という。
それによると、このアルゴリズム改修を実施すると、保守派のニュースサイトへの影響が大きすぎる、ということが問題視されたようだ。
というのも、フェイスブックは今年5月、人気ニュースのお薦め欄「トレンド」の担当編集者が意図的に保守派メディアを排除している、との報道があり、保守派が猛反発。
結局は保守派論客たちをフェイスブック本社に招いて、ザッカーバーグさんが釈明をする事態となっていた。つまり、極めてまずいタイミングだったようだ。
ちなみに、5月の「保守派排除」の記事を書いたのも、今回の記事の筆者、ギズモードのヌネズさん。フェイスブックの編集責任をめぐる一連の問題の火付け役とも言える。
「アルゴリズム改修中止」について、フェイスブックは「我々は特定政党への影響の可能性に基づいて、ニュースフィードの改修に取り組んだり、撤回したりしていない」とのコメントを出しているという。
●ボットの台頭、メディアの低迷
ただ、これはフェイスブックだけの問題でもない。
南カリフォルニア大学情報科学研究所のアレサンドロ・ベシ研究員とエミリオ・フェラーラ助教による、今回の米大統領選とツイッターに関する調査では、推定で40万のボット(自動送信プログラム)が存在し、多いものでは1時間に1000件もの投稿を送信。これらが、選挙関連の全投稿の20%近くを占めていた、という。
また、このうち約75%がトランプ氏支持の内容だったという。
さらにネットニュースの「メディエート」は13日、グーグルで「最終投票結果(final vote count)2016」を検索すると、ニュースのトップには、「トランプ氏、得票数と選挙人数の両方で勝利」との記事が表示されていた、と報じている。
実際には得票数ではクリントン氏が上回っており、記事は間違いだ。表示されていた記事は右派ブログからのもので、その情報源もツイッター上の投稿だった。
メディア自身の責任に言及する声もある。
ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフさんは、既存メディアこそが、これらのデマニュースにきちんと取り組むべきだった、と言う。
我々はオルタナ右翼周辺で流れたこれらのデマに耳を傾けず、対処もしなかった。それは間違いだったと思う。米国人たちが、"ローマ法王がトランプ氏支持""オバマ夫妻がクリントン氏不支持"といったデマを信じるようになる時、それは我々の政治システムへの攻撃なのだ。我々はそれに立ち向かっていかねばならない。
だが、この大統領選の時期、報道機関で起きていたのは、続々と明らかになったリストラの動きと、収益の落ち込みだった。
H・W・ブッシュ大統領時代の1990年、5万6900人いたジャーナリストは、現在、2万8000人と半減している。
そして、ギャラップによる調査では、新聞への信頼度は1979年が最高の51%だったのに対し、今年6月の調査では最低の20%となっている。
USAトゥデーなど100紙以上を擁する米国最大の新聞チェーン、ガネットは大統領選最終盤の10月24日、従業員の2%、350人相当のリストラを発表。
ウォールストリート・ジャーナルも投開票直前の2日、大規模リストラの一環としてニューヨーク版の統合と19人のスタッフのリストラに着手した。
メディアコンサルティングの「マグナグローバル」の推計では、今年の米新聞業界の広告費は11%の落ち込みで125億ドル(1兆3000億円)になるという。
そんな中でも、ニューヨーク・タイムズによるトランプ氏の"税金逃れ"問題や、ワシントン・ポストによる"女性蔑視発言"テープ問題など、調査報道の矜持は見せた。
●メディアが押し上げる
トランプ氏を既存メディアが押し上げた面があることは、かねてから指摘されている。
調査会社「メディアクアント」のデータによると、トランプ氏のメディア露出を広告に換算すると、今年2月時点で18億9800万ドル(2000億円)だったという。
対するクリントン氏は7億4600万ドルと倍以上の開きがあった。
また、メディアアナリストのアンドリュー・ティンダルさんが、テレビの3大ネットワークの夜のニュース番組を調査したところ、大統領選の共和党予備選の期間に限っても、トランプ氏を取り上げた時間は333分。クリントン氏のメール問題の放送時間は100分にのぼったという。
その一方で、年初からの放送の中で、外交やテロ、移民問題などの政策課題を取り上げた時間は、合わせてわずか32分だった。
もう一つ、米CBSのレスリー・ムーンベス会長兼CEOの今年2月の発言は、トランプ現象へのメディアの立ち位置を示して象徴的だった。しばらく忘れられない。
(トランプ氏は)米国にとっては良くないかもしれないが、CBSにはものすごくいい...金が転がり込んでくる。これは愉快だ...さあこい、トランプ、どんどん行け。
【追記】(15日18:30)
14日、まずはグーグル、さらに数時間後にはフェイスブックも、相次いで広告配信遮断によるデマニュース対策を打ち出した。
グーグルは広告配信ネットワークのアドセンス、フェイスブックも外部サイトやアプリへの広告ネットワーク、フェイスブック・オーディエンス・ネットワークのポリシーを変更。デマニュースのサイトへの広告配信を停止する、としている。
デマニュースを、その収入源から断つ、という取り組みだ。
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■ダン・ギルモア著『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』全文公開中
(2016年11月13日「新聞紙学的」より転載)