米朝首脳会談「中止」の衝撃(1)トランプ大統領「決断」の瞬間--平井久志

どうしてこうなったのか。これまでの米朝の攻防をチェックしてみたい。
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Getty Images

 ホワイトハウスは24日午前(日本時間同日夜)、ドナルド・トランプ大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に書簡を送り、シンガポールで6月12日に行うことになっていた米朝首脳会談を中止することを通告した、と明らかにした。

 トランプ大統領は書簡で「悲しいことだが、直近のあなた方の声明で示された敵対心や怒りに鑑みると、私は今、計画通りに会談することが適切だとは思わない」と述べた。これは北朝鮮が5月16日に金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官の談話、そして同24日に崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の談話を発表し、米国を激しく批判したことを受けての判断と見られるが、その背景に北朝鮮の非核化のやり方をめぐる米朝間の根本的な姿勢の差が埋まりそうにないことを踏まえての会談中止と見られる。

 トランプ大統領はホワイトハウスで5月22日に、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領と首脳会談をした際の冒頭発言や記者の質問への回答で、「北朝鮮の非核化のやり方を含めた条件が整わなければ、シンガポールで6月12日に行うとしている米朝首脳会談を延期する可能性もある」と警告していた。

 しかし、北朝鮮はこの警告を無視するばかりか、5月24日に崔善姫外務次官の談話を発表し「われわれは米国に対話を哀願しないし、米国がわれわれと対座しないというなら、あえて引き止めないであろう」とした上で、「米国がわれわれと会談場で会うか、さもなければ核対核の対決場で会うかは、全的に米国の決心と行動にかかっている」と挑戦的な対応を取ってきた。

 トランプ大統領はこれを「敵対心や怒り」と受け止め、とても会談は開けないとの判断を示した。

対話の枠組みは残るのか?

 トランプ大統領は書簡で「私たちは6月12日に予定されていたシンガポールでの首脳会談に向けた最近の事前折衝や協議に関し、あなたたちが時間を割きながら忍耐強く努力されたことにとても感謝している」と述べたが、「私たちは、会談は北朝鮮側が求めたものだと伝えられたが、それが見当違いだったということが分かった」とした。

 これは5月24日に発表された崔善姫外務次官の談話で、「自分らが先に対話を請託したにもかかわらず、あたかもわれわれが対座しようと要請したかのように世論をミスリードしている底意が何なのか」と問いかけたことに対する、トランプ大統領の回答だった。

 トランプ大統領は米韓首脳会談の際には「(米朝)会談が開かれない可能性が相当にある。それならば、それも仕方ない。それは長い間(会談が)開かれないということではない」とし、「6月12日に会談が開かれない可能性はある。しかし、われわれが会談を開くよい機会はある」と述べていた。6月12日開催は延期される可能性はあるが、それは延期であって中止ではなく、近い将来に会談は開かれるという態度表明だった。

 しかし、これに対して崔善姫次官は「哀願しない」「引き止めない」と挑発した。これに対して、トランプ大統領は中止の決断に至ったのである。

 では、北朝鮮の核問題を対話で解決するという枠組みは米朝首脳会談の中止によって崩れたのであろうか。

 これに対して、トランプ大統領は「私は素晴らしい会談があなたとの間でなされると思っていた。いつの日か、あなたと会えることを楽しみにしている」と将来の会談に余韻を残した。その上で「もしあなたがこの最も重要な首脳会談について心を入れ替えたならば、遠慮なく私に連絡をするか、書簡を送ってほしい」と付け加えた。

『ロイター通信』によると、米ホワイトハウス当局者は北朝鮮との交渉を今後も排除しない考えを示したが、北朝鮮はまず言動を変えるべきだ、とした。

 北朝鮮の核問題を、対話を通じて解決しようとする枠組みが崩れたわけではないが、この会談中止で勢いを失ったことは間違いない。今後、トランプ政権内部のジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)ら、強硬派の主張がより全面に出てくる可能性がある。

再考を求め「会談の用意」を表明した北朝鮮

 トランプ大統領の米朝首脳会談中止決定を受けて、北朝鮮側の反応が注目されたが、金桂冠第1外務次官は5月25日朝、談話を発表して中止決定を再考することを求め、「対座(会談)の用意」を表明した。

 談話は、「朝米首脳対面(会談)に対するトランプ大統領の立場表明は、朝鮮半島はもとより世界の平和と安定を望む人類の念願に合致しない決定だ、と断定したい」と指摘し、会談中止の決定は「世界の平和と安定を望む人類」の願いに背くものだとした。

 その上で「歴史的な朝米首脳対面について言えば、わが方は、トランプ大統領がこれまでのどの大統領も下すことができなかった勇断を下し、首脳対面という重要な出来事をもたらすために努力したことについて、ずっと内心は高く評価してきた」とトランプ大統領を持ち上げた。

 さらに「また、『トランプ方式』なるものが双方の憂慮を共に解消し、わが方の要求・条件にも合致して問題解決の実質的作用を果たす賢明な方案となることをひそかに期待したりもした」と会談中止になったことへの後悔を滲ませるような心情を吐露した。

一方で談話は、「しかし、朝鮮半島と人類の平和と安定のためにあらゆることを尽くそうとするわが方の目標と意志には変わりがなく、わが方は常に大胆で開かれた心で米国側に時間と機会を与える用意がある」と述べ、トランプ大統領に再考を促した。

 そして最後に「最初のひとさじで腹はふくれない」という朝鮮のことわざを引きながら、「1つずつでも段階別に解決していくなら、今より関係がよくなることはあっても、さらに悪くなることがあるだろうかということぐらいは米国も深く熟考してみるべきである」と述べ、北朝鮮の「段階的、同時的解決」方式を示唆しながら、首脳会談が問題解決の「最初のひとさじ」であると訴え、「わが方はいつでも、いかなる方式でも対座して問題を解決していく用意があることを米国側にいま一度明らかにする」と表明した。

 金桂冠第1次官のこの談話の内容は、北朝鮮がいつものように相手側に度を超えた恫喝をしたところ、トランプ大統領が首脳会談中止という、北朝鮮が予想していなかった決定をしたことにとまどっている様子が読み取れる内容だ。

 まだ、対話の枠組みが完全に崩れたわけではないが、トランプ大統領としてはすぐに会談再開とはいかないだろうし、当面は米朝首脳会談を再設定することは難しいと見られる。

 どうしてこうなったのか。これまでの米朝の攻防をチェックしてみたい。(つづく)

平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2018年5月25日
より転載)