大規模農園に転換される熱帯林

背景には、世界的な食料需要の増加に加え、温室効果ガス排出削減への動きに支えられたバイオ・エネルギー需要の増加がある。
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 森林文化協会には、森林環境研究会という専門委員会があり、調査・研究に関わる活動をしています。この投稿は、研究会幹事の酒井章子・京都大学准教授からのものです。

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なお続く熱帯林の危機

 世界の森林面積は、依然として減少傾向が続いているものの、前世紀に比べると消失速度はゆるやかになった。しかし熱帯地域だけを見ると、消失速度は今なお上昇している。火災や木材生産は森林「劣化」の重要な要因だが、近年目立つのはグローバル市場に向けたパーム油や大豆などを生産するための農地(とりわけ大規模農園)への転換による森林「消失」である。その背景には、世界的な食料需要の増加に加え、温室効果ガス排出削減への動きに支えられたバイオ・エネルギー需要の増加がある。

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ボルネオ島の熱帯雨林

 熱帯林は、高い生物多様性を誇り、貴重な遺伝資源を擁している。しかし、人口増加や気候変動の緊急性を考えると、熱帯林を犠牲にして食料や燃料生産に活用するのは、やむを得ない。そう考える向きもあろう。しかし、熱帯林の農地への転換にはさまざまな問題点が指摘されており、長期的な食料生産や温室効果ガス削減に結びつくのか疑問も多い。

熱帯林の大規模農園への転換がもたらすもの

 まず当初から指摘されてきたのは、熱帯林から大規模農園への転換が、大きな二酸化炭素排出源となっていることである。バイオ燃料生産のために森林を伐採するのであれば、化石燃料のかわりにバイオ燃料を使っても、その温室効果ガス削減効果はみかけよりずっと小さいものとなる。とくに、地下部にしばしば地上部を上回る量のバイオマスを蓄積している泥炭湿地林のアブラヤシ園への転換は、その問題が大きい。

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パーム油を絞る工場の屋上に積まれたアブラヤシの実

 熱帯林の伐採は、その場所のバイオマスや生物多様性の喪失をもたらすばかりではなく、周辺にもさまざまな波及効果をもたらすと考えられている。その一つが、乾燥化である。

 熱帯林が維持されるためには一定以上の降水量が必要だが、その降水量を支えているのは実は熱帯林そのものである。というのも、熱帯林からは日中多くの水分が大気にもどっていく。熱帯林に降り注ぐ雨の大半が、もともとは熱帯林から蒸発したものなのだ。熱帯林が裸地になると蒸発量が少なくなり、残された森林へ降る雨の量も減る。これを裏づけるように、すでに熱帯林での降水量の減少がいろいろな場所で観測されている。雨が必要なのは農地も同じであるが、その農地への雨も、熱帯林によって維持されていることをわたしたちは忘れてはならない。

 開発を免れた熱帯林は、連続した大きな森林ではなく、いびつだったり、小さく分断されたりして残されることが多い。このような森林の大きな問題点は、面積に比して長い『林縁』である。森林の『縁(ふち)』は、森林の内部とは、いろいろな点で違っている。日光や風の影響を受けやすく、乾燥しやすい。人を始め、森の外からやってくる生物にもさらされる。

 連続していた森林を伐採して林縁を作ると何がおこるか。アマゾン熱帯林で、大規模な実験が行われてきた。1980年代に作られた林縁では、少しずつ林縁の高木が枯死し、低木が密に生い茂り、現在では薄暗い森林内部とまったく異なる状態となった。一定面積の森林を残したつもりでも、林縁部分の森林は壊れていってしまうのだ。地球上の森林の70%は、林縁(森林の縁から1km以内)である、という推計もある。この林縁効果によって失われた熱帯林も、膨大な面積になるはずだ。

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アマゾン熱帯林で実験的に作られた林縁.林縁には背の低い樹木がびっしりと葉を茂らせている

パーム油利用をめぐる世界の動きと日本

 パーム油は、現在世界で最も生産量の多い植物油である。パーム油生産のためのアブラヤシ農園の栽培面積は増加しつづけており、熱帯林減少の重要な要因となっている。

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植栽されたばかりのアブラヤシ園.大規模農園は奥地へと広がっている

 パーム油では、このような批判への対応の一つとして認証制度が導入されている。認証制度の主体となっているのは、環境保護NGO、企業、銀行や投資家などが集まって2004年に設立された、RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil、持続可能なパーム油のための円卓会議)である。持続性や環境への配慮に関するRSPOの基準をクリアし認証を受けたパーム油は、認証を受けていないものより高い価格で売買される。RSPOには世界の4000近くもの会社・団体が参加しており、 国際市場に流通するパーム油の約20%が認証パーム油となっている。認証基準が十分なものなのかは議論があるが、一定の効果をもたらしている。

 日本でもパーム油は、インスタント麺やスナック菓子などに広く使われている。製品には『植物油』としか記載されないことが多いため意識されないが、一人あたり年間5kgのパーム油を消費しており、菜種油に次いで重要な植物油となっている。しかし、熱帯の農地開発やRSPO認証に対する日本での認知度は低く、パーム油を使う国内食品メーカーのRSPO加入も遅れている。

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熟したアブラヤシの実.果肉と種子から油がとれ、種子の殻部分も燃料とされる

 もう一つ、気がかりな日本国内の動きとして、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)におけるパーム油やパームヤシ殻を燃料とするバイオマス発電の認定が増えていることがある。他の記事(https://www.huffingtonpost.jp/shinrinbunka/palm-olein_a_23356149/)でも議論されているのでここでは詳しくはふれないが、パーム油による発電を加速する現行制度は、速やかに再検討されるべきであろう。アメリカやヨーロッパでは、バイオマス燃料としてのパーム油利用は、熱帯林減少への危惧や温室効果ガス排出削減効果が疑問視されていることから、すでに規制が進んでいる。ここでも日本の対応は遅れが目立つ。

 かつて日本は、熱帯林から木材を大量に輸入して国際的な非難をあびた。その一方で国内の林業は衰退していった。現在のパーム油輸入と国内の耕作放棄地の拡大は、その過去にだぶってみえる。大きく違っている点があるとすると、現在のほうが、製品の原料やエネルギー調達に対する企業の責任がより重くなっていることかもしれない。消費者であるわたしたちも、日本で使われるパーム油の由来や使い方に厳しい目を向けていくべきではないだろうか。