世界でもっとも有名な巡礼地のひとつである、スペイン北西部のキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ。
日本人女性と結婚し、ハネムーンがわりにそのサンティアゴを目指して巡礼路を歩くことにした、ドイツ人のマンフレッド・シュテルツ氏の手記をお届けします。ミュンヘンのアパートを出発し、まずはパリを目指した日から彼らの巡礼は始まります。
0 day 〈Montparnasse, Paris〉
ああ、疲れた。今朝は朝4時に起きて僕たちのミュンヘンのアパートを出発した。僕たちが向かっているのは、そう、カミーノ*!
今日は列車に乗ってまずはパリに来た。パリで1泊して明日、カミーノの最もメジャーなスタート地点であるサン・ジャン・ピエ・ド・ポーを目指す旅程だ。列車内での朝ごはんはもちろんプレッツェルで......。
*サンティアゴ巡礼路の通称
ジャジャジャジャーン!僕にとっては10年ぶりのパリ!僕たちは重すぎるバックパックをかついで、パリ東駅に降り立った。
メトロのチケットを買おうとあたふたしていると、突然ひとりの男性が現れて流れるような手つきで自動販売機を操作し、僕たちを助けてくれた。なんていい人なんだ。
よくわからないけれど、駅員らしきIDを胸に着けている。おかげでデイチケットが手に入り、彼にその料金を渡しさようならを言ってメトロに乗り込んだ。まずはホテルにチェックイン、そしてパリ散策だ。
僕たちはまずはランチを食べてから(そうそう、僕たちってのは、彼女、おっともう「妻」だ、愛する妻と僕のこと)、凱旋門でたくさん写真を撮って、シャンゼリゼ通りを歩いた。月曜日だっていうのに、なんてすごい人の数だ。
次はエッフェル塔だ。少し雨が降ってきたけど、僕の「宝物」と一緒なら、ぜんぜん大丈夫だ。
ひと休みするためにカフェに入ることにした。カフェオレとカプチーノを注文して、隣の席の若い家族を見るともなしに眺めていた。
長髪の夫は顔を赤くしてだらしなく席に座り、もう1杯ビールを注文しようとしている。その様子を妻が憮然とした様子でにらんで、かたわらのベビーカーのなかの赤ん坊をおざなりにあやしている。妻のほうははやくパリ観光に出かけたいようだ。
う~ん、将来の僕たちの姿じゃありませんように!
会計をお願いしたところ、心臓発作が起きるかと思った。妻と目を見合わせ、また伝票に目を落とす。17.8ユーロ。思わず笑ってしまった。僕たちはパリにいて、向かいの通りのアパルトマンの屋根の上からエッフェル塔がにょっきり頭を出している。ショウガナイ。
次に目指すのはルーブル美術館だ(といっても外から眺めるだけだけど)。とここで事件が起こった。
突然、たった2度使っただけのデイチケットが改札で反応しなくなってしまったのだ。何度試してもらちがあかず、駅のスタッフに聞いてみると強いフランス語なまりの英語でなにやら説明してくれた。聞き取りづらかったけど、「......これは子ども用のチケットで、2回使うと............」ってのははっきりわかった。
僕は嫌な予感がしながら、パリ東駅で会ったバッヂを着けた男のことを説明すると、「......そんなスタッフはいない......」ってとこはまた聞き取れた。あの野郎!僕たちを助けるふりをしてだましてたんだ!僕たちは10ユーロも無駄にしてしまった。
僕はすっかり落ち込んでしまった。きっと妻は僕のせいだと思っているに違いない。まあ、ショウガナイ(つくづく便利な日本語だ!)。僕たちはルーブル美術館に行って、日向ぼっこをして気を取り直した。
そろそろくたびれてきたので、オペラ座を通りすぎてホテルに戻ることにした。
おっとホテルじゃない、「ホテル」という名前のついた、110ユーロする瓦礫かなにかに、だ。でも、これはいいスタートじゃないか、そう僕は思っていた。日常の贅沢さを捨てて、これから5週間カミーノで過ごすのだ。
まったく、カミーノに行こうと妻から言われたときは冗談かと思ったけど、会社のボスに聞いてみたら長期休暇を取るのはなんら問題はないと言ってくれたし、インターネットで調べてみたら、かつてハーペイ・カーケリングが書いていたほどの過酷な道ではなくなっているようだし*、いっちょ行ってみるかという気分になった。
というか、結婚手続きや妻の移住準備やらで、カミーノのことはそれほど考えられなかったというのが本当のところだ。準備不足もはなはだしい。本当に大丈夫だろうか?
まあ、ナルヨウニナル(これも素敵な日本語だ!)。
*2007年にドイツで発行され大ヒットしたサンティアゴ巡礼記。日本でも『巡礼コメディ旅日記』として2010年翻訳刊行。
今日のディナー? まったくパリらしくはないけれど、巡礼始まりの日にはふさわしいバナナとヨーグルトとチョコレートだ。さあ、どんな日々が待っているのかお楽しみ!
※この手記は、妻で編集者の溝口シュテルツ真帆が翻訳したものです。妻の手記はnoteで公開しています。