認知症改善への道すじ【私達を支える看護学番外編】

認知症は、年を重ねるにつれて多くの人がなりうる病です。自分が誰なのか、今日は何月何日でどこにいるのかも認識できなくなり、生活に支障をきたすほどの異常行動を起こしてしまいます。現在、決定的な治療方法は見つかっておりませんが、進行を遅らせることは可能になりました。
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看護学研究の世界へようこそ!

全5回にわたる私達を支える看護学シリーズ。反響戴きました皆様に感謝の気持ちを込め、今一度番外編という形でお送りさせて頂きたいと思います!

前回は「患者さんにあった車椅子介助方法」について紹介させて頂きました。

看護師の行う患者さんへのケアは看護学の根拠に基づいて行われています。そもそも「看護学」とは学問体系(知的)と実践体系(技術)の両面を持ち合わせた実践の学問(科学)です。

この学問は、あなたの生活にも活かせるだけではなく、周りの友人や親の健康に関する悩み解決へのヒントになるかもしれません。

楽しい記憶を引き出すことが、認知症患者さんの生活を回復させる

昨今では認知症になる人が増加し、2025年には約320万人に増えると言われています。

認知症は、年を重ねるにつれて多くの人がなりうる病です。自分が誰なのか、今日は何月何日でどこにいるのかも認識できなくなり、生活に支障をきたすほどの異常行動を起こしてしまいます。現在、決定的な治療方法は見つかっておりませんが、進行を遅らせることは可能になりました。

従来の認知症のケアとして、過去の懐かしい思い出を語ることで脳が刺激されるため、異常行動などを防いだり精神状態を落ち着かせたりする効果のある回想法と呼ばれる心理療法や、ライフレビューという方法などが取り入れてられてきました。

しかし、過去の懐かしい思い出の中でも、悲しく辛い思い出を想起させてしまうと、逆にその後のフォローが難しくなってしまうと言われています。

"楽しい思い出"だけを刺激にすることは神経生理学的に可能である

楽しい記憶がよみがえったことで、全く話せなかった患者さんが言葉を話せるようになった場面などを実際に現場で見てきた看護師が、「何らかの障害により意識がなくなった場合でも、楽しい思い出のキーワードを探り出し、それを刺激にして思い出させることで、身に付けてきた習慣の中の失われた記憶を再生できるのではないか?」と考えました。

そもそも記憶とは、不快な経験は忘れやすく快い経験は記憶に残りやすいと言われています。快い経験は長期に保存され、再三想起されるのです。つまり、記憶の機能は、知の過程だけで成立するものではなく、感情の過程も密接に関与しているのです。

このことから、過去の楽しい思い出の中から核となるキーワードを探り出し、これらを刺激にして反復学習する方法は、神経生理学的な面からも理にかなっていると考えられます。

今回、実際に看護師がこの方法で根気強く働きかけを継続し、相互の人間関係を築くことを前提に研究を行いました。その中のエピソードを2つご紹介したいと思います。

主人公は、特別養護老人ホームで生活をして5年ほど経過し、認知症と診断されているAさんです。彼女は拒食反応があり、身長145㎝であるのに体重が40kgから24kgまで減少していました。もともと人との交流が少なかったため、特に夫の死後はうつ病のような傾向が見られ、家族は「食べないし話さないので私達のことも分からない様子。」精神科医や看護師も「やせていくばかりだ。」と嘆いていました。

そこで、看護師は拒食の改善をするために彼女の元に通うことになりました。記憶再生の刺激となるように、まずは彼女の『好物』を、息子からの情報や入所5年間の食事内容と食べた量の記録から探りました。試行錯誤のままその時の『季節の旬の食べ物』であるぶどうを持参したところ、それまでと一変し拒否的反応が変わりました。これを第一の刺激として、彼女は徐々に食べられるようになりました。

さらに、久々に訪れた息子への表情にも変化が感じ取れ、じっと息子の顔を見つめる表情には目を見張るものがあったため、息子の話題はきっと刺激になるに違いないと思い、『息子の名前』を話題に出すことにしました。すると、あんなに心を閉ざしていたBさんは看護師にいろいろ訴えるようになりました。看護師のケアに対しても協力的になりました。 そして2週間後、なんと食事の量が増えました。根気よく刺激を送り続けたことで、コミュニケーションが一気に拡大して食べる量が増えたので、身体にも変化が見られるようになりました。

この研究が終わった後も、Aさんのコミュニケーション能力は上昇し、2年後には体重が50kgを超えてダイエットが必要なまでになったそうです。

このとき看護師は、"Bさんの過去から現在までの情報を詳しく収集し、その中から行動変容、あるいは記憶再生に有効な刺激因子を見つけて働きかけを継続したこと、相互の人間関係を築くことに配慮しながら働きかけを行ったことなどを同時に進行させたこと"が、変化をもたらした要因だと考察しています。

 

 

次の主人公は、脳の血管障害によって精神状態に影響が出てしまう病気にかかり、老人ホームに入居されたCさんです。20年前に夫と死別し、家政婦や賄い婦の仕事をしてきました。社交的な性格でしたが、目の病気にかかって手術を受けてからはひがみっぽくなり、人との付き合いを嫌うようになりました。数年前から水道を出しっぱなしにしたり、火をつけたままにするなどの行為に及び、近所から指摘されるようになったといいます。その頃から、物を取られたと勘違いしてしまう妄想が始まり、それがより強くなったことから老人ホームの認知症専用フロアに入所することになりました。

そこで看護師は、Cさんの行動を変えるためにCさんの元へ通うことになりました。なじみの関係をつくるところから始めようとスキンシップなどを試みましたが、妄想や全裸で歩くなどの異常行動などには変化が見られず、しまいには個室に移動することになってしまいました。しかし、その中でも根気よく通い続けたところ、その看護師が帰ろうとするときに「連れてって帰る!」と手を握って離さないような場面も見られるようになりました。

刺激のヒントを見つけたのは偶然の出来事でした。たまたまCさんと並んで座ったときに、看護師が自分の肩にCさんの手を持ってくると、Cさんが立ち上がって看護師の肩を揉み始めたのです。上手な手技が終わって、看護師が「とても気持ちよかったわ。ありがとう。」とお礼を言うと、Cさんが笑顔を見せました。初めての笑顔でした。このとき看護師は『肩を揉む行為』がCさんの快感の刺激になりうると直感しました。過去に家政婦をしていたCさんは、病人や高齢者の肩を揉み、指圧をして喜ばれるのが1つの生きがいだったのではないでしょうか。

その後、研究しに来ていた看護師やスタッフが意図的に肩を揉んでもらい感謝の言葉を表出することで、Cさんの笑顔につながりました。さらに、Cさんは他の入居者たちとの交流も出来るようになったり、夜に目が覚めてしまってもトイレをすませた後はすぐに眠れるようになったりしました。

最後に

いかがでしたでしょうか?

このように、その人の個別の生き方や文化を背景にした要素を特定してケアにつなげる方法は、看護師だからこそのユニークな実践と言えるでしょう。

これらは、実際に認知症の高齢者であるBさんやCさんの症状緩和を目指して行われたアプローチの例です。それぞれ全く違った症状を持っていたにも関わらず、生活を大きく変化させることが出来たのはとても感動的かつ画期的です。

実際の多忙な現場ではなかなか歓迎されない動きもあるかもしれません。

しかし、どんなに現場が多忙であり患者さんに認知機能の障害があったとしても、コミュニケーションにおいてその人の人生を多元的にみて、楽しい思い出に焦点を当てることは、患者さんの生活行動の回復に繋がるのです!

文化的背景も症状も個別の生い立ちも異なる"認知症の症状緩和"という課題を看護独自の方法で成し遂げるということは、優れて価値のある研究になりうるのではないでしょうか。現在、もっとこのような研究が増えていくことが期待されています。

今まで様々な看護学研究についていくつか記事を書かせて頂きました。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

このように、看護学には私達の生活をより良くする知識やヒントが隠されています。

これからも、看護学という学問を通して、あなた自身やあなたの身近の大切な人の健康的な生活を守っていってくださいね。

■私達を支える看護学シリーズ

文責:聖路加国際大学看護学部4年 松井晴菜

引用・参考 文献/URL

・菱沼典子・川島みどり編集(2013) , 看護技術の科学と検証 第2版―研究から実践へ、実践から研究へ―,株式会社日本看護協会出版, p2-p8