「屋内禁煙」に踏み切れない日本は残念な国だ 外国人は日本に来るとガッカリしている

日本はたばこの話となると、ヘビースモーカーと同じく不合理な行動をとる。政府自体がまるでニコチン依存症であるかのように。
Open Image Modal
Fotosearch via Getty Images
Open Image Modal
本記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

世界的に有名な精神分析医、ジークムント・フロイトは、人間の深層心理を研究していたにもかかわらず、生涯、ある癖を絶つことができなかった。喫煙である。ヘビースモーカーであるフロイトは喫煙による白板症で30回以上にもの手術を受けており、最終的には口腔がんで生涯を終えている。

フロイト同様、日本はたばこの話となると、ヘビースモーカーと同じく不合理な行動をとる。政府自体がまるでニコチン依存症であるかのように。最近、議論になっている健康増進法の改正案、すなわち、飲食店など屋内施設の禁煙に対しては、多くの国会議員が反対しており、あたかも中絶や死刑といった繊細な問題が議論されているかのようだ。

禁煙が「憲法違反」に当たる可能性があると主張する国会議員も複数いた。国民の権利をよほど侵すおそれがある共謀罪や特定秘密保護法をめぐる議論では、こんなことを言う議員はいなかった。

日本は欧州より「喫煙天国」だ

科学にあらがおうとする議員もいる。何十年にもわたる科学的研究に反し、政府のナンバーツーである麻生太郎財務相は2月、「(喫煙と肺がんに)関連性はあるのか」と、国会で疑問を呈したのだ。麻生財務相の名誉のために言えば、彼がこれほどばかげた発言をしたのは、税収を守る立場として自らの義務を果たしただけである。

しかし、彼の発言は、たばこは塩、砂糖、あるいはアルコールのように一般大衆に広く人気を誇る商品であり、そこから確実な税収が見込めると、政府が考えていることを示してしまった。実際、2016年度のたばこ税収額は約2兆1300億円と、全体の約2%を占めている。

日本は世界でどの程度の「喫煙大国」なのだろうか。私はフランス出身だが、日本人の中には、欧州、特にフランスには喫煙者が多く、たばこに寛容だと考えている人が多いかもしれない。しかし、世界保健機関(WHO)の調査によると、1人当たりのたばこ摂取量で見ると、日本は世界21位と、フランス(61位)よりずっと上位に入っている。ちなみに、EU加盟28カ国のうち、日本より上位に入っているのはわずか6カ国だ。

フランスでは1600年代からたばこは専売制だったが、1995年にたばこを製造する公社を民営化し、2006年に葉タバコ農家への助成金をやめた。一方、日本では今でも日本たばこ産業(JT)の株式の約33%を財務省が保有しており、全国に約5900戸ある葉タバコ農家が生産するすべてのタバコの葉を、JTが国際標準価格の約3倍の価格で買い取っている。日本政府は2015年、東北の復興資金を捻出のため、JTの完全民営化を模索したが、結局見送られた。背景には財務省の抵抗があったとみられている。

たばこ産業保護の話になると、税収に加えて必ず挙がるのが、葉タバコ生産農家への影響だ。が、もう1つ、たばこに「依存」している業界がある。コンビニエンスストア業界だ。2016年9月に厚生労働省が発表した「喫煙の健康影響に関する検討会報告書」によると、現在たばこ販売チャネルの主役は、自販機からコンビニに交代。「たばこ販売の約 3分の2はコンビニエンスストアが担っており、コンビニエンスストアにとっても、たばこは全体売り上げの約4分の1を占める商材となっている」という。

たとえば、ローソンの2017年2月期決算資料によると、たばこの販売額は4719億円と、全体の約25%を占めている。たばこを取り扱うコンビニに入ると、レジの後ろ一面にたばこが並んでいる光景は壮観だが、喫煙者がたばこのほかに飲料などを買うことを考えると、たばこは貴重な「客寄せパンダ」になっているのだ。

たばこ関連の損失額は4.3兆円に上る

たばこ擁護者は、日本の財政や経済にとってたばこは重要産業であると唱えている。しかし、これらの人々は経済的不利益や、たばこによる健康被害(とそのコスト)について語ることはない。たばこに関連する疾病の医療費や介護費、それに伴う労働者の減少など社会的損失は小さくないはずだ。

医療経済研究機構の試算では、関連疾患の医療費や、施設環境面への影響や介護・生産性損失などの総額は 4.3 兆円に上る。世界でも有数の医学誌である『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に今年1月掲載された研究論文によれば、日本の医療関連費の3.8%をたばこが占めている。

人的損失はどれほどだろうか。日本禁煙学会の作田学理事長によると、日本では昨年たばこにより13万人が死亡し、さらに1万5000人超が受動喫煙関連の疾患により死亡している。私がインタビューを行った海外の製薬企業のCEOらは、日本政府がたばこ産業を保護しながら、一方で、医療費を削減することを目的として製薬企業に医薬品の価格を下げる取り組みを実施するよう非常に強く求めていることに特にショックを受けている。

人口の高齢化が進み、公的債務が増大し、医療費が急騰するこの時代において、たばこ産業保護を続けることは無理がある。もちろん、嗜好品として認められている以上、たばこ産業を「殺す」わけにはいかないだろう。が、少なくとも屋内禁煙くらいには踏み切るべきだ。実際、49カ国で屋内での喫煙は全面的に禁止されている。フランスでは2007年2月に禁止されている。

実は当時、私はこれに反対していた。個人の自由への介入であり、社会のエリートたちが自分たちの生活様式を貧しい喫煙者に押し付けているように感じたからだ。しかし、実際に屋内禁煙法が実施されたとき、バーやレストランの空気が一夜にして変わったのを感じた。まるで空気が突然澄んだような感覚を覚えた。

子どもたちはたばこの煙を吸ったり、やけどする心配をしたりすることなく、親と一緒にレストランやビストロでの食事を楽しめるようになった。屋内での喫煙禁止を決めた当時のドミニク・ド・ビルパン首相にインタビューした際、彼も「今週末、多くのレストランやバーを訪れたが、その変わりようといったら……」と驚いていたのを思い出す。フランスの政治家が自らの功績をあんなに誇らしく語るのを聞いたことはほとんどない。

フランス人の考え方も変わった

今ではフランス人の3分の2が屋内禁煙法に賛成している。2000年以降、フランスではたばこの価格が2倍になった一方で、たばこの販売数は45%減少した。今、私を訪ねてフランスから訪れる親戚や知人が、日本での滞在中に最も失望するのはレストランやバーに入ったときである。望みもしないのに、煙まみれになってしまう場合があるのだから……。

日本もかつては、たばこに対してここまで寛容ではなかったはずだ。日本は1900年代に、世界で初めて18歳未満の喫煙を禁じた国の1つである。だが、日本人なら誰でも知っているように、この法律には抜け道がある。現在、たばこは何十万台もの自動販売機やコンビニで簡単に手に入る。もちろん、タスポが必要だったり、店員に年齢を確認されたりするが、誰かに買ってもらったり、ウソをついたりすることは容易だ。

たばこの価格も安い。定期的に値上げが行われているが、依然として世界の主要国と比べると安価である。日本のメビウスの1箱の価格は440円だが、フランスでマルボロ1箱は7ユーロ(約850円)と約2倍する。

安価で手に入れやすいうえ、飲食店でも楽しめる。喫煙者にとっては実に暮らしやすい国である。しかし、多くの日本人はこれでいいとは思っていないだろう。2020年東京オリンピックの開催を前に観光立国を目指すのであれば、まずはできるところから、世界基準に合わせていくべきだ。往生際の悪い日本政府でも、それくらいのことはわかっているはずである。

(レジス・アルノー:フランス・ジャポン・エコー編集長、仏フィガロ東京特派員)

【東洋経済オンラインの関連記事】