プレーヤー自身が主人公となり、世界を脅かす魔王を倒すために壮大な冒険物語をひもといていく――。いくつもの社会現象を巻き起こしてきた家庭用ゲームの超人気作、ドラゴンクエストシリーズの最新版「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」が、本日7月29日に発売となった。
ドラゴンクエスト(ドラクエ)は1986年発売の「ドラゴンクエストⅠ」から30年続くロールプレイングゲーム(RPG)シリーズ。累計出荷本数が2015年時点で6600万本を超えるビッグタイトルだ。2014年には「最も長く続いている日本のRPG」としてギネスブックに登録もされている。
その最新作で11作目となるドラクエXIの最大の特徴といえば、「PS4」(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)と「3DS」(任天堂)という2つのハードに向けてソフトを同時開発、同時発売を敢行したことだ。これまでドラクエはリバイバル版を除いて、新作登場時には1つのハードを選んでソフトを投入してきたが、初めての試みとなる。
ドラゴンクエストの「変わらなさ」
「PS4」と「3DS」で同時開発、同時発売を敢行した(© 2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.)
ドラクエ最大のライバルであるファイナルファンタジー(FF)シリーズをはじめとして、長く続くRPGシリーズは途中でシナリオやキャラクターデザインの担当が変わるのが普通だが、ドラクエシリーズの大きな特徴として、第1作目の「Ⅰ」から最新作の「XI」まで、シナリオ、キャラクターデザイン、作曲の担当が変わっていないことがあげられる。
シナリオ・ゲームデザインは堀井雄二氏、キャラクターデザインは鳥山明氏、作曲はすぎやまこういち氏の3人を貫き通している。
変わらないのはスタッフだけではない。基本的なゲームシステム――コマンド入力式の戦闘、主人公は絶対にしゃべらない、選択肢は「はい・いいえ」のみ、デフォルトの名前をつけないといった「ファミリーコンピュータ時代の遺産」ともいうべきシステム、ユーザーインターフェース(UI)を踏襲し続けている。
ゲームハードの進化に伴い表現や演出の幅を変えることはあっても、根本的なシステムは意図的に残し続けている。さらに、全作が中世ファンタジーを基にした「剣と魔法の世界」を踏襲しており、現代風の機械文明をメインにすえることはしない。ドラクエⅠを遊んでもドラクエXIを遊んでも、ほとんど同じ世界観だ。この古臭さと紙一重の「変わらなさ」こそ、ドラクエの個性となっている。
30年前の技術、まさかの復活
懐かしいドット絵の復活も(※画面はすべて開発中のものです。© 2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.)
さらに、最新作の「ドラクエXI」の3DS版では驚きの試みが行われている。今のゲーム業界ではロストテクノロジーとなりつつあるドット絵の復活だ。まるでスーパーファミコン時代のような表現である。
しかもファンサービス的に少し取り入れるのではなく、すべてのグラフィックをドット絵で書き下ろし、3Dポリゴンとドット絵を選べるようにするという手の込みよう。かと思えば、PS4版はPS4版で、ハード性能を最大限に生かしたHD画質の表現を行っている。
つまり、ドラクエXIは事実上「HD画質版」「3D版」「ドット絵版」の3タイトルを同時開発、同時発売したのだ。性能が似たハードで同じグラフィックを使いまわしたり、売れてから別ハードに移植したり、リメークを行うならまだしも、性能が違いすぎるハードで、あえて別表現を行い同時発売するなど前代未聞といえよう。
なぜ、ドラクエはここまでするのだろうか。その根底には「ドラクエは誰のためのゲームなのか」という問いかけがある。
ドラクエのプレーヤーは「ゲーマー」だけではない
ドラクエのターゲットはゲーマーだけではない。「昔の子ども」と「今の子ども」、言い換えれば「ドラクエと共に育った大人」と「今の子ども」をターゲットに据えている。そして、ゲーマーとそれ以外の層とでは、求めるものが明確に異なっている。
ドラゴンクエスト黎明期の子どもたちは現在30~40代になっており、子育ての真っ最中だ。自分達がかつて夢中になったゲームを子どもと共に楽しめる、話題にできるのは大きい。その最新作ともなれば、なお魅力的だろう。
ドラクエとともに育った層の中には「ゲームはドラクエしかやらない」「ドラクエのためにゲームハードを買う」という根っからのドラクエファンもいる。彼らが最も求めるのは「ドラクエらしさ」であり、複雑な操作性や美麗な画像ではない。
しかし、ゲームハードの進化に伴い、ゲームの操作は複雑化する一方だ。コントローラーのボタンは増加し、ジョイスティックのようなボタンですらない操作方法が盛り込まれた。微妙な操作が可能になった分、それを使いこなす必要があるゲームが増え、結果的に難しくなってしまっている。
ずっとゲームに親しんでいた人ならまだしも、一旦離れた人がゲーム機の進化についていくのは大変だ。ゲーム機の進化は皮肉にも「ゲームから一旦離れた層」を取り込めなくしている。ドラクエらしさを楽しみたい層が操作でつまずいてしまっては本末転倒だ。
ゲーマーもドラクエファンも両方満足させる
メインストーリーは同じだが細部ではさまざまな違いがある(※画面はすべて開発中のものです。© 2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.)
このように、ドラクエのターゲット層は「最新技術を求めるゲーマー」と「思い出を求めるドラクエファン」の2つに分かれており、それぞれが求めるものはまったく異なっている。1種類のゲームで両者を満足させることは事実上不可能なため、通常はどちらかを切り捨てざるをえない。
ゲーマーを取るか、ドラクエファンを取るか。有名なことわざに「二兎を追う者は一兎をも得ず」とある。そんな究極の選択の中で、ドラクエXIが狙うのは「二兎を追って二兎とも得る」。その結果がPS4版、3DS版の同時開発だった。
PS4版、3DS版はメインストーリーこそ同一と明言されているが、細部ではさまざまな違いがある。この違いには「ゲーマーもドラクエファンも、両方満足させる」という意気込みが表れている。
たとえば、3DS版は前述したドット絵の復活に加え、過去のナンバリングタイトルの登場人物が出てくるミニシナリオが付属されている。対するPS4版は美麗なグラフィックに加え、操作に微細なコントロールが求められるミニゲームが入ったり、コマンド式の戦闘システムにアレンジが加えられていたりと、戦略性が高まっている。両者の差は明確にターゲットの差であり、「ドラクエに何を求めるか」の差だ。
PS4版、3DS版の同時開発は、30年の歴史が育んださまざまなドラクエユーザーたちに「私がプレーしたいドラクエ」を選ばせるための戦術だったのである。
過ぎ去りし、30年の時を求めて
ドラクエは今なおRPGの巨頭として立ちつづけている(※画面はすべて開発中のものです。© 2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.)
メインスタッフを変えないという一貫性、老若男女が楽しめるライトで親しみやすいシステム、日本を代表するキャラクターデザイナー鳥山明氏のデザイン……さまざまな要件が重なり合った結果、ドラクエは日本のRPGにおける「ドラえもん」の立ち位置を獲得したといえよう。
漫画やアニメ以上にめまぐるしく変わるゲーム業界で30年間も第一線を張り、愛され続けることは並大抵ではない。「変わらない安心感」と「流行を取り入れるセンス」、そして「共に歩んできたファンへの真摯さ」があったからこそ、ドラクエは今なおRPGの巨頭として立ちつづけている。
くしくも、最新作ドラクエXIのサブタイトルは「過ぎ去りし時を求めて」だ。過ぎ去った時代の遺産であるドット絵、ファミリーコンピュータから始まったゲームの歴史、ドラクエと共に育った世代と、その意志を次ぐ世代……ドラゴンクエストXIは温故知新を体現し、今と昔とを繋ぐ存在として世に放たれたのである。
(染宮 愛子:ライター/漫画シナリオ研究家)
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