質屋アプリ「CASH」が狙いを外した残念な理由

「目の前のアイテムが一瞬でキャッシュ(現金)に変わる」――。そんなキャッチコピーとともに登場したスマホアプリが、6月28日にサービスを開始した「CASH」です。
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Close-up of hand scrolling on phone at festival
Klaus Vedfelt via Getty Images

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本記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

「目の前のアイテムが一瞬でキャッシュ(現金)に変わる」――。そんなキャッチコピーで一瞬にしてネットを席巻したスマホアプリが、ネットベンチャーのバンク(本社・東京都港区)が6月28日にサービスを開始した「CASH(キャッシュ)」です。

CASHは簡単に言えば、ブランドものの服やバッグなど個人が持っている値打ちのあるモノを担保として、一定条件の下に換金するサービス。換金の対象となっているブランドの品について、ジャンルや状態を選んでその写真を撮って送ると、即座に査定され、下限1000円~上限2万円が、銀行振り込みやコンビニで受け取れる仕組みです。

CASHの利用者は担保に入れたモノを2カ月以内に運営元へ送るか、15%の手数料を上乗せして返金するか、どちらかを選べます。モノを送る場合は事実上、買い取ってもらうことになります。

一気に7万個超、3.6億円が現金化されサービス停止に

これが運営元であるバンクの予想をすら上回る勢いでネット上のニュースとなり、6月28日はCASHのニュースで埋め尽くされました。アプリのダウンロード数は約2.9万。16時間で約7.2万個の品がキャッシュ化され、その総額は約3.6億円に到達。同時にバンクは、CASHの利用が集中したため、査定機能を一時停止したと発表しました。

サービス初日で売り上げが1円も出ていないのにそれだけの現金が出て行ってしまったら経営陣としてはさぞびっくりしただろうと、私も自営業の端くれとして思ってしまいます。運営元のコメントは「大変心苦しく、ご迷惑をおかけいたしますが、私たちの想像を遥かに超えたサービス利用が本日ございました為、一時的にアイテムのキャッシュ機能のご利用に制限を掛けさせていただきました」というものでした。

この嵐のような出来事は何だったのでしょうか。そしてCASHとは何なのでしょうか。

ほとんどの人は狐につままれたような顔をしているのが現状ですが、インターネット上では「質屋アプリ」と紹介されたりしています。はたしてこれは「質」なのか、「売買」か「貸金」か。

まずCASHの利用規約4条1項には「本サービスは、甲(運営会社)が乙(利用者)から目的物を買い取るサービスです」とされています。売買だと断言しています。そのために必要な古物商の資格も取っているようです。

ただ、このCASH、やはり普通のサービスとは異なります。利用規約4条4項には「目的物の引渡時期が経過するまでは、乙は、甲所定の方法により申し出ることにより本売買契約を解約することができます。この場合、乙は、甲に対して、売買代金を返金するほか、キャンセル料として売買代金の15パーセント相当額を支払う必要があります。当該キャンセル料は、甲が乙から目的物を買い取り、二次流通マーケットで売却等して得られたであろう利益等を考慮して設定されています」という記載がその内容です。

目的物の引き渡し期間として「2カ月」という長い期間が設定されているうえ、それまでは売買を解約してモノを取り返すことができる、というのがキモ。そこで「キャンセル料として売買代金の15パーセント相当額を支払う必要がある」というのがCASHの特徴です。

利息込みの元本が払えない「質流れ」と同質

そうした実態をみると本件、ぱっと見「質屋」みたい、と感じる人が多いでしょう。通常、高価な時計やバッグ、あるいは衣服を担保にしておカネを手にすることから想像されるのは「質」です。「質屋アプリ」と紹介している記事が多いこともそれが理由でしょう。モノを渡す約束をして、2か月たって「モノを渡したくない」ときには「手数料」を払ってモノを手元に残す、という構造は、利息込みの元本が払えないとモノが質流れしてしまう「質屋」とすごく似た感じがします。

法的にはどうでしょうか。この点、民法345条は「質権者は、質権設定者に、自己に代わって質物の占有をさせることができない」と定めます。占有とは「事実上持っている」というくらいの意味ですが、実際に質草を質屋さんが手にしないで、持ち主が持ったままの場合(「占有改定」といいます)には原則的に質権は成立しない(第三者が持っている場合「指図による占有移転」の場合は質が成立するのでは、というような論点があります)とした規定なのです。

これを「質権の要物契約性」と呼びますが、CASHはそこを回避しています。つまりモノをCASHに送らない状態では理屈上、質は成立しないことになります。従ってよほど原則を捻じ曲げないと質には当たらないことになります。CASHが新しいサービスを目指して工夫した点の一つでしょう。

では、「貸金業」に当たるのでしょうか。貸金業の登録なしに貸金業を営めば「貸金業法」違反の可能性があり、「利息」をとっているということになれば、「出資法」違反の問題にもなりえます。

端的には、利用規約第12条によれば、売買は「目的物の買取価格について利用者がこれを承諾したとき」に成立することになっています。

1項 乙は、本サービスを利用して、乙の所有物を甲に売り渡そうとする場合、当該所有物の写真の甲に対する提供とともに、本サービスのアプリケーションを利用した甲所定の手続により、甲に目的物の売渡しを申し込むものとします

2項 甲は、前項に基づき乙から申込みを受けた目的物について査定を行い、当該目的物の買取価格(消費税込。以下同じ。)を表示します。乙がこれを承諾した場合には、乙の承諾の時をもって、甲と乙との間で当該目的物にかかる本売買契約が成立するものとします

買い取り代金の返済は約束していない

という記載がそれですが、これを見る限り、別に買い取り代金を返済する約束もしていません。

ここで貸金とはどういう場合をいうのかという点が問題になってきます。この点、民法は第587条でこう規定します。「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる」。

キモとなるのは「返還することを約して」という記載です。CASHは単なる法を潜脱した金融サービスなのでしょうか。ネット上にはそうした厳しい意見が散見されることも確かです。それについては現状サービスが行われていないので実態を確認することができないのですが、上記のように質や貸金と比較してみると、色々と工夫がされていることが分かります。

これに対して、「法律を巧妙に潜り抜けてうまいこと金融業をやろうとしている」という非難も見られます。ただ、「法律に触れない形でうまくやっている」だけでは、彼らを正当に責めることもまたできません。

私はCASHに新しさを感じた点がいくつかありますが、その最たるものは「ノールック少額融資」とされている手法です。過去の金融は、借主、あるいは担保物の審査に相当なコストをかけてきました。

それは貸し倒れを防ぐためのコストであり、その結果として「①審査コストが利率に跳ね返る」「②それなりに高額な融資でないとビジネスとして成立しない」という2点が挙げられます。一方で、世間には「今すぐ」「それほど多額ではない」おカネが欲しい、という需要が渦を巻いています。一つ一つ小さいその需要を掘り起こすことに成功すれば、相当なマーケットになりそうです。

CASHはそこを突きに行ったサービスと考えられます。そしてCASHが考えたコストダウン手法は「ロクに審査しない」という点でした。審査はごく簡単な形式的なものにする(買取物品のブランド名と品物の種類、写真のみ)ことで、貸し倒れや担保割れについても一定程度のリスクを受け入れる、そのリスクから発生するコストは審査コストの軽減の中で吸収するというものです。

これはなかなか出てくる発想ではありません。非常に新しい、勇敢なサービスという見方もできます。ただし、私が最もえげつない経営者だった場合を想像してみましょう。

買い取り価格がどんな品でも最大2万円であり、2カ月後に15パーセントの利息ではなく、キャンセル料を取れるという点に私は注目しました。

いままで「店舗」で行っていたことを「アプリ」で行えるというサービスはたくさんあります。ゲームセンターやファミコンソフトショップと課金ゲームを例に取ればわかりやすいでしょう。

「店舗」と「アプリ」の圧倒的な差は「手軽さ」と「現実感のなさ」です。わざわざゲームショップに行って1万円札を財布から出すとき、大きな心理的ハードルがあるものの、スマホのボタンで500円のガチャを20回「課金」することは簡単にできてしまう、というような心理的ハードルの高低がその一つの理由になっていると思われます。

落ち着いて考える時間も機会もなく、高額な消費をしてしまうわけです。これについては社会問題にもなり、色々な方向での規制が考えられています。

ひるがえって質屋についてはどうでしょうか。おカネがないのは悪いことでもなんでもないのですが、つらいことです。生活費が足りず、質屋に大事にしていたバッグや時計を持っていくとき、多くの人はとても苦しい判断を迫られ、身を隠すようにお店に向かうことでしょう。

質屋に抵抗はあるがおカネが必要な人に便利?

「アプリ」で写真を撮るだけで、おカネを引き出せるとしたら。しかもそのモノは手元にあるので、そんなにつらい思いをしなくても良さそうです。質屋に行くのはどうしても抵抗がある、という人にとっては便利なサービスになるかもしれません。

私がえげつない経営者なら、そこの心理を突きます。「どうせ送らないで済むなら」たとえ5万円や10万円の価値があるブランド品でも2万円でキャッシュに替えておいていいや、という判断をする層。「経済観念の乏しい層」「情報弱者」と呼ぶこともできる、これらの利用者から、CASHは居ながらにして5万円や10万円の価値があるブランド品を上限である2万円で「買いたたける」ことになります。

しかし、2か月後、「ライトな判断をする層」も、「自分の大事なブランド品をCASHに取られてしまうかも!」という事実に遅ればせながら気づきます。本当はすでに売買契約が終了して引き渡しの猶予期間があるだけです。そこで2万円+15パーセント=2万3000円が用意できないユーザーはブランド品を失います。用意できたとしても3000円分の利息、ではなくキャンセル料を取られることになります。

2カ月サイクルで15パーセントというキャンセル料は、利息として考えれば単利で90%、複利なら年100%を優に超える極めて高額な利率になります。情報弱者であれば、その利率の本質に気付かないケースも少なくないかもしれません。

アプリの手軽さと情報弱者へのターゲティングは場合によってかなり悪辣な組み合わせになりますから、金融庁が黙っていても、消費者庁から何か言われた可能性はあるように思います。

しかしながら、実際のビジネスは恐らく彼らが想定した動きにはなりませんでした。端的には雑な審査を行っていた買い取り判断について「査定以下の価値しかないもの」を出品しておカネをせしめるユーザーが激増したのです。私は「えげつない経営者」を想定して本サービスを検討しましたが、実際にはユーザーのえげつなさに経営側が敗北してしまった、と言えるでしょう。

中には「ウソの写真」で2万円をせしめたような人もいるようですが、これは「一見売るように見せて売るつもりがないモノの代金をせしめる」という意味で詐欺に当たりそうですし、刑事罰の対象にもなりうるので、ここではそうしたケースを除外して合法的な事例を見てみましょう。

10個199円のヘアゴムが「1万円」に

私が最も印象的だと感じたのは、H&Mのヘアゴム(10個199円)をバラで売り、一つ「1000円」の査定が出たというブログでした。このユーザーは、199円のヘアゴム10個を1万円に換金し、手数料を除いた9750円を手にしています。「壊れたiPhoneに2万円の査定がついた」というようなネット上の情報も目にしました。

CASHが支払う3.6億円の内訳がどんな中身なのかが不明ですが、このヘアゴムのようなものが大量に届けられ、現金が出て行っているのならCASHにとっては一日にして壊滅的な打撃が発生していることにもなりえます。

この結果をして「ユーザーに悪人が多すぎたから性善説ではやれなかった」というような説明をする人もいるようですが、私個人の感想としては、あまりに査定システムが雑です。多額の資金を投入し、多くの専門家が関わっていながら、こんなレベルでどうしてローンチしてしまったのか、なぜベータテストをしなかったのも疑問です。

CASHが法律に反しない限り、その隙間を探して質屋ならぬ質屋を開くことが許されるように、またユーザーもルールの範囲内なら、買い取り査定の隙間を探して、ヘアゴムを1000円で買い取らせることが許されるのです。

今回、CASHの運営元であるバンクは酷い目にあったのかもしれません。それを見て「胡散臭いことをやるやつはこうなるんだよ」と溜飲を下げている人がいるかもしれません。ただ、法的な側面、ビジネスのスキームを見るならば、CASHは質と貸金という大きな政府の規制を巧妙にかわし(全くノーリスクでないにせよ)、審査のコストを貸し倒れコストに吸収させるという斬新性で世に勝負を挑んだサービスという見方もできます。

惜しむらくは、企画レベルでは優れていても、その実行段階における「審査システム」の出来に難がありすぎた、つまり、「詰めが甘すぎた」ということになるでしょうか。

CASHのウェブサイトには日本を代表する名門の法律事務所が顧問として記載されていたものの、サービス停止と前後してその表示が消されているという事実がありました。同事務所がCASHとどの程度関わっていたかは不明ですが、彼らにとってみても、法的側面と無関係な査定システム部分に起因するサービス停止にはガッカリだったのかもしれません。

私は古い価値観に縛られてこうしたサービスの芽を摘むべきとは思いません。CASHの経営陣が、本サービスを見直して再度勝負をかけるのか、このサービスは残念ながら終了するのか、まだ分かりません。ただ、いつ誰が勝負をかけるとしても、企業の社会的なありかたをしっかりと考え、情報弱者からモノを買い叩いて利潤を吸いあげるような仕組みに頼らず、長く社会の中で利益を追求してほしい、と願うのみです。

(田畑 淳:溝の口法律事務所所長)

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