第三者委員会まで「粉飾」する「東芝」が隠したいものとは?

東芝の報告書の格付けに加わった8人の委員の評価結果は、「C」評価が4人、「D」評価が1人、「F」評価が3人という総じて低いものだった。
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「事件発覚以来、東芝が描いてきたのは、不正会計でも粉飾でもない『不適切会計』ということで、歴代3社長が責任を取り、それで幕を引くというストーリーだった。それが完結したということでしょう」

コーポレートガバナンスの第一人者である久保利英明弁護士は、不正会計問題に対する東芝の姿勢を痛烈に皮肉った。

11月26日、東京・霞が関にある弁護士会館の1室で、久保利氏が委員長を務める「第三者委員会報告書格付け委員会」の記者会見が行われた。この委員会は久保利氏や國廣正弁護士ら9人の委員が2014年に手弁当で立ち上げたもので、不祥事を起こした企業などが設置した「第三者委員会」が出す報告書が、日本弁護士連合会が定めるガイドラインに準拠するかなどを、委員がそれぞれの視点で「格付け」する。

反社会的勢力への融資問題でみずほ銀行が設置した特別調査委員会の報告書を2014年5月に格付けしたのを皮切りに、年4本ペースで報告書を評価してきた。この日は7件目となる結果公表で、東芝が設置した第三者委員会が今年7月20日に公表した「調査報告書」が俎上に上っていた。会見に多くのメディア関係者が集まったのは言うまでもない。

「評価に値しない」

格付け委員会の評価は、「A」から「D」の4段階だが、それに加えて、「内容が著しく劣り、評価に値しない」ものは「F(不合格)」としている。東芝の報告書の格付けに加わった8人の委員の評価結果は、「C」評価が4人、「D」評価が1人、「F」評価が3人というものだった。総じて低い評価だったわけだが、中でも委員長の久保利氏、副委員長の國廣氏と、委員であるジャーナリストの塩谷喜雄氏の3人が「F」としたのが目を引いた。

会見にも出席した3氏が最も問題にしていたのが、そもそも東芝の委員会自体が、「第三者委員会」と言えるかどうか。東芝の第三者委員会が出した報告書には、「本委員会の調査及び調査の結果は、東芝からの委嘱を受けて、東芝のためだけに行われたものである」と明言されている。

会社から離れた立場で事実関係を調査し、問題点を摘出するのが「第三者委員会」だと世間では思われているが、それを初めからかなぐり捨てている"異色"の報告書なのだ。これを3氏は「評価に値しない」と見たのである。

久保利氏は「社会、マーケット、従業員、株主、投資家のためという視点がまったくない」としたうえで、すべては東芝幹部が描いたストーリーに従って事が進んでいるとしたのだ。國廣氏も「そもそも第三者委員会を名乗ってはいけない」と手厳しい。「第三者委員会の皮を被って、あたかも中立公正かのように装っているが、そうではない」と切り捨てた。

3氏だけでなく、低いながらも一応「C」や「D」という評価を付けた委員にも共通しているのが、この第三者委員会の報告をもって、十分に全容が解明されたと見ていない点だ。格付け委員会の議論でも、「不正な会計処理に関与した歴代3人の経営トップなど関係者の動機面についての事実認定と評価が欠落しており、この点が、原因分析の浅薄さと再発防止策の実効性の欠如につながった」という指摘がなされたという。要は、なぜトップが不正を指示したのか、その動機が明らかにされていない以上、再発防止といっても意味はないというわけだ。

皆で一緒に「臭いものに蓋」

久保利氏が言う「ストーリー」に従って問題処理が進んでいると多くの人たちが感じているのは間違いない。取材をしている筆者もその1人だ。「不正会計」を「不適切会計」と言い換えて公表した最初の段階から、問題を矮小化し、早期に幕引きしようという流れができているように感じるのだ。

それも、東芝の一部の幹部がストーリーを作り、強引にそういう方向に持っていこうとしているというよりも、東芝の不正問題にかかわった関係者すべてが、早期に問題に蓋をしたいという「空気」に支配されているように見えるのだ。

格付け委員会が指摘するように、第三者委員会の報告書では、東日本大震災以降の原発事業の環境変化や、買収した米ウェスチングハウスの減損問題にまったく触れていない。東芝からの委嘱の「範囲外」ということのようだが、なぜあえて、そこに触れないのか。不正を指示してまで巨額の利益かさ上げを行った本当の原因は、実は原発事業にあったのではないか。そんな疑念が残る。

だが、当事者の誰もが、それを指摘しようとしない。東芝の幹部はもとより、新経営陣も、会計処理を毎年チェックしてきたはずの新日本監査法人も、有価証券報告書を受け取っていた金融庁や東京証券取引所もしかり。そして巨額の資金を融通してきたメーンバンクの三井住友銀行も、主要株主として経営内容をチェックしてきたはずの第一生命保険などの機関投資家も、さらに原子力事業を推進する立場で東芝とは密接だった経済産業省も、皆、何事もなかったかのように、問題が収束していくことを待っているように見えるのだ。

「原子力事業や防衛関連事業を持つ東芝を潰すわけにはいかない」と政権の中枢が考え、「東芝を守れ」と指示しているのなら、むしろ逆に話は分かる。もちろん、そう考えている政府関係者もいるだろうが、表立って明確な指示をしている事実はまったく見えてこない。逆に言えば、経営者や職業専門家、規制当局や金融機関、そしてメディアも、本来やるべき事をやらず、自らの責任を果たさずに、「臭いものに蓋」をしようとしているように見えるのだ。それが日本的馴れ合いの結果だ、という人がいるかもしれない。だが30年近く経済記者をやってきた筆者にとって、これほどまで違和感があるのは初めてである。

「インチキ決算」は「インチキ市場」

では、このまま「臭いものに蓋」で、東芝問題が厳しく処断されずに終わるのか。

國廣氏は記者会見でこう語っていた。

「(第三者委員会には)東芝を助ける意図があったかもしれないが、それで東芝は逃げ切れたのか。そうではないと思う。むしろ傷を深くし、いつまでたってもピリオドを打てない状態が続く」

久保利氏も、「3社長及び2監査委員長の合計5人(の元役員)のみに3億円の損害賠償請求ということで『めでたしめでたし』になると思う方が、余程『おめでたい』と言わざるを得ない」と言い切る。

両氏が懸念するのは、東芝を微罪として扱うことの日本社会全体への余波だ。「日本の市場への国際的な評価に響くのは間違いない」(國廣氏)、「日本のマーケットが大きな誤解を受ける」(久保利氏)と懸念する。数千億円規模の粉飾決算をして投資家を欺いても、厳しく断罪されることがないことで、日本という国の企業の実態は分からないと言われかねないというのだ。インチキな決算をする企業を放置するインチキな市場に投資するのはリスクが高いと、海外の機関投資家にソッポを向かれることになりかねない。

「日本の証券市場とガバナンスに冷や水を浴びせたことを、東芝はどう考えるのか」――。久保利氏は問題が東芝だけに留まらず、日本企業のコーポレートガバナンスに対する信頼も揺るがしていると指摘する。

壊滅的な「大爆発」の可能性

安倍晋三首相は今年6月に閣議決定した成長戦略で、「コーポレートガバナンスのさらなる強化」を打ち出した。首相就任以来、アベノミクスで取り組んだガバナンス改革が海外投資家に評価され、株価が大きく上昇する一因になったことから、さらにガバナンスを強化し、日本企業の背中を押して収益力を高めさせようとしたのだ。そんな矢先に東芝問題が勃発した。東芝問題を微罪として済ませば、これまで進めてきたガバナンス改革への信頼が水泡に帰すことになりかねない。そうなれば、日本株を見る海外投資家の目も厳しくなる。

報告書がまとまり、修正決算が終わった後も、東芝の不正がらみの情報が流出し続けている。日経ビジネスがスクープを連発している東芝役員間のメールのやり取りでは、米ウェスチングハウスの減損を東芝の連結決算に反映させないように工作していた様子や、監査法人への圧力の様子などが生々しく読み取れる。会社ぐるみで問題を矮小化し、早期に「蓋」をしようとする意図がありありだ。

さすがに、こうした意図的とも言える隠蔽の「証拠」が出てきたことで、金融庁も東証もこのまま問題を幕引きできなくなりつつある。久保利氏は「真実を押し隠そうと蓋をすれば、いつか大爆発して壊滅的な打撃を東芝に与える」と警告する。果たして、大爆発が起こるのかどうか。これまで「空気」を読んで沈黙を守っていた関係者が、苛立ちを募らせていることだけは間違いない。

磯山友幸

1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)などがある。

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(2015年12月5日フォーサイトより転載)