ン東京・渋谷からも徒歩圏内で、近年注目を集めた「奥渋」にとって代わる最旬エリアといえば、「富ヶ谷」。代々木八幡と神山町をつなぐこのエリアは、まちがいなく「美食」が地域を活性化した。
一同が「え!?」と驚く衝撃のエピソードの連続だった、それぞれの開店ストーリーから、飲食店で成功する秘訣、3人のおススメ店まで、食を通じて「富ヶ谷」の街を豊かにする"富ヶ谷の内側"を聞いた。
この街で共生するために、街に何が必要かを考える
——これまでも、お互いの交流はありましたか?
チーズスタンドの藤川さん(以下、藤川):原さんとは約5年前かな。「パス」の姉妹店「ロジウラ」時代に会ったのが最初でしたよね?
パスの原さん(以下、原):そうでしたね。佐藤さんとは、「パス」ができてからなので2年くらいですかね?
クリスチアノの佐藤さん(以下、佐藤):原さんとは、フードのイベントで面識はあったんだけど、きちんと話すようになったのは、お向かいさんになってからでしたね(2017年2月、佐藤さんは「パス」の目の前に「お惣菜と煎餅もんじゃ さとう」を出店)。
佐藤:実は「渋谷チーズスタンド」ができる前、神山町のあの物件の話は僕にも来ていて、あそこで玉子タルト(現在の「ナタ・デ・クリスチアノ」)をやろうかと一度内見に行ったんですが、迷っている間に、あっという間に決まってしまって(笑)。
一同:えーーー(笑)!そうなんですか!?
佐藤:『あそこにチーズ屋さんが入るらしい!?』と当時、いろんな人から噂は聞いてたんですよ。
で、「渋谷チーズスタンド」が開店して2年くらいしたときに、たまたま藤川さんと『ご飯でも行きましょう』ってことになって妻を連れて行ったら、昔、妻がバイトしていたドーナツ屋さんの店長が藤川さんだったっていう偶然も(笑)。
——富ヶ谷エリアのお店同士の交流は?
藤川:僕は、料理研究家さんの家で飲む会に参加したり、同じ富ヶ谷だと「mimet(ミメ)」のヤマモトタロヲさんとかと時々飲んだりしてますね。でも、このエリアのお店同士は、いい意味でベタベタはしておらず、お互いに刺激をもらっている感じですね。
佐藤:渋谷エリアのなかでも唯一、下町感が残っているエリアだからかな。比較的新しくて街の政策にデザイン性がある代々木上原のように、街一丸となって同じ方向を向いているというよりは、富ヶ谷は昔からいる人たちと、新しく入ってきた僕たちが"お隣さん"として共生している感覚ですかね。
だから、僕が新しい業態のお店を出す時はだいたい、この街で共生するために、街に何が必要か?を考えて、足りてない業態のお店をオープンすることが多いです。
原:確かに。共生というとベッタリの関係性ではなく、会えば挨拶もしてくれるし。「パス」がオープンするときには、このあたりの方々から「お店やるんだって?」と話しかけてもらったり、自然と受け入れてくれるお店が多かった気がします。
佐藤:おそらく「アヒルストア」さんができてから、少しずつ変わっていったんじゃないでしょうか。この商店街は、一階でお店をやりながら住んでいる人が多かったので、それまで、富ヶ谷ではあまり物件を貸す人がいなかったんですよ。
とくに「クリスチアノ」がある裏通りなんて、オープン前は街灯もなくて、真っ暗だったんですよ。近所のお店の方に挨拶へ伺ったら、冗談交じりに「1年もてばいいね」って言われたり(笑)。でも、オープン前から1カ月間、店前に置いていたチラシが、毎日100枚単位でなくなっていて...。アレ?と思っていたら、地元のお客さんが持って行ってくれていたみたいなんです。
メディアも一切宣伝しなかったのに、オープン当初から席はけっこう埋まってましたから。地元の人に助けられた感はあります。
——コラボレーション・協業に積極的ですか?
原:知り合いとかの流れやイベントで多少はやるんですけど、積極的ではないですかね。コラボではないですが、「パス」で出しているコーヒーは、「フグレン」さんと「リトルナップ」さんから卸してもらっていたり。僕がもともとどっちも好きで通っていたので、食後にあのコーヒーが飲めたらいいなっていうのが始まりでしたね。
チーズスタンドのブッラータチーズもダッチパンケーキで使っていて、特にメニューに記載していなくても、お客さんから「チーズが美味しいですね!」と言われることもあるので、「あそこで買えますよ」って教えたり。
藤川:結構それを聞いて、来てくださるお客さんがいるんですよ(笑)。
「チーズスタンド」では卸しも主力なので、素材として使っていただいたり、例えば「パス」のパティシェ・後藤さんにチーズのスイーツを考案してもらって、イベントなども企画しました。
佐藤:藤川さんは、街の人とコラボレーションするのに前向きで、いつもすごいなって思ってました。
藤川:みなさん、チーズを素材にメニューを考えてくださるので、いろんなものが生まれやすいんです。
佐藤:うちではあまりやっていませんが、(チョコレートの)「ミニマル」さんとコラボしてカカオニブを使ったお菓子を「ナタ・デ・クリスチアノ」で作らせていただいたくらいかな。
原:今度「もんじゃ さとう」でチーズコラボでも(笑)
佐藤:僕らみたいな新参が、商店街の方たちと仕掛けられるものもあったらいいですよね?
代々木上原や笹塚では街で協力してワインイベントをやってたりしてるようですし。そういうのが出来たら面白いなって思ってたんですよね。
藤川:一回くらいやってみたいですよね。
富ヶ谷が盛り上がっている本当の理由
——なぜ今、富ヶ谷が盛り上がっていると考えますか?
藤川:渋谷から歩ける距離なのに、渋谷に比べたら家賃が安いことや、住居だけでなくオフィスや大使館もあるので、ライフスタイルの意識が高い人が多いですよね。代々木公園が近いので、犬を飼っている人がたくさんいたり。
佐藤:富ヶ谷の飲食店で成功している人は、さっきの「共生できる」じゃないけれど、要は柔軟性のあるお店ばかりなんです。
例えば都内でも、巨匠のお店をはじめイタリアンばかりあるエリアがあって、おしゃれでいいお店が多いのに、お客さんはガラガラだったりする。それは、イタリアンがたくさんある必要性はもうなくなってきているのに、プライドが邪魔して、「イタリアンのシェフだからイタリアンしかできない」という柔軟性がない人が多いからだと思うんです。
本当なら、「この街にイタリアンはあるから、他のお店を」って考えなくてはならないのに。富ヶ谷の飲食店は、柔軟性の上に、さらに皆さんクオリティも高い。表面だけでなく実力があるお店が多いから、何度も足を運んでくれるお客さんが多くなって、今いい形になってきている気がします。
原:富ヶ谷はけっこう人が流れてきているので、出来上がってきてはいますよね。この街にないのって、ラーメン屋さんくらいかも。
佐:そう考えると、さっき話したように、この街に足りない店を作るのって、もう飽和状態な気もしますね。うちもカフェを作ろうと思ってましたが、パスができてやめたんですよ。もともとパスが入る前に、この場所を借りようと思っていて(笑)。
原:えーーー!(笑)
藤川:実は僕もパスの物件、借りようとしてたんですよ。
佐藤、原:えーーー!(笑)
佐藤:もちろん、うちがこの場所でやっていたからといって、成功してたとも思ってないですけど。ずっと「カフェをやる」と言ってたので、この辺りの不動産だと、おそらくうちは一番最初に声をかけていただいてたんです。
原:うわー。そうだったんですね。一軒目が渋谷だったので、この辺りと恵比寿の方も探してたんですけど。今の物件のお話をいただいて、ちょっと経ってから「決めます」って言ったら、最初は「もう申し込みが入っちゃってる」って言われて(笑)。
佐藤:そう(笑)、あの時「2番手がカフェで...」って言ってましたから(笑)。でも、僕と妻には、ここでカフェをやるイメージが全然つかなくて、妻もちょうど子供ができたとこだったので、タイミングも合わないから今回は...って。
そしたら「パス」ができて「ミメ」もでき...(笑)。妻と話し合って、すごくいい店が多いし、いろんな意味でこの町にカフェはもう必要なくなったからやめようという結論に至りましたね。
藤川:そうか、物件の情報はやっぱり優先順位があるんですね! 佐藤さん、ヤマモトタロヲさん...って。
佐藤:街に早くから根付いている順番ってどうしてもあるんですよね。大家さん的にもやっぱり、うまくいってるのが目に見えてるところのほうが安心でしょうし。
原:最近も、新店の情報は入ってきたりします?
佐藤:そこにバーができるっていうのは聞きましたね。噂ですけど...。うちは不動産、未だに探してるから(笑)
藤川、原:ホントすごいな(笑)!
賢人が通う、富ヶ谷のお店
——富ヶ谷の賢人3人が勧める、おすすめのお店は?
藤川:何店舗かありますが、(カフェの)「フグレン」さんにはよく行きますね。この街への流れを作ったのはあそこがあってこそだったんじゃないかな、と思ってるので。
あと、うちの卸先でもある「TOMIGAYA CALME」さんとか、神山町の雑貨の「アルチヴァンド」さんとか。個人的には、"本屋さんが街の文化を作る"ってイメージがあるので、「SPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)」があったのも、富ヶ谷の「アンド チーズスタンド」を作ったきっかけの一つです。ほかには日本酒を飲めるおしゃれな居酒屋「酒坊主(sakeria)」さんとかでしょうか。
原:うちも卸してもらってるとはいえ、「フグレン」さんや「リトルナップ」さんには、パスを始める前からよく行ってます。あとは富ヶ谷だと、井之頭通り沿いの「アーケストラ」というインテリアショップとか。
幡ヶ谷駅と代々木上原駅の中間くらいにある「Ella records」というレコード屋さんもいいですし、最近、古着屋さんとかもできてきてるので、音楽や服好きな人も流れでこのあたりに来てくれるようになったらいいなって思ってます。
佐藤:ランチは「アンシャンテ」のハンバーグ定食を食べに行ったり、夜は「とみいち(富ヶ谷一丁目倶楽部)」で、中には入らず外で一杯飲んだりしますかね(笑)。
あと、「クリスチアノ」の隣の美容室の二階に、昔からある「エスカレラ」というオシャレなバーがあって。30~40年前の当時に建てられたって考えたら、店内の作りがめちゃくちゃカッコイイんですよ。来ている方々も、NHK関係の人や、隠れ家的に使っているようないいお客さんが多かったり。一時期、譲ってもらえないだろうか?と思って、通っていたこともありました(笑)。本当に作りにほれ込んでしまって。
原:佐藤さん、ホント面白い(笑)。次から次に引き出しが出てきて、まさしく柔軟性が凄い!
藤川:佐藤さん、変態の域ですね(笑)
子供にもママにも優しい街
佐藤:何か、みんなでイベントとかできたらいいですよね。いつも思うんですけど、渋谷区でも待機児童の問題にあがりますが、逆に子供がすごく多い分、子供が一緒に参加できるイベントがあったら面白い。
例えば、ベビーカーとかを貸し出したり、お母さんがストレスを感じずにお酒が飲める場所を作ってあげたり。それでママは絶対ハッピーになってくれるし。
藤川:例えば(代々木公園に新設された認定こども園)「まちのこども園」とか一緒にできたらすごく面白そうですよね。
原:(チョコレートの)「ミニマル」さんとか、ワークショップなどをできるお店も多いですしね。
佐藤:「もんじゃ さとう」では、オムツ替えるスペースもトイレの中に作って、失敗しても洗えるように簡易シャワーも付けました。
他にも、お子さんは「ドリア&グラタンなつめ」さんに連れて行くと、オムツ替えがあったり、窓際席で電車が見えるので、子供の機嫌もどうにかなりますよね。
原:うちももちろんお子さん歓迎です。夜はコース中心なので、予約時に、「子供がいても大丈夫ですか?」ってよく聞かれるのですが、基本的に全部の時間帯、どんな方でもOKです。
佐藤:今この街には、いろんな世代が住んでいて、面白い人が揃っているので、今後、富ヶ谷ならではの事ができたら、すごく面白いですよね。
(取材・文 藤井存希 編集:笹川かおり)
佐藤幸二(株式会社キュウプロジェクト代表)
2010年12月の『クリスチアノ』オープンを皮切りに、13年1月『ナタ・デ・クリスチアノ』、14年9月『マル・デクリスチアノ』と次々に人気店を生み出し、2017年2月、6店舗めとなる「おそうざいと煎餅もんじゃ さとう」をオープン。2018年秋をめどに新たな試みを計画中。
藤川真至(株式会社nobilu代表)
「街に出来たてのチーズを」をコンセプトに、フレッシュチーズを毎日手作りする2012年6月「渋谷チーズスタンド」を神山町にオープン。また、2016年12月、富ヶ谷にテイクアウト専門の「アンド チーズスタンド」もオープン。卸業だけでなく、各店舗との協業のスタイルにも注目が集まる。
原太一
1981年、東京都生まれ。2011年に渋谷区宇田川町に「ビストロ ロジウラ」をオープンし、4年連続でビブグルマンにノミネートされる。15年に【PATH】 を後藤シェフパティシエと共同でオープン。朝食から行列のできる店として、夜は予約の取れない店として、富ヶ谷でも話題。
■取材・文 藤井存希